夜だというのに空がほの明るい
厚く広がる雲自体が発光しているかのように

白く、白く

一面を染める光が降るのも時間の問題だと思われた

 

――白き聖夜の宵の内――

 

いつもなら唯一の家族であるドロシーと猫のトト
二人と一匹でささやかに今日という日を過ごすのがフィールにとっての常だ
小さい頃は両親がいる友達が羨ましかった事もあったが
今では諦めも付いていて、そういう過ごし方も悪くは無いと思っていた
だからだろう
これほどに落ち着かないのは

広々としたその場所で、並べられる料理や飾り
賑やかしく談笑をしている仲間達

随分前に乾杯したグラスを今だ空ける事もせず、その光景をぼんやりと眺めていた
「どうしたの?お兄ちゃん」
「ん…何が?」
いつも傍にあった少女
その姿にフィールは小さく微笑む
しかし反対にドロシーは心配そうに彼を見上げた
「折角のクリスマスなのに楽しくなさそう……」
ああそんな顔をしてたかなとフィールは苦笑を浮かべる
「そんな事ないよ」
少しばかり慣れないだけの話なのだ
父さんがいて、一緒に戦ってくれた仲間達がいて、ドロシーがいる
これ以上幸せな事などない
一緒に過ごす事が楽しくないわけがなかった
ゆっくりと考えて、フィールは落ち着かない理由を口にする
「何だか夢みたいで、どうしたら良いのか分からない……のかな?」
楽しげに話をしている中に入るのは
何だか気恥ずかしくて、どうにも切っ掛けが掴み難かった
「初めてだもんね、こんなに人がいるのって」
納得したのだろうドロシーは笑って頷く

……それだけじゃ、ないんだけどね

ジュースを飲みながら、フィールは微かに苦笑した
ドロシーに嘘を言ったわけではないが
皆と談笑するつもりになれない別の理由も確かにあった
ちらと隅にまとめられた荷物に目を向け、その中に入れてきたモノに思いをはせる
持ってきたのは良いけれど
渡せる気がしない
でもあんなに悩んだ挙句選んだものなんだから
やはり渡したいと思う
今日という日を選んだのだ、今日渡せなくては意味がない
引きずり続ける妙な緊張感は
やはり別の意味で皆と談笑するには向かない気がした

声をかけてみようか
そう思い立った時、突然に後ろから声を向けられた
「フィール、ドロシー」
「うわ!?」
「あ、ヴィティスさん!」
自分が声をかけようと思っていた人物の声音にフィールは飛びのくように振り向いた
心臓に悪いというかタイミングが悪すぎる
呼びかけた青年に対し無邪気に笑いかけるドロシーに
自分の態度のおかしさが際立つような気がして、恥ずかしくて仕方がない
頭を抱えたい気持ちになっているフィールになど気付くはずもなく、ヴィティスは困ったように眉を顰めた
「驚かせるつもりはなかったのだが…」
「い、いや…ヴィティスのせいじゃないからっ!」
噂をすれば影とはまた違うのかもしれないが
よく言ったものだと心の中で呟きながらフィールは言葉を続ける
「それで、ええと…何か用なのかな?」
「少しばかり注意をな」
注意といわれ、フィールとドロシーは目を見合わせた
そんなに常識はずれの事をしていたつもりはないが、何か無作法をしてしまったのだろうか
「…ぼくら何かやっちゃった…?」
おずおずと切り出せば、ヴィティスは苦笑を浮かべ首を横に振った
ほっとした溜息を吐き
それなら何の注意なのかと問えば、ついとヴィティスが視線である場所を指し示した
見れば
二人でソファーを陣取っている父親とレオンが目に入る
低いテーブルの上には二人で飲んだ量とは思えないほどの酒瓶が転がり
しかも今だ気持ちよさそうに何事かを話しながら
今だ信じられないペースでグラスの中の酒を空けている

「……」
「……」
しばしの沈黙
何に注意して欲しいかというのは少なくとも理解できた
普通の人なら、あんな飲み方自体が出来ないだろう
出来ているあの二人はその時点で異常だ
いやもしかしたらカテナ自体がお酒に強いのかもしれないけれど
「父さんってお酒弱いの?」
ぽつんと漏らした疑問
「強いな、レオンも弱くはない」
ならどうしてと問うドロシーに、ヴィティスはゆるやかに溜息をついた
「強いと言っても酔わないのではない…酔ってからが長いんだ、あの二人は」
頭が痛いとばかりに、片手で額を押さえ
「特にカインの酔い方はたちが悪い」
宣告のような言葉は忌々しげだ
何かしらの被害にあったことがあるのは質問せずとも分かるほどに
「き…気をつけるよ」
どんな酔い方をするのとは聞くことは出来ず、フィールは笑顔を引きつらせ頷くしかない


