たぶん誰も知らないのだろう
知る事も無いのだろう

 

自分の想いも

自分の心も

そして自分が「あの時」何を思ったのかも


自分自身でさえ、もう分からないのだから

 

 


―――赤い夢――――

 

 


夜に甲板に出るのはスカーレルのクセのようなものだった
いつも、皆が部屋に戻り思い思いに過ごす時間
スカーレルは、甲板に出て
明りの見えない暗い海を見ていた
色彩さえもが息を潜めるような静けさの中なら、透明になれるような気がした

でも気付いてしまったのだ
月の光がこれほどに明るいと言う事に……

気付いたのが一体いつなのかは分からない
言えるのは、彼女と出逢った後だったということだけ
緋色の髪の彼女は、いつも甲板で月を眺めていた
だから、つられた
一緒に眺める月は、とても綺麗で
今まで甲板に出ていて良く気付かなかったものだと自分に感心したほどだった

だから気付いてしまった
夜の闇の下、どんなに息を潜めようとも暴かれる自分を形作る色彩に……

 

 


一体何人を手にかけたかなんて覚えていない

ポタリと一滴垂らしただけの透明な雫
それだけで全てが終った
足元に転がるソレは、まるで何かをえぐるように自分の首をかきむしり
多くの、どす黒い血を吐いた
ソレの周りだけ、まるで赤い沼のよう
ごぼりぼごりと言葉の代わりにあふれる赤が、可笑しいくらいにその威力を物語っていた
ガクガクと震える身体

それを冷たく見下ろしているのは自分

助けて、と言いたいのだろう
酸素を求める陸の魚のようにパクパクと口を開いていた
ひゅうひゅうと鳴る喉が、まるで笛の音に聞こえる
暗がりだから表情は分からない
でもきっと、覚えていられないんだから見る価値も無いだろう
少し量が少なかったか……これでは助かるかもしれない

スラリと銀に輝くナイフを抜き放ち、首に当てた
白い首に、赤い色が散っていた
血だけではない
かきむしった跡は、まるで虫のはった跡のよう

首を大きく横に裂こうとした時
初めて自分が殺そうとしている相手が「誰か」を知った

 


「――――――――――――っ!!!!!!!!!!」
思い切り身体を起こして、スカーレルはそこで初めて自分が夢を見ていたのだと知覚した
いつもなら乱れる事の無い呼吸は無様に乱れ
流れる事の無い汗が頬を伝って落ちた

「なんて……夢」
よく、悲鳴を上げなかったものだ
気分が悪くなるなんてものじゃない
……自分の存在自体をこの身体から吐き出してしまいたくなるような夢だったのだから

部屋はまだ暗い
夜は明けていないようだった
スカーレルは、音を立てないように部屋を出た

もう一度、眠る気になどなれない
なれるはずがない

 

暗く音のない廊下は、あまりにも静かで
生きている者が自分しかいないような錯覚さえ覚えて吐き気がした
強い酒が飲みたい
どうせなら酔ってしまいたい
酒によってもたらされる眠気は、あまり気持ちの良いものではないけれど夢は見ないですむ
まだ、飲みかけのボトルが残っていたはずだ
皆を起こさぬよう気を配りながら、いつもよりだいぶ長く感じる廊下を歩いた

皆が集まるこの部屋も、今は耳を塞ぎたくなるくらいに静かだった
濃い茶色のボトルとグラスを戸棚から取り出し
スカーレルは、まだ部屋に戻る気が起きず階段を目指した


無意識のうちに甲板に出ようとしている自分に、苦笑をもらす
相変わらずクセは抜けていない
あの月の明るさを目の当たりにしたはずなのに
いやそれとも、あの月明りを見たいとでも思っているのだろうか
この血塗られた生き物は

……皮肉にもなりやしない

キイと、階段と甲板を繋ぐ扉は音を立てて道をあけた
風はなく、静かな波音が無音に傷つけられた耳に心地良い
月は出ていなかった
ホッとしたが、同時に残念だと思う
明るく照らされた視界は己の色を浮かび上がらせる
暗く静かな視界は己の夢を思い出させる

