白いのに透明だと思う

優しいのに霞む事はない


――青に月――


昼の刻限はとうに過ぎ、夕刻ですら音をたてないのが不思議なほど瞬く間に過ぎていく
陽が沈み、強く青を際立たせていた空は淡く溶け始めていた
今だ青を残す空は明るかった
だが部屋の中に光を投げ掛けるほど強くはない

そんな中
ほの暗い室内で、彼はただぼんやりと窓の外を見ていた
窓のヘリに腰を下ろし
無音の空間に何の不満もないように


「……」
ヴィティスは、そんなフィールを眺めながら困ったように溜息をついた
どうにか今日終わらせなければならない仕事を片付け
客間に待たせていた彼に会いに来たのは、ほんの数分も前のことだったろうか
部屋に入る前にノックはしたはずだし
待たせたと声もかけたはずだ
暗い部屋の中窓の外の何を熱心に見ているのか、フィールが気付く事はなかったけれど

気付くまで待っても良いとは思う
何時も使わなくていい所まで気を使ってくれる彼のこと、たまにはこちらが気を使ってもいいはずだった
声すら耳に入らないほど集中して見つめているものだとするなら尚更だ
何を見ているのか気になりはしたが
どうあってもヴィティスのいる位置からは確認できない

だから
空に…だろうか視線を注ぐ横顔を眺めた
出会った当初はカインに似ていると感じた顔つきも、共に過ごす時間が増えれば
やはり違うのだと感じる
それは己のフィールに対する認識の変化がそう感じさせるのかと思えば、否定できず苦笑するしかない
あまりそういった観点で見る事はないが
一般的に見て、凛々しい顔立ちなのだろう
幼いながらも均整が取れており
少しばかりキツくみえる眼差しも、彼の穏やかな雰囲気のためか
ただ優しく見える

フィールの笑った顔が気に入っていた
今は静かに空に向けられる薄灰色の瞳
それが細められ、愛しむように口元に笑みをのせる
フィールは誰に対しても良く笑ってはいたが、そういった風に笑うのは……不思議な事に自分の前だけだった
自負することでもない
ただ事実、己以外にそれが向けられたのを見たことがなかった
羨望と尊敬そして愛しさと微かな束縛、それらを綯い交ぜにしたような複雑なもの
嬉しそうだと思うと同時に、酷く…安心する笑顔


いくら不躾に見ていても、空に見入っている少年は気付きはしない
不思議な気分だった
いつもは…逆のことが多い
仕事をしている自分と、不平を言うでもなく傍らで待つ彼と
変わらないままの距離感。今はそれが逆なだけだ
フィールが気付くまで、きっと何も変わらない
そう思っていた
だが、一つだけ少しばかりの間を置いて変わったモノがあった
フィールが表情を変えたのだ
ぼんやりと、という形容詞が相応しかったそれは、ふわりとした微笑に姿を変える

それは――――

「……フィール」

名を

呼ぶつもりなどなかった

口をついて出たのが己の声だと知ったのが
驚いたようにこちらを見るフィールと視線があってからだというほどに、無意識にその名を口にしていた
「…ヴィティス?仕事終わったんだ?」
「――…ああ」
嫌だ、と思ったのだろうか
あの笑みが他のモノに向けられるのが
こういった感情はヴィティスには理解しがたかった
考えて、推測して、そうしてやっと客観的にその事実を捉えようとする
「何を、見ていた?」
知りたいと思ったはずなのに、知りたくないと…確かに思う
分からない
慣れない感情は相変わらず自分を振り回す
「ん?じゃあこっち来て」
何故だか嬉しそうに手招きするフィールに、微かに躊躇った後傍に寄れば
ついと淡い青の空を示された
指された場所を見上げても特に何も目に留まらない
「空を見ていたのか?」
微かに笑った気配の後、囁くようにフィールは言葉を零す
そうしないと消えてしまうとでも言うように
「月を見てたんだ」
「……つき?」
言われ、初めて青に溶け込むような白に目がいった
青に浮かぶ月
新円ではない月は、本当にその場所から溶けゆくかのように儚い
闇に浮かぶものとは似ても似つかない
美しいとは思う
儚いながら、それでも存在する明確さは失わず空に鎮座する夜の明かり
だが……フィールはあれのどこに、そこまで心惹かれるのか
自分の声すら気付かぬほどに

黙ったまま、空を見上げていれば
先程と同じように、フィールも空を仰いだ
「綺麗だなって思ってた。淡くて優しい…柔らかそうで、空に溶け込むように穏やかで」
声に込められる感情は愛しそうで
ズキリと、胸が痛んだ
それでも表情には露とも出さずに、ヴィティスは隣のフィールを見つめる
あれは人ではない
幼子ですら理解できる事
だからこの問いかけに意味は無い
「君は…」
だというのに、何故私は君に問うのか
「どうかした?」
「君はあの月が好きなのか?」
「……」
一度
不思議そうにフィールは視線を月からヴィティスに移し
再び空を見上げた
目を細め、愛しむように笑いながら

「好きだよ」

目を閉じて確かめるように

「大好きなんだ」

「……っ」
何かを、言おうとした
誰が相手でも、どんな状況でも
その場に相応しい言葉は無数にあるはずで自分はそれを知っている
なのに頭の中に浮かぶ言葉は一つもない
空虚さに似た不快感
痛いというより寒いのか
そこに居る事がいたたまれなくて、月を見ていなくなくて数歩下がった

そんなヴィティスに気付かないのかフィールは言葉を続ける
ヴィティスに冷静に聞く余裕はいささか欠如していたが、それでも彼を脱力させるに足る言葉を
「なんかさ、ヴィティスに似てるから」


「…………」
奇妙な不快感に考えることすら放棄したかったヴィティスの意識では
フィールが続けた言葉を理解するまでには、彼らしくもなく大幅な時間を要した

黙ったまま


困ったように考え込み


「君は人が悪い」と聞こえない程度に愚痴を零した

 

 

 

 

END

 


□□□□□□□□
フィールのことを好きなヴィティスを書いてみたかっただけです
どうしよう書く前から薄々気付いていたけど、思いっきり別人にみえる……(唖然)
ヴィティスにヤキモチ焼かせた時点でアウトなのだと色々学びました
これってものすごい短い割りに
三つくらいやりたかった事詰め込んでる作品だったりします
青空の月を見たときに、それが本当に綺麗で絶対書こうと誓ったのと
ヤキモチ話書いてみたかったのと
後一つは、遠い昔日記で言ってたような気がします(笑)
別人とか言ってますが、書いてる私はすこぶる楽しかったです…!いいよもう子供っぽい嫉妬心抱いても…!!
でもヤキモチは絶対フィールのが似合いますね!!


それではここまで読んでくださってありがとうございました〜v


2006 11、20

 

 

 

 

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