夜以外に外を出歩くのは何日ぶりだったか……いや何ヶ月ぶりだったかもしれない
「全く…何で俺が……」

もう少しで陽が昇る
本当ならもう休んでいるような時間
仕事も無いような日に何故自分がと思わないでも無かったが
宿に置いたままの荷物を取りに行かなくてはと、まだ怪我が治りきっていない少女が無理をしようとするのだから仕方が無い
何故自分がそこまでする気になったか気になったが
考えた所で理解出来ないことは分かっている
彼女の笑顔が何に似ているかが分からない事と同様だ

赤い髪の少女が宿泊していたという宿にあるはずの荷物
何かの券だとか、お守りだとか言っていたが
一体それがどれほどの物だというのか

足音の一つもたてず立ち止まり、小さな窓の隙間に細く薄い金具を差し込んだ
朝方の静けさを揺るがす事の無い微かな悲鳴をあげ、鍵はその効力を失う
安宿はこんなものか
労力らしい労力も払わぬまま
するりと身体を滑り込ませた宿の一室は、本当に雨風をしのぎ眠るためだけのもので
ひどく簡素な造りだった
まあ、自分の部屋とて大した違いは無い

「これ、だな」
部屋の片隅に置かれた、使い古されたカバンに目をとめ小さく呟いた
こんな質の宿だ
客1人が荷物と共に消えても気には止めないだろう
どうせこういった場所は先払いが原則なのだから
大して重くない荷物を持ち上げ、入った時と同じく音もたてず路地におりたった
早朝と言うにはまだ早い朝
白みはじめた空は町の起床を告げ始めていた
いい加減帰らないと、早い人間が起きだす時刻だ

毒蛇は浅く溜息をつき来た道を早足で戻っていく
もしも太陽が昇るまで彼の青年が
この場に留まっていたならば
笑うあの少女の顔が何に似ているのか気付けたのかもしれない

見上げる事すら忘れたソレに……似ているのだと

 

 

―――

 

 

「ほら、これだろう」
ベットで安静にしているようにと強く命じたためだろう、ぼんやりと天井を眺めながら寝転がっていた少女の前に持って来た荷物を突き出す
「わあ!ありがとうございますっ!!!」
とたん瞳を輝かせながら身体をはね起こし荷物を受け取る
「……」
跳ね起きなんかしたら、今まで安静にした意味は特になくなるんじゃないだろうか
しかしあれだけ無駄に動き回っていたのが
これだけですんだのだから、マシと考えるのが当然なのか…?
そんな事を考えているなどと尾首にも出さず、毒蛇は少女を見下ろしていた
掛け布団の上に、カバンの中身を並べ無くした物がないことを素直に喜んでいる

感情の流れが酷く単純
どうしてそんな事で喜べる

並ぶとは、貴重だとも大事だとも思えぬもの
そんな多くは無い賃金とお守りか何かだろうアクセサリ、本と―――――――
さまざまなモノが並ぶ中、ふと目をひくものがあった
「船のチケットか、どこに行くつもりなんだ」
「え?あ、帝都行くんです!!士官学校に入るつもりなんですよ!!!」
ひどく嬉しそうに、少女は今だ未定の夢を語った
ああ、どうりで荷物の中に多種にわたるジャンルの本があるわけだ
「受けるつもり…か。受かるのか?」
自信のほどを問えば、力が抜けるほど華やかに笑い
らしくないほどに力強く答えた
会って大した日は経っていないのだから言えたものではないが

「受かりますよ!私もっと強くなりたいんです!!」

真っ直ぐな影の無い眼差し

「守りたいものを守れるくらいに……強くなりたいんです」
「……」


マモルなんて言葉、意味を忘れるほど久しく聞いた気がする
それは気のせいなんかじゃなく事実
だから声が出せなかった

守りたいものを守れるほどに――

ソレハ、マモレナカッタカラ デルコトバ

ぐらりと視界がゆれた

何かが焦げた臭い、何が焦げたのかは分からなかった
だって周りには何も無かったから
あったはずなんだ
「守りたい場所」も「守りたい人」も
広がる映像は色をもたない、古い写真のようだ

遠く捨てようとする事で、忘れた事は何だったか

この風景?

泣いていたか自分は
奪われた事が悲しくて、奪われたものを守れなかった事が悔しくて

あの想い?

 

「…ドクジャさん?」
「―――――っ!?」
心配そうな声に、唐突に毒蛇は現実へと引き戻される
目の前にあったのは
色の抜けた何一つ無い荒野じゃなく
不安そうに表情を曇らせ、見上げてくる赤い髪の少女
同時、心臓が動き出した気がした

馬鹿な
止まるはずが無いソレを、動き出したと思うなど
「大丈夫ですか?顔色が悪いです」
「……何でもない。お前こそまだ傷が塞がってないだろうが」
「はい、でも……」
あなたのほうが、痛そうです
と、少女は呟いた

 

―――

 


どさりと力なくソレは倒れ付した
もう動かない、もう喋らない、ただの肉隗

「……死んだ、か」
何人殺したのか、自分は
くつと彼は笑う
翡翠色の瞳を細め、自嘲気味ともとれる暗い笑み
いまさら何人だと考えるのは愚かだ

「守りたいものを――……」
守るために強くと語る少女
それを多くの人間から奪っているだろう自分
「……強いな、あいつは」
「何の話だよ珊瑚の毒蛇」
突然にかけられた声に、表情を消し視線を向ける

いつかの少年

らしくない
近付かれた事に気付かなかった
「お前には関係ない」
「まあ、そうなんだけどさ。らしくないと思ってさ、あんたが死んだ獲物を眺めて感慨にふけってるなんてさ」
ほんの少しの不信を滲ませた言葉

こういったたぐいの感情を持つ者は相手にしないに限る
口元だけの笑みを浮かべ、蛇は少年に背を向けた
その笑みは変わらず冷たいものだった
しかし本人ですら気付かぬ迷いを微かながらに含んでいる

男はじいと己の両手を見た
纏わりつく生暖かい液体

その色が赤色だと、初めて知った気がした

 

 

 


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