どんよりとした薄曇りの空、スカーレルはほとんど無意識のうちに
いつも自分が気に入って立っている場所へと向った
船の後部
そこはいつも静かだった
……そしてそれは今日とて例外ではない
舟のヘリに腰を下ろし持ってきた酒をグラスに注いだ
透明度の高い薄茶色の液体
口を軽くつけた後、一気に飲み下した
そこで初めて喉が渇いていた事をスカーレルは知る
一度深く溜息をつき二杯目をグラスに注いだ

 

どのくらい……時間が過ぎたのだろうか
まだ酒が残っている所を見ると、大して時間は経っていないのかもしれない
体中にアルコールが染みていくかのような発熱感はあったが
酔いらしいものは、ほとんど襲ってはこなかった
元からたいして酔いやすいタイプでは無いが今日は異常だ
頭は霞がかる所か妙に冴えてしまっているし、眠くさえならない
……これでは酒を飲む意味がない

何となく何故そうなるかは分かっていた
「酔うつもりなんだったら、別の場所を選ぶべきだったわねえ……」

この場所は


想うものが多すぎる

見えない月の光を思い出してしまう
隣にいたいと……そう告げる悲痛な声を思い出してしまう

そして自分が「あの時」何を思ったのかを

 


スカーレルは諦めたように溜息をついた
星さえ見えない空を仰いで、ゆっくりと目を閉じる
明りを失った暗闇の中
カタン…と
するはずの無い音が耳に届いた

「……誰かいるの?」
いるはずが無いと思いつつ、そう口にする
明け方さえまだ訪れない真夜中に、わざわざ甲板に出ようなどと思う酔狂な人間はいないだろう
きっと……風のせいか波の揺れのせいだ

 

そう思い

目を開いた

 

 

「こんばんは…スカー…レル」


暗闇の中なれた目は、見間違いだと誤魔化す事が出来ないほど
ハッキリと、その人影を浮かび上がらせた
ひときわ大きく心臓が跳ねたような気がする

「……セン…セ?」

夢の続きを見ているのかと思った
みだれた彼女の赤い髪が、白き寝巻きを流れる血に見え眩暈がする
「どう…して、こんな……時間に?」
自分も人の事など言えないということは分かっていた
でも、それが認識に上るほど冷静ではいられなかっただけ

やっとの事で落ち着いた所だったのに
彼女の存在一つで


声が震えないようにするだけで精一杯だ
怯えの色さえ混じってしまったかもしれない
目の前の少女に…ではない
夢の中で確かにそうだったように、ただ無様に過去に怯えていた

消えなどはしてくれない、忘れさせてなどくれない
『忘れるな』というまるでそれは警告

 

彼女を目の前にして、夢は妙な現実感をともなって思い出された

 

赤が・ゴボリと・口から・あふれて


アタシが……


ヒュウヒュウと・音が・していた・喉から


アタシが毒を……

 

ぐるぐると視界が回る
違う、自分は殺してない

たくさんの血を浴びた
落としても落としても内側から滲み出てくる赤
あの夢は、そんな自分を映していただけ


「少し、寝苦しかったんです……あの、スカーレルも……ですか?」
おずおずと窺うように声をかけ、アティは距離をほんの少しだけ縮める
ただ、それだけ
なのに気がおかしくなりそうだ


「近付かないでっ……!!」


拒否というより悲鳴のようなスカーレルの声に、アティは思わず立ち止まった
それを視界の端に収め、スカーレルは浅く息を吐いた

 

汚したくないと、願ったはずなのに
自分と同じ場所にいるべきではないと、分かっていたはずなのに
それでも望んでいたのだろう
この愚かな血色の蛇は
真っ白にさえ見える優しい日差しを全てに注ぐ太陽の傍にいたいと

本当に、皮肉になりやしない

貴方の隣に居るつもりは無いもの…
そう言ったのは紛れもなく自分だったというのだから
だからあんな夢を見たんだろう
無意識からの警告
太陽を汚してしまいたくないのなら、これ以上深入りするなと

