じゃりと足元で小石が鳴く
失策。まだ音を立ててしまう
少年は小さく舌打ちし、足を止めた

「…絶対変だ」
それは事実に基づいての事か、それとも同業者としての勘か
分からないままに不信感だけが折り重なる

早く一人前にと師に言われた、例えるなら蛇にと…珊瑚の毒蛇のようにと
当人を見物できた機会はごくわずか
だけれど毒蛇の凄さは痛いまでに理解できた
鋭い視線に迷いは無く、まるで標的を生き物とすらとらえていないかのようで
行動は素早く、恐ろしいまでの切れ味を帯びた

見ていた、そんな彼を

だからこそ気付いたんだ
何かがオカシイ
「何か」なんてのは重要じゃない
オカシイんだあの毒蛇が

自分より格上であるはずの毒蛇の変化に気付けた昂揚感に少年は笑った
次に頭をもたげるのは好奇心

何が原因、という事――――――――

 

 

 

 


「ドクジャさん、今日はお仕事なんですか?」
スッカリ元気を取り戻した少女は首をかしげ、問い掛けた
「……何故そう思う?」
「だってドクジャさん、お仕事の前になると表情がなくなりますから」
「……」

確かに今日は仕事のある日だ
表情が無いと言われ不思議に思う
もう憶えていないのだ
表情の変え方も、感情の現し方も
「…行って来る」
背を向けようとして、毒蛇は振り返った
「身体ももう良いようだ、明日港に連れて行ってやるから大人しくしていろ」
「あ、はいっ!わかりました!!」
嬉しそうに、少女は笑う
何が嬉しいのか、何が楽しいのか、その笑顔は何に似るのか

今度こそ背を向け扉に向かえば、後からニコニコと笑いながら少女は後をついてきた
肩越しに疑問を滲ませた視線を向ければ
ひときわ楽しそうに、ペコリと頭を下げた
「気をつけて行って来て下さいっ!!ちゃんと待ってますから」
「―――……っ」
喉の奥で答えが引きつって、何も答えないまま毒蛇の名を持つ男は闇夜に消えた

漆黒に滞る空気は生暖かく重かった
胸の奥のどこかがざわついて、頭の奥が酷く痛い
「……っ…う」
思わず立ち止まって汗が滲んだ額に手を当てた

自分は・何を・しているのか
疑問に思う事すら放棄した、くだらない疑問符
上の指示通りに……何人かの邪魔なヤツラを排除してしまえば……良いのだ

正反対の色、輝き
あの少女、無意識だろうに「毒蛇」と言う自分が絶対的に間違っているのだと突きつけてくるよう
明日だ……明日になってしまえばあの少女は居なくなり
全ては今まで通りに戻るのだ
ヒヤリとした己の手に少しだけ落ち着きを取り戻した男は眉根を寄せた
「どうかしてる。あれを忘れるとはな」
ヒヤリとしたそれは素手
赤く染まった手袋は、そこにはない

取りに戻ろうかどうか瞬間悩み、毒蛇は身をひるがえした
別に無くても不都合は無いに等しい
だが、嫌だ…と思った
どろりと溢れる温かい朱色の液体を素手に感じるのが
そうして両の手を真っ赤に染めたまま……あの少女の前に出るのが
「……」
ふとよぎった思いを振り切るように毒蛇は足を速めた

もしかしたら自分は

もうあの頃には戻れないのかもしれない

 

大して距離も歩いていなかったから
すぐに見覚えのある建物、そうして扉が視界に入る
こんなに直後に帰ってもあの少女の事だ「今日は早いんですね」などど素直に喜んで笑うだろう
やれやれと溜息を吐き
毒蛇はドアノブに手をかけた
「…!」
ちりと掠めた臭いに、目を細め男は音も無くナイフを抜く
銀の刃を背に隠し何事もないかのように扉を開いた
とたん掠めるだけだった臭いは、生々しさを帯び強く鼻腔を刺激してくる
出たときと変わらず部屋は明るいのに
嗅ぎ慣れたはずの、臭いだけが余りにも不自然に満ちている
強い強い血の臭い――――


