答えなんて見つからない

見つかるはずが無い

自分は答えを知っていて、それ以外の答えを求めているのだから

 

でも時間は止まらないから


ギリギリと追い詰めて――――答えを求めるのだ

 

 


――償うために犯す罪――

 

 

 

 

キィン…と甲高い音が響いた
己の武器が、はじかれた音だと即座に認識し身をかがめる
直後
首があった場所を、銀の光が一直線に空間を裂く
小さく舌打ちをし
後ろに飛び退り、スカーレルはナイフを握りなおした


遺跡の中、始まった戦いに勝機がゼロに等しい事は分かっていた
また、それでも賭けるしかないということも分かっていた
勝ち目の無い戦いを挑む自分を愚かだと思ったが、後悔はしていない

彼女の笑顔を守れる可能性があるのなら

今度こそ……失わないですむのなら

 


「くらいなさいっ!!」

一気に仕留めるつもりで、突っ込んできた無色の兵士を
すり抜けざまに仕留める
殺しはしていないが、しばらくは動く事は出来ないだろう

息はまだ上がっていない
それでも疲労感が強くなっていく自覚はあった
減る様子を見せない無色の派閥の兵士達に、さらに腕が重くなる
少し離れた場所にいるカイル達は大丈夫なのだろうか
余裕なんてありはしないのに、他人の心配をしている自分にスカーレルは苦笑を漏らす

目の前に立つのは三人
召喚師と、銃兵士と、大剣使い……
「年貢の納め時かしら…?」
思いのほか、明るい響きを持った自分の声が意外だった

たぶん、一気にさばけて二人が限界
どの方向から攻撃を仕掛けても、誰から狙っても結果は変わらない
今まで越えてきた戦いで培った経験は、こういう時にまで残酷にそれを突きつけてくる

死ぬ覚悟など、とうに決まっていた

この戦いに挑むと決めた時
紅き手袋を抜けた時
数滴の液体、微量の粉、多くの命をこの手にかけた時
自分の全てを失ったあの時

死なないでいたことのほうが奇跡なのだ

スカーレルは銀にきらめくナイフを構え、まだ距離のある無色の兵を睨んだ
空いている距離など、自分から詰めてしまえば数秒とかからない
出来うる限り減らしてみせる
自分がいないどこかで少しの勝機でもあるのなら

身を低く、地を蹴った瞬間

死を思うよりも先に脳裏に浮かんだのは……あの明るい笑顔だった

 

 


「スカーレル……ッ!!」

 


笑顔を思い描いた少女の悲痛な声と共に
無色の派閥のものではない影が、自分と無色の兵との間に駆け込んできた
本気で同士討ちさえも考えていたスカーレルの反応はだいぶ遅れ
止まりきる事が出来ずに、影を無理に避け
転倒する
視界に映った姿に、声も出せずにスカーレルは影を見上げた

白い少女

銀色の髪をした少女の手には、日の光が入り込む海の色にも似た剣が握られている
砕けたシャルトスとは違う清浄な輝きを秘めていた
剣と同じ青く澄んだ双眸をスカーレルに向け
白い少女は、彼が見る事はもう叶わないと思っていた笑顔を浮かべた
ほんの少し涙ぐんではいたけれど
スカーレルが思う明るい笑顔

「無事で良かった……スカーレル……」
「セン…セ……?」

どうにか口から出た言葉は随分マヌケで、わかりきった事だ

「スカーレルは、みんなと合流してください…!ここは私が……っ!!」
今だ座りこんだままだった自分をかばうように立ちアティはそう言った
突然のアティの出現で戸惑っていた無色の兵達が、気を取り直したように二人を窺っていた
「ちょ…センセ!無茶よ!!いくら剣を持ってるからってこの人数じゃ……!!」
立ち上がり、肩を掴み踏みとどまらせようとするが
彼女はピクリとも動きはしなかった
「大丈夫です、スカーレル!」

ヤードさんに回復してもらってくださいとだけ言い残し
スカーレルの手を振り切り、海色の剣を手に無色の兵がまだ多く残る一角へと駆け込んでいく
「……冗談じゃないわよ」
スカーレルはナイフを握りなおしアティの背を追いかけた

あそこには後何人残っていただろうか、武器は何だったろうか
アティの握る剣の力が、すさまじく大きい事は間近で見てすぐに理解できた
だが、敵と対峙する彼女を置いてみんなの所へ戻る理由にはなり得ない
いくらあの剣が強くても
彼女自信が強くても
それでも行かずにはいられない


何故なら―――――――――――

 

 

 

 