隣にいたいと言ってくれた彼女に
「あの時」そうなればいい…などと思った自分が恨めしい

 

「スカーレル…?」

「夢を見たのよ……」
暗がりの中、浮かべた笑顔は自嘲じみていたことだろう
生暖かい風が、頬をなで
解いたままの髪がサラリと後ろに流れた

目の前の少女は、近づく事も出来ず立ち去る事も出来ず、その様子を眺めていた
綺麗だと思った、同時に凄く寂しそうだった
何故そう思ったのかは分からない

「―――を、殺す夢」
誰を…とは言えなかった
スカーレルは、無意識に利き腕をもう片手で握りこんだ
この手で銀の刃を、あてがおうとしていた
あの白い首に

 

「…………」
何も応えないまま緋色の少女は一歩、スカーレルに近付く
「……アティ……近付かないで」
「嫌です」

また、一歩

「お願いだから……」
「……前、私がここで言った事忘れたわけじゃないですよね?」

傍にいたいと、隣にいたいと……
忘れるわけが無い
それは自分が心の底から望み、そして叶わないと知っている甘い言葉

さらに一歩を彼女が踏み出そうとした時
スカーレルは耐え切れなくなたように、うめくように言葉を口にした

「アタシは貴方を殺す夢を見たのよ……」

ピタリと少女は足を止める

「何となく分かってました」
その言葉に、スカーレルは驚いたようにアティを見た
「さっき私を見た時、すごく…辛そうだったから」

そう口にするアティの表情は、それ以上に辛そうだった
「ごめんなさい……スカーレル」

かける言葉が見つからず、何も口に出来ない
どんな言葉を口にしても嘘になりそうだと思った
どれが本当なのか分からない今のままでは

「私のせいで……困らせちゃったんですよね……」
無理に笑おうとしているんだろう、不自然な笑顔をアティは浮かべていた
「無理矢理…スカーレルの傍にいたいだなんて……迷惑でしたよね」

迷惑だなんて……と口にしようとして言葉を飲み込んだ
言わない方が良い
でもかわりに胸が鈍く痛む

「ごめんなさい……そんな夢を…見せるくらい困らせたなんて、思わなくて…」
俯いて、声は震えていた
泣いているのかと思うほどに
だけど……
顔を上げた時、彼女は笑っていた
これ以上、困らせたくないと……そう思ってのことなのだろう

「だから…もう言いませんから…!!嫌な思いをさせて本当にごめんなさい!!」
まだ早いですから、私寝ますねと
逃げるように立ち去ろうとするアティの背中に
スカーレルは声をかけようとして再び、その言葉を飲み込んだ

言わない方が良い

これでいい
このままでいい
なのに……どうしてこんなに苦しいのか


自分の思いが分からないままに、スカーレルは甲板を後にした
とりあえず夢は、もう見ないだろう
警告の必要はもう無い

そう考えながら、部屋に戻っていくスカーレルは結局気付かなかった
夢なんかより先程のアティの言葉の方が
ずっと……

 

 


END

 

□□□□□□□
だから落ちてないって、匠さん。
ENDじゃなくて潔く「続く」とかにした方が良いのかも知れないと、しばし悩んでみました。
いちおう「貴方の左・私の右」の続きにあたります。
進展どころか後退してますね!!この二人。(笑えない)
正直な話、「夢」の所を書きたかっただけです、ごめんなさい〜!!(>_<)
心意気的にはハッピーエンドを目論んでいるのですが
実際どうなるのか分かんなくなりました。
だって、このお話もうちょっと救いがあるように終る予定だったのに
こうなっちゃいましたから!!!(爽やか)
続きを書く気力があれば、次こそはどうにか…!!(何をしようというのだ)
何となく、話のイメージ的にバックは黒くしてみたり…読みにくかったらすみませぬ(汗)

ではでは、ここまで読んで頂いてありがとうございました♪
またの機会に巡り会いましょう(^^)

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