無造作に歩き、部屋の奥に向かえば臭いの原因は簡単に突き止められた
「…………っ」
予想もしていたし分かっていた事
だというのに、何故自分はこんなにも動揺している
血だまりの中うずくまる少女
彼女を見下ろすように立っていた少年が、気配に気付いたんだろう顔を上げた
手に握られているのは、まだ身体に余る大きさのナイフ
少年は少しばかり驚いたようだが、すぐに笑顔を浮かべた
「何だ、気付いてたのかよ珊瑚の毒蛇」
一歩少年は踏み出した
ピチャリと、粘り気を帯びる血が足元で声を出す
「いやはや驚いたよ、まさかこの女を囲ってるなんてさ。てっきり殺したもんだと思ってたのに」

嫌な音だ

「もしかして好みだった?
でも、あんただって分かってるだろ。外に情報が漏れるようなマネしちゃいけないってさ」

嫌な臭いだ

「とりあえず知ってるのは今の所俺だけだし?こいつ俺の事見た事もあるから消しといたよ
お楽しみとったって思ってるなら謝るけどさ、上には報告しないんだから良いだろ?
俺、あんたの殺しに憧れてるから高々こんな女1人で調子くずされちゃあ面白くないじゃん」
ほんの少しばかり殺すことに慣れた少年は良い事をしたとばかりに胸をはった
自分は恩人だから感謝しろとも言いたげに

「……そいつはお前の顔は見ていなかった」
事実を告げるためだったはずの言葉は無様にかすれ、震えていた
「…は?」
人を殺すときには感じた事の無い、抑え難い衝動に毒蛇は浅く息を吐く
それが怒りだということには気付かなかったが
聞こえなかったんだろう、少年は訝しげに眉を寄せる

「……じゃ、さ…ん」
ピリとした空気に、虫の羽音ような声が重なった
「……っ!?」
「あれ…?おっかしいなあ。外しちゃったか〜急所」
血だまりの中
赤い髪の少女は動く事も出来ず、顔だけを毒蛇に向ける
顔の半分は血に染まり白い顔が尚更白く見えた
「私…だいじょぶ……ですか、ら……逃げ………」
青い瞳に混じるのは死の恐怖なんかじゃない
ただ、自分を刺した少年が毒蛇の目の前にいることのみを恐怖していた
無造作に引き返し、ナイフを高々と持ち上げた少年の背

毒蛇が冷静に見ていたのはそこまでだった

どん、と砂の入った麻袋を落とした時のような音がし
少年は壁に叩きつけられた
しばし何が起こったのか分からず毒蛇を見ていたが
手に握られたナイフを確認すると、己を見下ろす緑の瞳を強く睨んだ
「裏切る気かよ!?珊瑚の毒蛇!!!!」
見下ろす瞳は冷たく細められた
しかしそこに込められたのは凍てつくような殺意ではなく、少年すら思い出せない感情のようだった
「……死にたくなければ去れ」
「あんた…その女にたぶらかされたわけだ?」
「聞こえなかったか…?」
冗談では片付けられぬ殺意に、少年は馬鹿にしたような笑みを凍りつかせ
弾かれたように部屋を飛び出した
自分が危険を犯し殺される事はない、ただ上に報告すれば良いだけだ
「……馬鹿だぜ、珊瑚の毒蛇。組織を抜けれるわけ無いのにな」
「死」を、除いて

 

 

「ドクジャ、さ…ごめ……なさ、わた…し」
「喋るな」
服を裂き、傷を確認すれば
深いものの急所は辛うじて外れている
あの少年が半人前だった事を、今一時は感謝しながら毒蛇は傷の幅を調べる
即死する急所は恥じれていても致命傷には変わりない
血が流れすぎだ
「わた、し…」
「喋るなっ!!!」
ぼんやりと中空を見つめる蒼の瞳からは光が失われていった
いつもいつもいつも見てきた光景
自分が奪い続けてきたように、命が消えていく

何で…

何で俺は奪う側にいた……?

奪われる痛みを、知っていたはずなのに
そうしなければ殺されるのだと、それを自分への言い訳にして

傍にあったシーツを裂き強く縛り傷口を抑えた
流れる液体で手が汚れた
赤く赤く
「守るんだろう…?」

返事は無い
縛ったシーツに真紅が滲んでいく
「守れるようにっ…お前はなるんだろう!?」

 

 

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