それはあまりにも突然だった


「くたばれッ…!!!」


止める間はなかった、声をかける間もなかった
もしかしたら思考が止まっているのかもしれない
ギィィンと嫌に耳につく金属の音で、アティは正気を取り戻した
「――……え?」

遠く、ひらけた草原は残酷なまでに距離を感じさせる
「うそ…」
その距離の先に立つスカーレルとヤードが信じられず、アティは数度頭を振った
さっきまで、隣に立っていたはずの人物
あんなに無色の人たちが居るのに
ひらけた地形だから、すぐに囲まれてしまう
二人で相手にできるわけが…ない

「ふ、二人を助けましょうっ!!」
どうにか、本当にどうにかそれだけを口にする
下手をすれば、カタカタと震えそうになる身体を抑えるだけで精一杯だった
頭の中では同じ言葉しか繰り返されず、真っ白にはならないとしても
どうにかなってしまうかもしれない
「…っ…スカーレルっ……!」

 

 

――貴方の左・私の右――

 

 

 

日はまだ随分と高い
とりあえずの安全地帯であろう海賊船の側にある広場
先程の戦闘についてだろうか、これからの展望についてだろうか
何か小難しい話をする者もあれば、少しの緊張感も感じさせず騒ぐ者もいた

そんな喧騒を遠くに聞きながら、スカーレルは頬にかかる髪をかき上げる
「アタシは諦めないわよ」
言葉に込められた響きは冷たく辺りを満たしていくようだった
スカーレルの傍らに立つヤードは険しい顔をしながら溜息をついた
「難しいと思いますよ……向こうも警戒するはずです、上手くいく可能性は……」
「あるんでしょう?」
可能性は低い。だが、確かに「ゼロ」ではない
あるのだろうと聞かれれば、ヤードは頷くしかなかった
その反応に、スカーレルは小さく微笑する

「アタシは故郷の人達の無念を晴らしたいの」
すうっと細められた目は、驚くくらい『昔』の彼のもの
見ていられないといった風にヤードは目線をそらした
そして、思っていた事を口にする
「止めませんか…?」

しばし、反応は無かった

小さな溜息

「何故?」
スカーレルは少しも表情を変えず、静かに目の前の青年を見ていた
何かを考えて、やがて意を決したようにヤードは顔を持ち上げる

「―――……あの時の彼女の顔を見なかったんですか?」


ヤードの言葉の半分は予想できていた、でも半分は予想外だ
彼女…アティの話が出るとは思った、でも表情を聞かれるとは思わなかった

「……アタシはヤードと違ってずっと前線だったから見てる暇なんて無かったわよ」
半分は嘘だと思うせいか、自然に苦笑いが口元に浮かんだ
無理矢理、見ないようにしていたくせに……

「っ!!スカーレル!!私は真剣に話してるんですよ!?」
「…分かってるわ、でも見てないのはホント」

自分の手を見るたびに思い出した
赤く、紅く
どろりとした液体が滴り落ちる事も無く両の手に有る…そんな光景を
見ないフリをして、忘れようとしたのに

「あのコも…アタシの事避けてたでしょう?」
「………それは」

彼女を想うたび、彼女の隣の自分を思うたび
その差に笑いたくなった
悲しむにはあまりにも滑稽すぎて


どこまでいった所で、自分は過去に捕らわれたままなのだとスカーレルは思う
だからこそ、その元凶であるオルドレイクを消したいと考えたのだ
……それで一体何が変わるのかは分からなかったけれど

嫌な沈黙だった
辺りが騒がしい分その空間だけ切り取られたような静寂が広がっていた
不意に、難しい顔をしていたヤードがほんの少しだが表情を変えた
自分のさらに向こうを見ての反応だという事にすぐに気付き、スカーレルは振り返った
否。
振り返ろうとした


パァン!!!


妙に小気味の良い音
騒がしかった広場は、一瞬にして静寂に包まれた
何が起こったのか、すぐに気付ける者はいなかった
音の原因の片割れであるスカーレルも、軽く痛む頬を押さえる事さえ思いつかず
呆然と目の前に現れた少女を見ていた


カタカタと身を震わせ
まるで睨みつけるかのようにアティはスカーレルを見た
「ここに戻るまでの間…ずっと考えてたんです」
アティの口にする言葉は、彼女の身体と同じように震えて酷く弱々しい
真っ直ぐにスカーレルを見つめてくる深い紺色の瞳は濡れていて
今にも泣き出してしまいそうに見える
「でも…っ……わかんなかった……」
つうと頬を伝い涙が流れた

