一つ、二つ

たくさんあってもそれは一つだけ


―― ただ一つだけ ――

 

しんしんと降り積もる雪を尻目に
元からのんびりとして、本を読むのが好きという共通点のある二人は仲が良かった
外の寒さなど関係が無いかのように、黙々と本を眺めている様子は
他の仲間が見ればヘキヘキするような光景だ

「へー、名も無き世界から来た人達の例って意外に多いんですね〜」
ははあと感心したように頷くアティにヤードもそうですねと相槌を打った
「それに向こうには、こちらにはない催しだとか行事も多いんですよ?今の季節ならこんな感じですかね」

雪の降る冬の時期

ヤードが差し出してきた本のページにはそれこそ様々な行事が書かれていて
楽しそうにアティは字をなぞった
そうしてそれは、ある一点でぴたりと止まる
「あ、これなんてやってみたいですv」
覗き込めば、それは確かに彼女が好きそうなイベント事
「日頃お世話になっている人に、チョコレートを作って渡す……ですか」
「はいv確かチョコだったらオヤツ用に買いだめしてるから問題ないですっ!!」
1人で作る自信は無いのか、スカーレルに手伝ってもらってなどと
キラキラと目を輝かせ、新しい遊びを見つけた子供のように喜ぶアティをヤードは微笑ましく見つめた
そうして面白半分に付け加えてみる
「日頃お世話になっている人……という意味合いもありますが
どちらかと言うと好きな人や恋人に渡すという意味合いが強いみたいですねえ」
「……っええ!?」

とたん返る反応はひどく分かりやすい
顔を真っ赤にしてわたわたと慌てるアティにヤードはにこやかにトドメをさした
「スカーレルにお手伝いを頼まれますか?アティさん」
このトドメを本人は背中を押したつもりであることを彼の名誉のためにココに付け加えておく

 

 

雪の降る季節は好きではない
とりあえずは寒いし、それにこの乾燥は肌には随分と悪いだろう
「お手入れが大変なのよねえ……まぁ夏は夏で面倒なのは確かなんだけど……」
それに冬の嫌な所は、外に出られないから暇…という事につきる
その点においては夏のほうが遥かにマシだろう

スカーレルはやる事も思いつかず軽く伸びをする
「外に出て散歩する……にしても寒すぎよねえ……」
食堂、兼、団らん場所に行けば自分と同じ暇を持て余した誰かがいるかもしれない
1人で部屋の中くすぶっているよりは、幾分マシだろうと腹を決め
どう考えても冷え切っているであろう廊下へと足を踏み入れた

キンと張り詰めた空気は急速に体温を奪っていく
それと同時
部屋の暖かさに鈍った思考回路もすっきりと澄み渡っていくのは気持ちが良かった
やはり換気ぐらいはすべきだったか
「この感覚は嫌いじゃないわね」
まあだからと言って寒くないわけではない
ぽつと呟いた独り言をそのままにスカーレルは歩き出した
願わくば、一緒に暇を潰してくれるような人物がいるように

はあと吐いた息は、ただ白く空気に溶けた


歩を進めれば己の足音のみが小さく響く
静かなその空間は壊しがたい物のように思えて、小さく笑った
これだけ静かなのだから
もしかしたらカイル達は、この寒空の中島の方にでも遊びに行ったのかもしれない
若いというか、いつまでも無邪気だ
羨ましいとは思えるけれど、真似できるたぐいの物ではない事も理解はしている
「この様子だと、食堂にも誰もいないでしょうねえ」
部屋に戻って
この前ヤードに借りた本でも読もうか

顔にかかる黒髪をかき上げ、きびすを返そうとしたその時

妙な事に気付いた
「……?」
事……と言うよりは香りと名のつくソレ
「甘い…?これってお菓子か何かの香りよねぇ……?」
思わず台所の扉をそうと開く
大して広くは無い台所で行ったり来たりと慌しく行き来をしていたのは
見慣れてはいたものの、まさかこんな場所で目撃するとは夢にも思っていない赤い少女だった
夢中になっているのか扉が開けられたことにも気付く様子は無い
今日は確かソノラだったはずよね?食事当番。
自分の頭の中のスケジュール表を確認するが、ソレはつい先日彼女の当番は終ったと示している
そもそも夕食までには、まだだいぶ時間があるのだ
こんな中途半端な時間に彼女は何をしているのだろう

たぶんお菓子の本傍らに置き
何度も指でなぞりながら、混ぜたり溶かしたりしている
いそいそと動きまわる彼女は小動物でも見ているかのようで飽きなかったが
見ていれば見ていたで
危なっかしさが目に付いた

ああ、そっちばかりに気を取られてると、さっきのヤツを焦がしちゃうじゃない
今は本の確認をしてる場合じゃないでしょー?