金属同士のこすれあう音と、小さくはない爆音
アティは、その真っ只中にいた
自分を囲む人数は、五人
大丈夫……これなら倒せない数ではない

すぐ目の前にいた三人に召喚術をぶつけ
自分の懐に飛び込んできた大剣使いと剣をあわせた
精鋭である無色の兵達は決して弱くはない、剣を…ウィスタリアスを握る彼女が強過ぎただけの事
力で押し勝ち、剣を横になぎ払う

これで四人

あと一人で、無色の兵は一掃できる
息をつき自分の心の剣であるウィスタリアスを握りなおした
勝ち目はないだろうに自分に向ってくる槍使いを一撃の下に沈黙させ、アティは構えをといた
さすがに疲れちゃったかな……
集中していた時なら気にならなかった痛みだとか疲労感だとかが
一気に自分の身体の内に溜まっていくのが分かった
ヤードさんに回復してもらわないと……
そう思い、振り返ろうとした時
鈍い音がした

ドシュッ……と
鋭く細い刃物が、かなりのスピードで肉に食い込むような鈍い音
背後からして……そうして痛みは無い
変わりに短い悲鳴が聞こえた
慌てて振り返ると、自分が仕留めそこなったであろう兵士を
スカーレルが気絶させた所だった
ぐったりとして動かない兵士を、確かめるように軽く蹴り
スカーレルはアティにその視線を向けた

「背中が隙だらけだったわよ…センセ」
そう言って、向き直る
「……!!」
身体を横にしていたせいで気付かなかったが
スカーレルの左肩から棒のような物が生えていた、否、突き刺さっていた
彼は面倒そうに、それを引き抜き足元に落とす
カランと乾いた音がして
先にべったりと付いていた血が、数滴床を汚した

「あ……ス、スカーレル……」
自分をかばったんだろう
浅くは無いと分かっていたから、大丈夫だなんて聞けない
「大丈夫よ、センセ。急所は思いっきり外してるから…だから、そんな死にそうな顔しないで?」
「え!?そっ…そんな顔してましたか!??」
「そうよお?青い顔しちゃって〜今の状態のセンセってただでさえ白いんだから目立つわよ」

明るい調子のスカーレルに、アティはやっとホッとしたような笑顔を浮かべた
でも、早く手当てはしたほうが良いですよね……
そう思い、一緒にみんなと合流しようと口にしようとしたアティは
思わず言葉を飲み込んだ
真っ直ぐに、自分を見つめる視線の鋭さに驚いて
「アタシは大丈夫だった……」
さっきまで、あの優しい微苦笑を浮かべていた人物と果たして同じなのだろうか
視線をそらす事すら出来ない、冷たさすら窺える瞳
なのに声は、何かを必死に押し殺しているかのように震えていた

「でもね、アティ……」

そこで目の前の青年は言葉を区切った、まるで言葉を選んでいるかのように
息が詰まりそうな張り詰めた空気に
アティは飲み込みにくい空気をどうにか肺に送り込んだ


その先の言葉は続けられる事は無かった

 

 

「お〜い!!!先生〜〜〜〜!!!!無事か――――!??」
陽気で見事に調子っぱずれな明るい大声が響いたからだ
無色の面々を向こうでも撃破することが出来たのだろう、本当に楽しそうなカイルの声だ
「……探してるみたいね、心配をかけるのも悪いし行きましょ、センセ」
「あ……」
一瞬にして変わった空気の色に付いて行けずアティはスカーレルの背中を見送った
そうして少し離れて付いて行く
何か…悪い事でもしたのかな……そう思うものの何も思い当たらない
あれは、そう、思い違いでなければ
……何かに怒っている?
そうなるならばますます思い当たらない

結局ロクな会話もせず
ロクな考えも浮かばないままアティ達は船に帰ってきた
宴会はとても楽しかったのに
スカーレルの事だけが、まるでしこりのように引っ掛かっていた

 

だからたぶん……夜の甲板に上がったんだと思う
スカーレルに迷惑をかけたくないからと、ずっと行かずにいた
自分のかってな思いで……我侭で追い詰めたくなくて
明るい月の見下ろすその場所に

軽い扉は乾いた音を立てて簡単に開いた
ひさびさと言うわけでもないのに、夜の甲板に出るのは妙に緊張した
約束も何もしていない
だけど、絶対に「居る」と思った
予感でも予想でもなく、それは言わば確信――――――

思いのほか明るい甲板
探し人は、探すまでもなく月明りの下、手すりに背をあずけ目を閉じていた
「来たわね、アティ」
向こうも今の自分と同じように分かっていたのだろう
理由のない確信を抱いて
ゆっくりと手すりから背を離し、目を開く

あの時と同じように、冷たい視線……でもただ冷たいだけじゃない
それが何かは分からないけど
ただ声音は、あの時と違い随分と落ち着いていた
「あの時……言いかけた事が気になってるんでしょ?」
スカーレルの目の前まで歩いて行けば、やっぱり気付いてたんだろう
あっさりとそう言われた
首を縦に振ると、スカーレルはほんの少しだけ苦笑を浮かべる

