負けるとは思っていた


負けて欲しいと思っていた

 

怒りも、憎しみも、ましてや殺意なんて似合う娘じゃないと誰よりも知っていたから
知っていたつもりだったから

「アティ……」
思わず上げた声はかすれてしまっていたかもしれない
でもそんな事はどうでもいい
今、目の前で起きている現実が
信じられないほどの非現実感をともなって皆を包んでいるのだ

キラキラと光るそれは碧の雨のようだった
綺麗だと思ったけど、同時にゾッとした

「まさか……シャルトスが折れる…だなんて―――……」
彼女の心が壊れてしまうだなんて

スカーレルは取り落としかけた剣をどうにか手の内に留めた
ここは戦場なのだ、武器を手放すわけにはいかない
チリ…と、不安のような焦りのような思いが自分を駆り立てていた
失いたくないと心から思った

それは、あの『太陽のような輝き』なのか
それとも、あの『少女』だったのか

結局の所
引き返すには自分は足を踏み入れ過ぎていた…という事なのだろう

 


――戯れの代償――


 


「オイ…先生……もう大丈夫だから、少し落ち着けって……」

「先生…っ!」

逃げ出した……と言うより逃がしてもらい帰って来た船の中
何がそんなに怖いのか、アティはガタガタと身体を震わせ
短い悲鳴のような声を上げ泣いていた
心配そうに彼女に近付こうとする仲間たちをも、恐れているように見えた

傷の治療さえ拒み、震えながら逃げ道を探している……
そんな手負いの動物が思い出されてスカーレルは顔をしかめた
正直、見ていられない
見せ付けているのかと思い、吐き気がする


眩しいほどの輝きが息をひそめた時、そこに居るのは何の変哲も無い少女だった


分かっていたのに分からないフリをしていた自分に吐き気がする
どうせなら、吐いてしまえれば良いのに
この思考も、経験も、想いも、そうすればどれほど楽になれるんだろう

ただ、自分は空っぽになってしまうだろうけど


「スカーレル。お前、何か言ってやったらどうなんだ…?」
「―――……アタシが?」
カイルの言葉にスカーレルは笑った
「何を言ってやれって言うのよ?」
「お前っ…!!」

今の壊れてしまった彼女じゃなかったとしても、自分には下手なことを言う権利などもう無いのに
いいや、最初から無かったのだ

暗殺者という過去

周りの人間が許しても、気にしなくても

自分が許せない


怒りをあらわに胸倉を掴みかかるカイルを、スカーレルは静かに見つめ返した
アティがスカーレルに泣きついた一件以来
まるで遠慮するような態度が目に付いた不器用な男
「先生がお前の事どうおもってるか分からないわけじゃないだろっ…!!」
絞り出すような、声だった

スカーレルは目を閉じ、信じられないほどに冷たい笑顔を浮かべた
誰に向けるべくも無いスカーレル自身に向けた笑顔
「……分かってるわ」
だからこそ、遠慮なんてしてくれなくて良かった

「ならっ…!!」
「カイルさんっ…落ち着いてくださいっ!!」

自分とカイルとの間に割って入ったヤードに感謝しつつ、スカーレルはアティを眺めた
今の彼女の状態なら
カイルの大声にも随分怯えてるんじゃないかと思った
案の定、部屋の隅で震える彼女はコチラを見ながら泣いている
どういう会話をしているのかは分かっていないようだが、やはり大声は恐いんだろう


何を…言ってやれっていうのよ……
カイルに告げた言葉を、もう一度はんすうする
考えれば考えるほど何一つ思い浮かばない
でも、どうにか

「―――……アティ?」

名だけはかろうじて呼ぶ事が出来た

ピクンと肩を揺らし、何かを探すように少女は濡れた青い双眸を彷徨わせる
「アティ…」
もう一度、その名を呼んで
スカーレルはうずくまる少女と視線の高さを合わせた
まるで小さな子でも相手にするかのように
「あ…う…」

見つけた、らしかった
両の手を伸ばし、同じ高さのスカーレルの首にすがり付くようにして彼女はまだ泣いていた
その体勢のままスカーレルは辛そうに笑う


こういう風に壊れてしまって初めて……あなたは素直にアタシを頼るのね


笑っていてくれる彼女に自分はどれほどの苦労を強いてきたというのか
「部屋に…連れて行くわね……?」
少しためらった後
アティの背に腕を回してゆっくりと立ち上がらせる
いつもの彼女なら、きっと真っ赤になって暴れるだろうに抵抗もしない
「しばらくは、そっとしておいてあげた方が良いわ」
返事の変わりに
スカーレルの通り道を空けるカイル達に彼は薄く笑った

 

 


妙に寒々しいと思った
何時だってアティの部屋は、彼女と同じような暖かい空気に満ちていた
なのに今はそれがない
あの空気は、彼女が彼女であったゆえのモノなんだろうと
スカーレルは溜息をつく
「ほら…センセ、少し横になって休みなさいな?」
ベットに腰を下ろさせ
横にならせようと肩を強く押すが
アティはそれを嫌がり、ぶんぶんと首を横に振った
かわりにスカーレルの服の裾をきゅうと掴む

どこにも行かないで
そういわれているような気がして、スカーレルはベットの傍らにあった
椅子に座った
いつもいつも、無理をしてまで良い子でいようとする彼女の我侭を
聞いてあげられるだけでも聞いてあげたい
「今更、そう思うアタシは愚かなのかもね……?」

