キイキイと軋んだ音を立てていたのは扉だったろうか

黒くこげたのは家だったろうか

溶けてなくなってしまったのは人だったろうか

 

もう憶えているかどうかさえ怪しい過去の幻影を心の中に思い描くハメになったのは
興味がわいて、結局拾ってきてしまった赤い髪の少女のせいだった

暗い路地
仕事は今日も問題なく終了し、報告も済ませた
残る事と言えば
自分の縄張りにいるあの少女くらいの事

毒蛇は音も立てず石畳の上を歩いていく
緑の闇が宿る瞳を、苔むした石畳に落としたまま、思案していた
それは随分物騒な事ではあったが、誰に分かるわけでもない

どう殺そうか

あの少女を

白い喉を切り裂いて断末魔すら飲み込ませてしまうのも良いかもしれない
毒で永久の眠りにつかせるのも悪くはない
面倒ならば心臓をひと突きしてしまっても構わない

ぼんやりとそんな事を考え歩いていれば家へたどり着くのはすぐだった
扉を眺めながら浅く溜息を吐く
結局殺し方は決まらなかった
まあ良い
彼女を目の前にしてから選べばいいことだ

ノブに手をかけキイと開いた
そこには
見慣れたテーブルとイス
それ以外にあるといえば戸棚くらいの簡素な部屋が
闇に溶けて自分を迎える

……はずだった

 


「あ!おかえりなさい!!ドクジャさん」


部屋は明るく光が灯され
寝ているはずの少女が「何かに似ている」笑顔を浮かべ自分を出迎えた
何に似ているのかは、やはり分からない
そもそもそれよりも……

「……何してる?」

心底驚きながら無表情のまま問えば
真逆と言っていいほどの笑顔で、少女は可愛らしい声を弾ませて口にした
「はい!折角助けていただいたのに御礼もしないのは失礼かと思いまして、御飯作って待ってました!」
「…………」
毒蛇は額に手を持っていき、頭痛を耐えるかのように頭を軽く左右に振る
自分も随分世間から離れているとは思っていたが
まさか、人の家(しかも会って間もない)で夕食を(勝手に)作って深夜まで待っているような
人間が存在するような世の中になっていたとは

その反応をどう受け止めたのだろう
アティは、笑顔を心配そうな顔にすり替え毒蛇の顔を覗き込んだ
「あ、あの…頭痛いんですか?風邪でしょうか……今からでもお粥に変えたほうが良いですかね……」

いやお前のせいだから

と突っ込む気すら起きず、変えなくて良いとだけ口にする


すると浮かぶのは先ほどと同じ笑顔
じゃあ温めてきますね!と、一度使ったか使わないかのキッチンに姿を消した
その背を見送りながら
毒蛇は目を細めた

不思議な光景だと思った

なのに懐かしい光景だとも思った

記憶を辿る事すらしなくなって久しい頭では、そう思うだけで精一杯だったけれど

 

しばらくして出て来たのは、スープだった
温かいクリーム色のトロミのある液体の中に、色々な具が入っているらしい
気が向いて保存の利くものだとかを買ってしまっていた憶えはあるが
果たしてここまでの料理が出来るものだったろうか

無言のまま出された皿を眺めていると
アティは照れたように笑い、ポリポリと頭をかいた
「えへへ…私、料理のレパートリーって広くなくて……在り来たりなものでごめんなさい」
「……別にそんな事を気にしていたわけじゃない」

どうぞと差し出されたスプーンを受け取り
クリーム色の液体を口に運んだ

さっきの笑顔はどこへやら
ここまで真剣な顔もできるのだと感心したくなるほど、真剣な表情と眼差しを自分に向けるアティに
いつも食べ物を口にしても言わないようなセリフを言わなくてはいけないような気になった
「……悪くは無い」

ホッとしたようにやんらりと目じりを和ませるアティの顔を眺めながら
二口目を口に運ぶ
控えめに見ても、美味しいと呼ばれるべき料理だろう
素直に口にする気も無かったが、少ないであろう材料でここまで作れるということに驚いた

「おかわりもありますからたくさん食べてくださいね〜v」
「…………」
テーブルで向かい合うようにイスに腰掛け、ニコニコとアティは笑う

背を見送った時と同じ思いにかられる
懐かしいと、忘れた記憶が口を開くのだ

「あ!」
「……?」

良いものを見つけた子供のように笑うアティは、目の前に座る何を隠そう自分を指差して言った
「さっきの笑った顔、すごく可愛かったです!」

……何を言い出すかと思えば
男に可愛いは無いだろうと思うが、口にする事すら面倒くさい
そもそも自分は笑ってなどいないのだから、見当違いも甚だしいと言ったところだろう
少し顔にかかる髪をかき上げ、次はそっぽを向いてスプーンを動かした
また何だかんだと絡まれても邪魔だったから

だが
ふと気になる事を思い出し

自分を飽きもせず眺める少女に視線を向けた
「お前、怪我大丈夫なのか?」
「え?」
笑顔を凍りつかせ、さあっと顔を青くする様を見て毒蛇は悟った

自分が時代や世間に遅れているわけではない
この女が馬鹿なだけなのだと

 

 

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