「……抜剣してもらえない?」
「は?」
「駄目かしら?あの剣も何か使いすぎると良くないの?」
何を言われるのだろうかと身構えていたのに、唐突にそんな事を言われれば
誰だって驚くと思うんですけど……
大丈夫ですよ、と言い手を空に掲げた

その時になって、ああ、今日は満月だからこんなに明るいんだなとなんとなく思った
満月の光よりも眩しい光が、ほんの一時の間だけ甲板に広がりそして消えた
残ったのは
澄んだ蒼の剣ウィスタリアスのみ
月明りに、剣はぼんやりと光って見えた
「え…と……剣を喚んだのは良いんですけど……どうすればいいんですか?」
静かにアティの手の中にある蒼を眺めていたスカーレルの口からこぼれた言葉は
抜剣して欲しいと言われる以上に予想していなかったことだった

 

 

 

 


「アタシを刺して」

 

 


「………………え?」
言葉が言葉として耳に届かず、アティは思わず聞きなおした
ありえるはずが無い事を聞いてしまったような気がする
「その剣で、アタシを刺してごらんなさいな?」
繰り返される言葉は、そのありえるはずが無いと思っていたもの

「で…出きるわけないじゃないですか……」
「別に急所を狙えって言ってるわけじゃないのよ?」
一歩前に出たスカーレルから逃げるかのように、同じように一歩後ずさる
「どうして…そんな事……」
分からない、どうしてそんな事を言い出すのかが分からない
ふるふると首を左右に振る
スカーレルは仕方ないと言った風に大げさに溜息をついた
分かっていたとでも言いたげに言葉を紡ぐ
「……ま、無理でしょうね」
諦めてくれたらしい彼に、どうにか詰めていた息を吐いた
剣を手放してしまおうとした時……


スカーレルはそれをまるで押し留めるかのように剣を握った
蒼い蒼いその刀身を
大して強い力で握ったわけでもないだろう
しかし澄んだ蒼の刀身は、それでもその手から紅い液体を染み出させた
つうと一筋の赤が伝う
「…っ!?ス、スカーレルっ!!!離して下さい!!!」
理解不能な考えが、ぐるぐると頭を巡ったがアティはどうにか剣を引かずにいた
刃は当てただけでは大した効果は期待できない
引いて、初めてその真価を発揮する物
アティ自身、前の戦いで己の剣の切れ味は怖いくらいに分かっていた

なのに
「これなら簡単でしょう?少し腕を引けばいいの」
笑って、スカーレルはそんな事を言った

嫌がらせなのだとしたらこれほどに効果のあるものはないだろう
カタカタと手が震えた
それすらスカーレルの手を傷つけてしまうと分かっているのに
震えはどうしても止まらない
「や…めてくださ……スカーレル……」
どうにか震えを止めようと、強く剣を握るが効果は薄い
「……引きなさい」
低い声が聞こえたと同時に剣の震えが止まる
スカーレル自身が、刀身を強く握り込んだせいだ
一筋だった紅い線は太さを増し、なお流れ続ける……今のこの状態では止めようすらない

「嫌ですっ……!!!」
「……アティ」
「何と言われようと絶対に…っ!絶対に嫌ですっ……!!」
悲しいわけじゃないのにボロボロと涙が出た
どうして涙が出るのかは分からない。ぬぐうことの出来ないソレはただ頬を伝って流れた
ぎゅうと目を閉じて、剣だけは動かさぬよう嗚咽を耐える


「…………ほらね…アティはそういう人間だもの」
「スカー…レル?」
何を言いたいのか分からないまま、アティはぼやけた視界で目の前の青年を見た
どういう表情をしているかは見て取れない
「仲間は傷つけたくない、敵でさえ殺せない」
ポタリと血が落ちる音がした
「それはあなたの強さで曲げられないもの……分かってはいるつもりよ」
血が甲板に染み入る音さえ聞こえそうな静寂の中、スカーレルは続けた

「でもね、アティ……」
それは遺跡で続けられなかった言葉
「あなたが一人で敵陣におもむく理由にはなり得ない……」

「復活した剣が凄まじい力を秘めてるって事ぐらい分かってる。でも、あなたは変わってないの
殺せないでいる以上、今日みたいに仕留め損ねた敵に狙われる事だって……!」
静かだった声に、震えが混じる
「スカーレル……」
「……どうして一人で行くの?アタシじゃ頼りにならない?」
「そんな事…!」
「じゃあどうして…っ!!」

