淡く、空が白みはじめる
黒に滲んでいくそれは、ゆっくりではあるが確かに朝の訪れを告げていた

「日が、昇ってくれれば……」
くつと男は笑う
この俺が日が昇るのを待つとはな
今まで月さえ出ぬ闇夜を好んでいたはずの己の変化は何かに対しての敗北とも勝利とも取れる気がした

細い路地を音を立てぬまま進んでいく
腕に抱きかかえたままの少女に、一瞬だけ視線を向ければ力なげに彼女は笑った
「……もう痛みは無いか?」
「はい、ドクジャさんのお友達のお陰です」
まだ意識がはっきりしていないのか、どこかふわふわとした風に彼女は言葉を口にした
「……」
随分と顔色も良くなった
これならもう命に別状は無いだろう

ホッとして息を吐いた

何故そう思うのか、やはり分からない
しかし同時に分かる必要はないのだろうと思った
それは恐らく過去の残骸で、今の自分には知りえないこと

「ええ、と。ドクジャさんのお友達……お名前何て言いましたっけ?」
「……さあな」
あいつも今は本名は使ってはいない、わざわざ教える必要はなかった
己とは違い、召喚師として無色にある幼い頃よりの友人

 

血まみれの少女を抱え飛び込んでいった時は、いつも落ち着いている彼もさすがに驚いていた

 

「なっ…どうしたんですか?彼女は一体……」
「お前、傷を治す召喚魔法を使えたろう。助けてやってくれ」

息が乱れていた
馬鹿みたいだ、どうかしてる
こんな少女の命が何だって言うんだ
頭の中で繰り返される言葉は全て無視した

「――…わかりました」
指示されたとおりに絨毯によこたえ数歩下がる
杖をかざし、静かに始まる詠唱
淡い紫の光に、友人の銀色の髪がほんの少しだけ色づいて見えた
「…どう言う心境の変化ですか?あなたが『助けてくれ』……なんて?」
「……さあ、な」
「分からないんでしょう?あなたの事だから」
どう考えても、違反であろう作業をしているはずの彼は嬉しそうに笑った

「……助かるか?そいつは」
そのまま会話をしていれば、気付かなくて良い事に気付かされそうで質問には答えず
毒蛇は口を開いた
気にした様子も無く手をかざしたまま友人は頷く
「大丈夫です。もうしばらくすれば目も覚ますでしょう」
ゆるりと、ほんの少しだけ毒蛇は笑ったらしかった

「そいつは、『守る』のだと…言っていた」

何をとも、誰をとも
知りはしない


ふうと息をつき身を引く友人と入れ替わりに少女の傍により抱き上げた
先程より体温を取り戻している身体は確かに生きていると感じる

「だから……」

守らせたい
そう、思った、気がする

「もう俺は行く。悪いな、迷惑なのは分かっていたがお前くらいしか思い当たらなかった」
「気にしなくていいですよ……私が好きでしたことですから」
音もなく部屋を後にした友人を見送り、銀の髪の青年は笑った
「もう会う事は無いかもしれませんね」

少なくとも、ココでは

それは予感だろうか、それは確信だろうか
「……スカーレル」
名を毒蛇と称された彼の本当の名を呼び、青年は扉を閉じた

 

 

もうすぐ夜明け
しかしそこからの時は、何故こうも緩慢なのか

「もうすぐ港につく、自分で歩けるか?」
「みな、と?」
「言ったろう、連れて行く、と。お前の荷物もここにある、朝一番の船で出発するといい」
さすがに抱きかかえたままでは動きにくい
立てるかと下ろせば、ふらつきながらも少女はシッカリと地に足をつけた
「あは…まだ血が足りてないみたいですね」
死ぬほどの傷を負い、己と少年の会話を聞いていたはずなのに少女は何も言わず何も聞かず
ただ深く頭を下げた
「ありがとう、ございます」
「…行け」
細い肩を押せば、少女は不安そうに振り返る
「あの…ドクジャさんはどうするんですか?」
青い瞳には、どこか申し訳無さそうな色が見えた
何も分からないなりに、毒蛇の立場が不味いものだと感じているのだろう
「気にしなくていい」
「でも……」
「お前の顔はほとんど知られていない、俺と一緒じゃない方が船に乗ってからも安全だ」
「わ、私が言いたいのはそんな事じゃないです!!」

真っ直ぐに見つめてくる瞳には、引け目も迷いも無い
……嘘じゃないと分かる分、タチが悪い
「―――……俺は、大丈夫さ」
思わず、思いもしない事が口から滑り落ちた
「お前は自分の身を心配していろ」
漆黒の髪をかき上げ視線をそらす、見つめるには眩しすぎる
傷は塞がっても血が足りていない顔は、随分と青白い
早く船に乗って休んでしまえば良いものを
どうしてこの少女は赤く汚れたこの身を心配するのか
「さあ、行け」
しばし悩んで、少女がなにやら口を開こうとした