「どうしてっ!!どうしてあんな事したんですか…!!あんな…あんなっ!怪我するだけじゃ…済まなかったかもしれないのにっ!!!」

スカーレルの服を掴み、アティは悲鳴のような声を上げる
「…す…ごく、凄く怖かった…っ!!不安で不安でどうにかなりそうなのに、私は心配しか出来なかった……っ!!」
そんなアティを、スカーレルは何も言わず見ていた
「スカーレルにはっ…スカーレルなりの……考えがあるんだっ、て……そう自分に言い聞かせたけど、無理っ…でした……!」
お願いですから…とアティは続けた
「何か…する時はちゃんとっ…教えてください…!!私っ…私は……スカー…レル…が…」
声が出ないのだろう、何度も何度も何かを喋ろうとして失敗しているようだ
お願いですからと、かすれた声で繰り返していた
スカーレルにしがみ付き、アティは泣いていた

そんなアティを、スカーレルは何も言わず見ていた
何も言えず見ていた
ひどく寂しそうに、ただ見下ろしていた
なだめるために背を優しくたたく事も肩を押し返す事も出来ない
血色の手を何かを耐えるように強く握っただけで

 

 

 

 


昼間の騒ぎはどうにか収まり、日が沈む頃には平常どおりの時が流れていた
月が浮かぶ波の上
「こんばんわ、センセ」
来ると分かっていたのだろう、甲板に出てスカーレルの姿を認めたと同時に声をかけられた

「こ…んばんは……」
いつもと変わらないスカーレルに少し戸惑いながらもアティは隣に並んだ
「今日はホントビックリしたわ〜、まさかセンセが泣いちゃうなんて」
「あ…う……す、すみません」
泣いて落ち着いてしまった今となっては本当に恥ずかしいのだろう
アティは顔を真っ赤にして俯いた

「……謝るのはコッチの方よ、ごめんなさい……アティ」
何時も素直に謝罪する事のないスカーレルの言葉にアティは不安そうに眉を寄せる
「スカー…レル?」
「あんなに……心配させるとは思わなかったの」
月明りの下、浮かぶスカーレルの笑顔は影を感じさせはしなかった
だからだろう
壁があると感じたのは

「心配しないわけないじゃないですか…!」
「……貴方はそうでしょうね」
アタシとは違う「生き物」だから
暗にそう言っているのが分かり、アティは悔しくて拳を強く握った
「どうして…そうやって線引きをするんですか」
ふと、目の前の青年はその口元から笑みを消す
「線引き…?してないわ」
変わりに浮かぶのは、誰に向けるわけでもない嘲笑


「最初から違うんだもの」

「…………ッ!」


声なんて、出るわけが…無い
壁を作るなんて生易しいものじゃなく、向けられたのは完全な拒絶
少しずつとは言え、アティにも分かっていたはずの事だ
側にいる時間が増えれば増えるほど、お互いの話をすればするほど
あまりにも広い「距離」があると言うことに


分かっていたはずなのに……
どうしてこんなにイタイのだろう
どうしてこんなに隣に居たいんだろう


「それでも……私はスカーレルの隣にいたい」
何度も声を出そうとして失敗して、やっと彼女はそう行った
真っ直ぐに、見つめてくる青い瞳に、スカーレルは視線そらし、感情のこもらない声音で答える
「無理よ、アタシは貴方の隣に居るつもりは無いもの…」

話は終ったとでも言いたげに、スカーレルはアティの脇をすり抜け
船の中へと姿を消そうとした
止める事は出来ない。

「諦めませんからっ!!!」

ただ、その背中に声をかけた
肩越しに振り返ったように感じだけれど、感じただけかもしれない

アティは、一人きりになった後何の気なしに月を眺めた
月夜を背景に交わしてきた言葉がまるで夢のように感じて、また少し涙が出た

 


END

 

 

□□□□□□□
オチはどこですか匠さん(オイ)
某親友と、話してる時にもりあがったネタの一つです。
別名「スカーレルを思いっきり引っ叩くアティの話」ですか……シリアスは友人好みなんですが
答えられてるような気がサッパリしないです(汗)
スカーレルさんは、本気になればなるほど触れられなくなるタイプだと思うんですよね。
そして、嫌なくらいに距離を置こうとするという……(痛)
ついでにアティも、さして相手の中に無理に入ろうとはしないと(カップル成立するのかな(汗))
 というか、スカーレルに泣きつくアティを見ていたオールメンツどう思ったんだろう(それこそ遠い目)
もしかしたら、続くのかも……

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送