「何の話をしているんだ?」
「アルミラ…あの、父さん達が酔っ払ってるから気をつけてって」
「……あの馬鹿ども何を考えてるんだ」」
「見てるこっちが気持ち悪くなりそうよ……」
会話に入ってきたアルミラ、ガルム、ジュジュにフィールは首を傾げる
「父さんってどんな酔い方するのかな?」
ヴィティスには聞けなかった質問を三人に向ければ最初に口を開いたのはジュジュだった
だがそれは質問に対する答えではなく
「私は知らないわよ」
すっぱりと切り捨てる
アルミラが苦笑混じりに続けなければ会話自体が終わっていたかもしれない
「カインは、人に飲ませようとするんだ
相手が未成年だろうが、下戸だろうが、許容量以上になろうが飲ませ続ける」
「何人か死にかけたカテナが出るほどだ……」
うんざりと続けるガルムは苛立たしげに、二人を睨み付ける
「未成年が三人も居るというのに、セーブも出来ないとは…何を考えておるのだヤツラは!」
よっぽどだとフィールは微かに青ざめる
ヴィティスが事前に注意を促すのも当たり前のことだ
自分だけならともかくとしても、ドロシーをそんな目にあわせるのは憚られた
「アルコールは嗜むほどで良い」
カクテルだろうか、綺麗な色をした液体を喉に流し込みアルミラは笑う
「人間なら20、カテナなら…200ほどか
基準はあれど程度をわきまえられるなら、それ以下でも飲酒は問題ないだろう」
「そういう問題ではなかろう!分別をわきまえられる年齢として基準があるんだろうが!!」
恐らく程度をわきまえていないであろう大人が二人ほど居る事は、どうやら彼女らは無視をするつもりらしい

さすがにずれ始めた会話に興味が逸れたのか
目の前に切り分けられていたケーキを口に頬張り、ドロシーは嬉しそうに笑う
「おいしい…!ジュジュさんもどうですか?」
「……私は」
甘いものはちょっととジュジュが口にする前に
差し出されたケーキののった小皿はアルミラによって奪われる
どんなに会話をしていようと周りの状況を確認できているのは、彼女ゆえだろう
「私が頂こう。ジュジュは味が分からないからな」
「根っからの甘党に言われたくないわよ!!食べられないわけじゃないんだからっ!!」
さらに奪い返す少女に、気にした様子もなくアルミラは笑う
「無理はしない方が良いぞ?」
「うるっさい!」
「菓子一つでもめるな騒々しい」
うんざりと呟くガルムにジュジュが食って掛かり
その様子をちゃっかりと切り分けたケーキの一つを手元に置きアルミラが眺めている

加わるより見てる方が楽しいかも
そう心の中で独りごちながらフィールは笑い、グラスの中のジュースを飲み干した

あまり遅くなると機会自体がなくなるかもしれない
そう思い視線をさまよわせ
あれ?と首を傾げた
今さっきまで、一歩引いたような場所で立っていた人物が居ない
「ヴィティスは…?」
誰に問うでもなく口を開けば、ケーキを口に運ぶ手を止めドロシーが微笑む
「お父さん達に飲みすぎないよう注意してくるって」
「あ…ありがとう」
頑張ってねと、一体何に頑張れば良いのか良く分からない妹の言葉に
フィールは小さく笑う事で答えるしかなかった

 

三人がけのソファーを二人で占領しているカインとレオンに文句を言うでもなく
背もたれに寄りかかりながらヴィティスはそこに居た
声がかけづらい
と言うのが、三人を目にした時の正直な感想

何の話をしているのか
カインが大げさな手振りで話す内容に
レオンは声を立てて笑い、ヴィティスは小さく肩を震わせ笑いを耐える
やはり年齢が近いのだから話があうのだろう
それにきっと、三人とも付き合いは長いんだと思う
邪魔は…したくないんだけど……
待ってみようか
だけれど「今日」は、もうそんなに時間がない

何度も躊躇って、それでもとフィールはヴィティスに声をかけた
「あの…ヴィティスっ」
「ん…?どうした?」
「やあふぃーるー、ヴィティにようじー?」
「だから言ったろーひとがおおいんだよ、とうしゃひで」
近くに行くということは、もちろん邪魔も相応に入る
カインはともかくとしてもレオンは言っている内容がそろそろ怪しそうだった
ニコニコと上機嫌に笑う父親とレオンに一度視線を向け、改めてヴィティスを見上げる
「少し…その、二人…で話をしたいんだ……けど」
今だ躊躇いがちに出した声は
自分でもびっくりするほど小さなもので、聞こえたかどうかが不安だった
微かに目を瞠って己を見つめる紫紺の瞳にホッとする
聞こえてはいたようだ
「――……」
ほんの少しの間を置いて口を開こうとしたヴィティスを
いつにも増して、のん気な声が遮った
「私と話をしようよーヴィティ〜。滅多にこうして話す機会もないんだしさー♪」
どう考えても面白がっているとしか思えない台詞に
カインの隣の便乗しなくていい人物までもがのってくる
「じゃあ俺もー!」
はいはいと手を上げる二人に、フィールは泣きたくなった

さっきまで楽しそうに話をしていたのは彼らが相手だったのだし
ヴィティスがそうしたいと言うのなら仕方ないと思う
というか、思うしかない

どうするんだろうかとヴィティスを見上げれば、変わらぬ表情のまま皆を一瞥し
その名を口にした


・フィール
・カイン
・レオン

 

 

 

 

 

 

 


 

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