らしくない悲痛な声に驚く間もなく
腕を強く引かれ腕の中に閉じ込められたアティは剣を取り落とす
同時、覚醒がとけ赤い髪が風に流れた
「アタシが…心配しないとでも思ってるの?不安がらないと…本気で……?」
「スカー…レルが……?」

自分を閉じ込める腕が嬉しくて、苦しくてアティは数度瞬いた
小刻みに震える腕は彼の言っている事が確かな真実だと告げていて、どうして良いのか分からなくなる
心配をかけているとは正直な所、思ってはいなかった
ウィスタリアスの力のせいもあるけれど、自分自身がもう迷う事はないって分かっていたから
もう心配なんてせずに私のことを見ているのだと思っていた

「そんなに…心配してくれていたんですか……?」
涙はいつの間にか止まっていた、不思議でならなかったから…そう聞いた
不思議で、嬉しくて、信じられなくて
「あの時の……剣が砕けた時みたいな思いはもうたくさん……」


「アタシは……」
その言葉はまるで、死刑台に上がった囚人の最後の言葉と取れるほどに
覚悟を含んだ響きを持っていて
「アタシは…アティ……あなたを失いたくないの」
自分の手から……ではなく、その存在を
アティは目を見開き、腕の力を緩めたスカーレルから少しはなれ顔を見上げた

少し怒っているような、照れているような、寂しそうな

「大好きだから……」


だから、自分ひとりで敵の只中に行ったことに憤慨して
だから、こんなに心配して
だから、ここに居る

アティは、信じられないとでも言いたげにゆっくりと首を左右に振った
だって、ずっと
嫌われてはいないにしても…好かれてるなんて、思ってもみなかった
「嘘……」
「嘘なんかじゃないわ」
「だって…」
スカーレルは私の隣に居られないって……そう言ったじゃないですか
言葉には出さなかったけど
目の前の青年は心得ているとばかりに浅く頷く
「好きだったから…よ」

「あなたは、アタシの夢だから……真っ白な眩しい夢
だから…血にまみれた手で汚したくなんて無かった……だから……隣になんて居たくなかった」
辛そうに、スカーレルは笑った
「何も言わず、離れようと思った」

それでも思いを告げたのは、もう逃げないと決めたから

「………今でも分からないの、どっちがアティにとって良いのか」
アティは何も言わず、目の前の青年の言葉を待った
「何も言わないで離れたほうが良かったのか……こうやって思いを告げて……離れるほうが良いのか」
どういう選択肢であれ答えは同じだった
それ以外の回答などありはしない

遠まわしに、それでも隣に居れはしないという
やんわりとした拒絶だった


止まったはずの涙がまた流れた
今度は悲しいからだと、すぐに分かった
でももしかしたら嬉しかったのかもしれない
「私も……スカーレルが好きです」
「ありがとう、アティ」

優しい笑顔だった
だから余計に涙が出た

血に濡れた手を、静かに見つめスカーレルは言った
「どこかで…洗い流さなきゃいけないのよ……この血塗られた手をね
だから、この戦いが終ってしばらくしたらこの船を下りるつもり」
それはきっと自分に譲れないものがあるように、スカーレルにとっても譲れないもの
だから私は何もいえない

「分かってちょうだい?」

声を出そうとしたら、泣き声になりそうだったから
大きく首を縦に振った
ありがとうとスカーレルは、また優しく笑った

 

「それまでは、よろしく頼むわね」

 

 

見下ろしていたのは満月だけ
月明りの下交わされたのは、別れの約束だった

 

 

 

 

続く

 

 

□□□□□□□□□
はい「償うために犯す罪」終了です☆
えらく楽しく書いてたんですが、読み返すと何を言いたいのか良く分かりません(駄目じゃん)
題名は一応意味があってつけてるんですけど
きっと分かる人は居ないと思います。私の伝え方が遠まわしすぎるんですね。
スカーレルにとって
「好き」だと告げる事は、「償い」であり「罪」だ
というイメージなんです(説明すらも良く分からないよ、匠さん)

というか、早く手の手当てをしろと言うに。
結構深く切れてそうなんで、だらだら出てるでしょう。血が。
きっとヤード叩き起こして治療してもらうんでしょう
朝起きてビビるカイル
なぞの血だまり!!一体オレの船で何が!??
……いや書こうかと少し頭を掠めましたが、話が別の方向へ行く上に
雰囲気ぶち壊しなので止めました。

ストーリーに沿って書いてるはずが
凄まじいズレっぷりに目頭が熱くなりますよ(遠い目)
もしストーリーどおりを期待されてる方がいらっしゃったのなら「ごめんなさい」と
平謝りするしか……!!

とりあえずここまで呼んで頂いてありがとうございました!!
次回で終了予定です!!(^^)

2003.10,29

 

 

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