最初に視界に入ったのは天井だっただろうか
見覚えの無い、暗い色をした天井
ぼんやりとそれを眺めながら、自分がベットの上で寝ているのだと認識した

ああ、夢だったんですか
そう思えばその通りで、あんな深夜自分が追い掛け回される事をした覚えはない
結局は、不安がる自分の心が見せた夢なのだろう

納得しかけた時

声が降ってきた


「起きたのか?」

「きゃあっ!??」

突然かけられた声に飛び起きようとしたが
ズキンと痛んだ腹部の為、またベットに倒れこむ
呼吸が上手くいかず、ひゅうひゅうとした吐息が口から漏れた

「無理するな。血は止まったが結構深かった」

おずおずと顔を上げれば
視界に入ったのは、自分より少し年上らしい男の人の顔だった
黒く短い髪に、澄んだ緑色の瞳の青年
そんな表情は微塵も見せては居ないのに、不思議とそのたたずまいは淋しげに見えた
「あ…なた……は?」
「お前が、俺に言ったんだろ。助けろと」

どうにか、記憶を辿る
宿に泊まっていて……少し風を浴びたくなって外に出て
特に目的も無く歩いて
そんな時

誰かと目が合った

暗がりだったから良く見えなかったのだけど
頭の中で、危険だと告げていた…「この人間」の側に居てはならない…と
「そうです…私。そこから離れようと思って、早足で歩いてる時に……」
「刺されたんだな?」
「は、はい……」
「何か見たのか?相手の顔は?殺されるような事をした覚えは?」

立て続けに投げかけられる質問に、首を横に振る
「何も…見てません。ただ…危ないって思ったから」

目の前の青年は、小さく溜息をつくと軽く天井を仰いだ
そんな態度に困惑しつつ
赤い髪の少女は口を開いた
「あ…あの、助けていただいてありがとうございました!私、アティって言います」
どこかあどけなさが残る少女に良く似合う笑顔だった

何かに似ていると青年は思ったが、それが何かは思い出せない

「え…ええと…あなた…は……?」

アティと名乗る少女の言葉の意味が、しばらく理解できず首をかしげた
「名」を問うているのだと理解できたのは……また少し後
気にした風も無く
微笑みながら、こちらの返事を待つ少女に
毒蛇は同じように笑ってやった

それは同じ微笑のはずなのに、どこまでも暗くて冷たいもの

「ない。呼び名が欲しければ『毒蛇』とでも呼ぶと良い」
「ドクジャ…ですか?変わったお名前ですねえ……」

根本的な所で理解できていないであろう、その受け答えに
冷たい微笑は苦笑へと姿を変える

「怪我が良くなるまで居て良い」

そう言い残し、毒蛇と名乗った青年は
その部屋を出て行った
少し離れた小さなテーブルの上に置いてあった妙に紅い手袋を手に取って……

部屋から出て行く背中を眺めていたアティは
まだズキズキと痛む腹部を軽く押さえ、安堵したように息を吐いた

運が良かったみたいですね

目が覚めた頭でよくよく考えてみれば、確かに自分は相手が誰かも確認せずに
助けを求めたような気がする
もしかしたら自分を追いかけてきた人の仲間かもしれなかったのだから
そう思うとブルリと身体が震えた
そもそも、あんな時間に外を歩いてる人が居たってことが運が良かったんだろう

「え……?でも…」

一つ、アティの中で引っ掛かる事があった

――じゃあ何故、あの人はあんな時間に外を歩いていたんだろう…?しかも、路地を――

 

簡単な偶然だとも思えた
私と同じように、夜散歩に出たかっただけなのかもしれない
そう考えるのが正しいと、そう思う

だけど


何故だろう

不思議と

そうじゃないと確信がもてた

 

アティはもう一度溜息をついた
「なに考えてるんでしょう……
助けてくれて手当てしてくれた人をどういう意味であれ疑うだなんて」
らしくないですねと
アティは笑い目を閉じた

もう少し眠ろう

それから、ゆっくりと考えよう

 

 

 


――――――――――

 

 


毒蛇は、慣れた風に手袋をその手にかぶせ家を出た
酷く不機嫌そうに眉を寄せながら

「あの馬鹿……見られたと勘違いしたのか……」

そう呟き
一度家を振り返った

赤い髪の少女。
よく知った自分を彩るそれと同じかと思えば、強い明りの下見る赤は
自分とは酷く異なる物だった

明るく、温かい色
暗く淀んだ血の色とは似ても似つかない
意味もなく、イライラした
「何も見ていない」と口にした彼女の言葉に嘘は無いのだろう

そうなるならば

あのまま生かしても

これから殺しても

同じ事かもしれない

なら―――

「……殺すか」

見ていない…と言っても、可能性があれば消しておいた方がいい
一人納得したように頷き

毒蛇はひとまず「仕事」を優先させた
たかだか警戒心の薄い少女が一人、「仕事」の後でも遅くは無い

 

 

 


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