にしてもお菓子を作るんだったら誘ってくれれば良いのにねえ……
そう思った時、自然に身体が動いた
アティが何を思ってお菓子作りをする気になったのかは分からないけど、この手の暇つぶしを逃す手は無い
台所の扉を閉じ
アティが手にしていたボールに手を伸ばした
「ほらほらセンセ。それはアタシがやるからソッチを見ときなさいな、焦がしちゃうわよ?」
「あ、え?はわわっ!本当ですね、すみませんスカーレル!!」
最初から居たかのように振る舞えば、アティもすんなりと反応を返す
きっと気付いていないのだろう
彼女の事、この反応は条件反射に近いものがあるに違いない

開いている料理の本を眺めれば
どうやら彼女はチョコレートを使ったお菓子を作ろうとしているのが見て取れた
そういえば疲れたときに良いからと
チョコを買いだめしていたような気もしたが、本当に一体どういう腹積もりなのだろう
「あ、良いみたいです。スカーレル、それこっちに持って来てくださいv」
「はいはーい。あ、これだとチョコ余るでしょ?どうせだからチョコレートケーキも作っちゃいましょう♪」
「良いですね〜!張り切っていきましょう!!」
かけてあったエプロンもつけてスカーレルはお菓子の本をパラパラとめくった
さあココからは臨戦態勢
でもきっと楽しいに違いない
何て言ったって、隣に居るのは見ていて本当に飽きない少女なのだから

 


そうして一時間後――――

 

 

『完成〜!!』
パンとお互いの両手を合わせ完成を喜ぶ
さすがと言うか何と言うか、スカーレルの手際はよく
彼が混じって以降は何の危なげも無く、すべてのお菓子を完成させる事が出来た
「うわあ〜いっぱい出来ましたね〜vv」
「そうねえ…これは皆が帰ってこないと、いくらアタシとセンセでも食べきれないわ〜♪」
甘い物好きの二人は
食べきれないとは言いつつも、幸せそうに出来たお菓子を眺めている
女の子はやはり甘い物には目が無いらしい(何かオカシイ)

そうして後片付けも一段落ついたところで
お茶を差し出しながら
スカーレルは、この光景を見た時から不思議に思っていた事を口にした
「にしてもセンセ、何でいきなりチョコレートを使ったお菓子なんかを作る気になったの?」
「はい、実はですね……ヤードさんに名も無き世界の行事の事を聞きまして、だから皆さんの分とスカー……って、え?」
青い目を丸くして、お茶を受け取ろうとした体勢のままアティは固まった
「だいじょぶ?センセ」
一瞬だけ現実とはかけ離れた所に行っていたらしいアティは、スカーレルの声に即座に帰って来る
「ななななな、な、何でス、スカーレルがここに居るんですかっ!?」
「ご挨拶ね〜そんな飛びのかなくたって良いじゃない?お菓子作りを途中から手伝ってたじゃない」
あ然と口を開けるアティは
どうにかこうにか過去の事を思い起こし整理をしているようだ
「あー…た、確かに。気付いてませんでした……」
「でしょうね〜唐突に加わったはずなのに、全然先生不思議そうじゃなかったしv」
「うう…す、すみません」

今さらですが有難うございましたと頭を下げるアティに
良いの良いのとスカーレルは笑った
「アタシも暇だったし、いい暇つぶしになったわ♪」
そうして再度質問を繰り返す
「それで?何でお菓子作りなの?アタシ達の誰の誕生日でも無いはずだけど……」
「え…っと…だから、ヤードさんから名も無き世界の行事で
日頃お世話になっている人にチョコレートを作って渡すってのがあるらしくて…やってみたいなぁって」
ほんの少し顔を赤らめて、恥ずかしそうに話すようなことでもない気はしたが
納得したようにスカーレルは頷いた
「なるほどねー確かにセンセが好きそうな行事だわvでもそれならアタシも誘ってくれればよかったのに」
「あはは…結果的に手伝わせちゃいましたけど」
「好きで乱入したんだから本当に気に病まなくても良いのよ?」
「分かってますよ〜」


後は、日頃お世話になっているというメンツが帰ってくるのを待つばかり
食堂にもろもろのお菓子を運び
椅子に腰掛けようとしたとき、スカーレルに小さな袋が差し出された
「……?」
「あ、あのっ……これ手伝っていただいたお礼みたいなものです
スカーレルが来る前から作り終わってたものなんですけど……えと、だから味に自信は無いんですけど受け取ってもらえますか?」
髪の色に負けぬほどに顔を真っ赤にしたアティを不思議に思いながらも
スカーレルは笑顔で受け取った

「センセが作ったものなら喜んで頂くわvアタシだけ特別ね♪」
「は…はい」


スカーレルが小さな袋をポケットに入れると同時に、食堂の扉が開かれた
どこまでもタイミングと言うモノを心得ているメンツは
甘い香りに真っ直ぐここにきたようだ
「わーvvvおいしそー!!これ先生が作ったの〜!!」
「ちょうど腹が減ってたんだよな!!!なあなあ食っていいのか?」
「ちょっと、センセが日頃の感謝を込めて作ってくれたんだから味わって食べなさいよあなた達!!」
今にも食いかからんとする海賊兄妹を尻目に

ヤードは顔を真っ赤にしたまま俯いているアティを見て笑った


どうやら上手くいったらしい

皆に感謝をという彼女の思いも、もう一つの事も

 

 

 

さて

あとはたぶんこの行事の本来の意味を知らされていないスカーレルに告げるかどうか
それはテーブルに並べられた
お菓子を食べながら考える事にしよう

 

 

 

 

END

 

 

 

□□□□□□□□□
時期ネタです。というかカップル成立してるのかしてないのか微妙微妙
少し甘めに書いたつもりだけど不発な気もする(笑)
ヤードさんは何でも分かっていてほくそえんでいそうで怖いです。もう少し馬鹿にかければよかったなあ
スカが鈍いと何故か偽者のような気がするのは何故?
読まれては話があらぬ方向に進みそうだったから、あえて反らしたんですけど
どんなものなんでしょう?

こんなのを書いていながら
匠さんはお菓子作りなんて微塵も出来ません…!!
めんどくさいよ〜バレンタイン!!!


っは…!?そんなことはどうでも良いですね
ここまで読んでくださって有難うございました〜vv

 

 

 

 

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