聞こえていない事を分かってて、聞こえていない事を願ってて
スカーレルは、ぼんやりと自分を見る
しかしその瞳に自分を映しているわけではない少女に話し掛ける

「困らせたりして……ごめんなさい」
あの時
彼女から聞いて、そして否定できなかった言葉
「迷惑だなんて思ってたわけじゃないの」
結局告げられなかったその言葉
分かってないであろう、今だから口にできる
やっぱり甘えてる
言う事で、楽になろうとしている気がした
手を伸ばし赤いその髪を優しくすいてやる……反応は無い、ほんの少しも


「覚えてる?センセ……アタシ達が出逢ったころの事」
ざんげのようだと思いながら、スカーレルは懐かしそうに目を閉じた
「何事にも一生懸命で生真面目で、ほーんとからかいがいのある可愛い子だって思ってたわ
―――……そう思ってただけだったんだけど……」

だから
何も考えず隣に居れた
ほんの少しからかうだけで、予想以上に面白い反応を返してくれて
そんな風に戯れる事に心地良さを感じていた
ずっと、そうありたいと思っていた

アティは変わらず、どこか遠くを見ている
気にした風もなくスカーレルは話を続けた


「でもね、気付いちゃったのよ」

からかって、笑って
赤い髪の少女の隣に居る、自分という生き物の本当の気持ち
それに気付いたとたん
場違いな気がしてならなかった


おかしな話

傍に居たいと思った
その時になって初めて、そんな事できるはず無いと気付くんだから

眩しくて真っ白な夢、どこまでも影が無い子供のような少女
反対に己はどうか
血に濡れたままの両手
赤い赤い夢、一筋の光さえささない過去の夢
「アティ……」
真っ白だからこそ、汚してしまうわけにはいかない汚したくない

「アタシはこんなに身勝手だったかしら」
自分から踏み込んでおいて……隣に行っておいて
隣には居られないと彼女を傷つけてしまって

「……身勝手ついでに言わせてもらうとね?」
「……」
アティの瞳を覗き込んでスカーレルは微笑した
いつの間にか彼女の瞳をこんな風に見つめる事もできなくなっていたんだと分かったから

「失いたくないって思ったわ……あなたを」

ほんの少しだけ、青い瞳がゆれたような気がしたのは気のせいか

「見ないフリをしても……結局……遅すぎたんでしょうね」
あんな悪夢を見るほどに
傷つけたくないと汚したくないと思うほどの人間を
失って平気でいられるはずが無かった
危うく失って、後悔だけが残る所だった


スカーレルは俯き、黙った
静かな部屋、何も言わぬ想い人と話すのは不思議な気持ちだ
「アティ、あなたはまた帰ってこれるわよね?」
信じている
だって彼女の笑顔は本当にどこまでも暖かかった
「そうしたら……」

 


スカーレルは顔を上げ、虚ろな表情を浮かべるアティの頬に手を伸ばして…触れた
座っていた椅子から腰を上げ
吐息が感じられるほどにアティとの距離を詰める
初めて間近でみた少女の瞳は吸い込まれそうなほど美しかった
強い光は無い、悲しい美しさ

「そうしたら、アタシの本当の気持ちを伝えさせて?」


伝えて、その上でアタシはきっと、あなたと一緒に居られないと言うだろうけど
甘えてばかりはいたくない
真剣に自分の事を見ていてくれた彼女に、真剣に応えて見たいと思えた

身を引くには遅すぎて
積もりすぎた想いに息が詰まりそうだ
苦しくて逃げ出してしまいたくなる、それでも傍にいたいと願う矛盾した思い

もう無理をして目をそむけるのは止めるから
理由も何も説明しないで自分だけで納得して逃げるのは止めるから
「失わせないで、アティ」

あなた自身も、その輝きも

失うくらいなら己の命を奪われた方が良い
この身を切り刻まれる方がよっぽどマシなのだから
それが分かったから、もう迷わない
吐息がかかる距離、スカーレルの言葉は懇願に似ていた


スカーレルはアティの頬から手を離し、再び椅子に座りなおした

 

 

「――――――……大好きよ……」

 


言葉は静かだった部屋の空気に溶けて消えた

 

 

 


続け!!(半分やけくそ気味なのか)

 

 

□□□□□□□□
はい、今回も前回の期待を裏切らず、オチてません(待て)
変わったといえば潔く「続く」にした所くらいでしょうかね〜(遠い目)
書きたい事は書いてしまえたような気も…なんかアティがあんな感じだったので
スカの独白みたいなのになっちゃったのがちょっと気になります。
とりあえずは後ろ向きな彼が問題だったので、次回はきっとラブラブ明るいお話に…!(なるのか?)

題名は某ゲームから引っ張ってきましたv結構気に入ってるのですが
いかがでしょうか(^^)
スカもアティと一緒に居すぎたって事でしょう。
……責任は取ってもらわないとねえ?(恐いです匠さん)

時に、後半。よもやキスすると思った人っているのだろうか……
ごめんなさい。
相手が前後不覚の時にキスするのは邪道だと思ってるので、今回は未遂♪(今回は?)
邪道ってだけで、やっちゃいけないとはコレッポッチも思ってませんけどね(どっちだ)

それでは!ここまで読んで頂いてありがとうございました!!!

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