だけれど

時はそれすら待ってくれない

「――――っ…!!」
鋭い殺気
反射的に少女を抱き寄せ身をかがめる
壁に何かがあたり、キインと甲高い音を立てた

さすが同業者
攻撃をする、そのギリギリまで殺気を感じさせない
意識を集中すれば
いるのはナイフを投げてきた一人ではない事がすぐに分かった
3、4人か……
軽く舌打ちをし、少女の背を押した
「行くぞ、港の船まで振り返らずに走れ」
否を許さない厳しい声音に、アティは足がもつれそうになるのを必死に耐え走る
そうして走り出した少女を庇うように、すぐ後を駆けた

本当なら彼女だけを行かせ、追っ手を己が相手できれば一番良い
だが……彼女が狙われない確証は無かった
2人までなら、それでも押さえられるだろう
しかしそれ以上になれば自信はない
「……っ」
体勢を崩さぬまま再び投げられたナイフを己の持つ銀のそれでないだ
銀の閃光とともに、また高い音が響く
こういったのは好きじゃないな……
追う事に慣れていれば、負われる事で思うのは不快感
細い路地に潮の香りが混じる
港は近い
そうして、わき道は無い


―――……なら、ここだ


片足を軸に身体を反転させ、同時小型の投具を投げた
低い悲鳴に口元のみの笑みを浮かべる
「珊瑚の毒蛇を殺るにしては甘いな、お前達!」
ワザと少しばかり大きめの声を上げれば、ピリと空気が張り詰めるのが分かる
「どっ……ドクジャさんっ!?」
「行け!!ここで別れだ!!」
何かに似た笑顔を持った少女、酷く懐かしい何かを持っていた
それはきっと今ここで無くして良いものなんかじゃない
「でもっ……!」
肩越しに少女を振り返る
「お前は守るんだろう、守りたいものを」
言葉につまり、彼女は浅く頷く
それでもどこか納得できないように、睨みつけるようにこちらを見ていた

まったく…聞き分けが悪い
子供でもないだろうに

「……――毒蛇は俺の名じゃない」
「…え?」
視線を正面に戻し
油断せぬまま男は言葉を紡ぐ
らしくない軽口だ、と自覚しながら
「次、会ったら名を教えてやる」

また会おうと
暗に告げた

どんな表情をしているかは分からない
だが
声は少しばかり悔しそうで、少しばかり嬉しそうな……そんな響きがあった
勘違いでなければ
「……絶対、ですよ?」
くつと笑うだけで答え、毒蛇は銀のナイフを手の内で回した
ぜったいですからと
消えた気配にホッとして、毒蛇は笑う

同時だろうか、空気の色がガラリと変わったのは
彼は初めて殺気を持って追っ手と対峙した
「さて…相手をしよう」
声に帯びる温度は限りなく低い
ここで、こいつらを逃がせば少女の行方が知れるかもしれない
それは避けたかった
やはり奪う事しか出来ないと、内心苦笑を浮かべる毒蛇は気付かない
それが今までに無い感情を根底とした行動だとは

 

 


―――――――――

 

 

ケホと咳き込むように息をする
さすがに少し疲れたか、返り血はほとんど浴びながったが
濃い血の臭いに少しばかり気分が悪い
適当な布でナイフに付いた血を拭い収めた
もうこれで無色に戻る事は出来ないだろう、まあ戻る気もない

「…っ?」

ぼんやりともう動かない肉隗を眺めていた毒蛇は
突然に視界の端をちらついた光に目を細めた
「……」
海からだろう
金に似た光だが、その輝きを表す言葉を彼は持たない
しばし時を忘れ
それが姿を現していく様を、ただ眺めていた
「ああ、そうか……」
そして納得し、初めて理解する

「あいつは、あれに似ているんだ」

もう会う事は無いであろう少女
何に似ているかなど、理解できた所で意味も意義もない
なのに微かに嬉しかった

血にしか濡れていない手で

初めて別の何かを

掴めた気がした

 


END

 

 

□□□□□□□

終ったー!!長かった…一体いつ頃から書いてたんだろこれ。
しかし名前もほとんど出てきてないよ…オリジナルで通りそうだよ…(通すなよ)
余りにも長い間にわたり書いてたんで
文章表現やら何やら、色々変わってるかもしれません
そのうち見返して、ちょこちょこ修正するかもだ
ちなみに分かると思いますが、毒蛇の友人はヤードです。彼も妙な名前あったりするんだろうか…?
ところで
話はここでおしまいですがもう一話続きます(何)
はい、スカさんとアティせんせは会ってますから!出会ってますから!!
その辺りをすこ〜し書いて、このシリーズは終了となります

とにもかくにも
このお話を最後まで読んでくださってありがとうございました!!!(>_<)


2005 7,24


 

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