―エピローグ―


とおく聞こえるのは波の音
とおく聞こえるのはカモメか何かの声


ゆるゆると意識を浮上するに任せ、スカーレルはゆっくりと目を開いた
カーテンごしの光は明るく
遮られたそれは、床の上でゆらゆら踊る
いつもなら寝起きの良い彼にしては珍しく、すぐには体を起こさず
ぼんやりと天井を眺めた

「なんだか懐かしい夢を見たわねぇ……」
あの頃の事は
わざわざ思い出す必要も無かったし、ましてや夢に見る事も無かった
しかして
きっかけと言うものは確かに影響するものらしい
偶然にしては出来すぎていて、あまりにも不本意なそれは必然とすら思える

まあいつまでもぼんやりしているわけにはいかない
今だ夢に片足を突っ込んでしまっているような気がしながら立ち上がりカーテンを開いた

眩い光
波に踊った光がキラキラと音も立てず舞っている

今や見慣れたはずのそれ

それでも、居たたまれなくなる


やはり不似合いだと思わずには居られない

 

目を細め、笑う
「まあ……センセは憶えていないんでしょうねぇ」
自分はあの頃に比べれば、ずっと変わってしまっているから
憶えていたとしても気付かないに違いない
気付いて欲しいとは思わなかった
きと珊瑚の毒蛇として再び彼女と対峙する事は好ましくは無いんだから

さあ…て……
いい加減身なりを整えて食堂にいかないと……

小さく伸びをして、もれそうになった欠伸をかみ殺して
着替えようと寝巻きに手をかけた時

こんこん

小さなノックが扉を揺らした
「……はぁい」
少し遅くなってしまったらしい、たぶんカイルだかソノラだかが起こしに来たのだろう
そう思い
すんなりと扉を開いた
「あ、おはようございます!」
けれど扉の向こうに居たのは、昨日仲間になったばかりの……赤い髪の少女
あの頃と、何も変わらない瞳の色、輝き
そうして「おひさま」に良く似た笑顔
「あの、カイルさんに起こしてきて欲しいって頼まれたんです。起きてらっしゃいましたか?」
「ついさっき起きたところよ、ありがとうセンセ」

ふわりと笑みを口元に乗せれば
少女は少しだけ驚いたような顔をした
スカーレルにしてみれば予想外の事で首をかしげ藍色の瞳を覗き込んだ
「どうかした?」
まだまとめてはいない髪が、さらりと流れる
「……あ、いえ…その……似てるなって…思っただけです。昔の…知り合いに」
「……」
少しばかり戸惑って、あははと誤魔化すような笑顔をもらす少女につられスカーレルも笑ってはいた
笑っていたはずだ
本当に驚いたから、引きつってはいたかもしれないが

驚いた
憶えてるなんて
しかも己を見て、似ているなどと

「あ、えと。じゃあ着替えが終ったら食堂に来てください!」
スカーレルの沈黙をどう受け取ったのか、気恥ずかしそうに少女は一度ぺこりと頭を下げて
背を向け歩いて行こうとする
そのまま見送ろうとして
スカーレルはその選択を放棄した
彼女は確かに覚えているのだ、自分の事を
なら……

「センセ」

くるりと彼女は肩越しに振り返る

「アタシの名前、「スカーレル」よ」

昨日すでに終っていたはずの自己紹介をスカーレルは繰り返した
約束、だったから
次に会った時、己の名を教えると
彼女がそれに気付かなくとも、彼女がそれを覚えているなら
それは果たされるべき約束のはずだった

「…?は、はい」
不思議そうに首をかしげ、彼女…アティは頷いた
だけれどすぐに、それは満面の笑みでそれに応える

「私はアティです。これからよろしくお願いしますね、スカーレルさんっ!」

 

全てが始まるのは……これから

 

 

 

 

2005 9、12

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