赤い赤い月が呼ぶ


名を?

いや……存在を

 

――かえる日――

 

それは不思議な感覚だ
無いモノが突然に在る…ような

最初に映るのは光
だから辺りは暗いのだろう
下には冴え冴えと光を受ける大地がある、上には光がある
あれが「月」だと気付くのには
しばらくかかった
自分が立っているのだと気付くのには、さらに時間を要した

黒衣は闇に溶けかけていたけれど、確かに身を構成する輪郭は明白
たゆとう時間
その流れの中、彼は久方ぶりに「生きて」いた
月は何かを暗示するように赤く
降る光は優しかった


「だれ?」


無音の空間に、するりと挟まれた声
自分に向けられたのだと、すぐには気付けずに
ただ声の方を向く
長らく動かさずにいた身体は思いの他すんなりと動くらしかった
月明りの下
今の自分と同じように立つ人物の姿には、見覚えがある

…いや違うかな
あの頃はもっと小さくて、視線は低かった

「フィール…」
背も随分伸びて、大人びたと思う
だけれどすぐに分かった
「……ええ、と?」
名を知っているのだから知り合いだと思ったのだろう、フィールは困ったように頭をかく
しばらく考えていたみたいだけど
思い出せないのか、諦めたように溜息をはいた
「ぼくの事、知ってるの?」
「昔の君は知ってるけど、今の事は知らない」
笑い
フィールの傍にまで歩を進めた
「良ければ聞かせてくれないかな?」
「……」
自分と同じ色彩を宿す瞳は、少しだけ迷っているようだった

それはそうか
この子にしてみれば私は知らぬ存在だ
困らせたいわけではないんだけどね……ただ知りたかっただけで
どうして自分がここにいるのかなんて事は、正直どうでもいい
きっと知ろうとしても無理なんだと分かっていた
「ああ…エテリア達のためか」
一人納得して辺りを眺める
突然放り出されても焦らなかったのも、知る事が出来ないと教えてくれたのも
しばらくぶりのエテリアの気配は自然すぎて気がつかなかった
まるで
ほんの一時前まで、自分がエテリアであったかのように……


「…エテリアが見えるって事は…カテナなんだね」
「うん?そうだね、そうかもしれない」
黒衣に包まれた腕を伸ばせば、甘えるようにエテリア達が集まってきた
エテリアは光源のようで光源ではなく
己の手と暗闇との境界を際立たせないまま、すりよるように辺りを舞う
数も随分多い、それに……嬉しそうだ
「神々は滅んだのか…皆、君に感謝してる」
「…うん」
「それに―――…」

これは…少し面白いかもしれない
人に何かを伝えようと騒ぐエテリア達なんてのは、かなり珍しい
くすくすと笑い
騒ぐエテリアたちに人差し指を口に当て「しぃ」なんて言ってみる
「あなたはエテリアと話せる…のか?」
「君だって分かるだろう」
「分かる……には分かるけど、いつも聞こえるわけじゃない……集中した時じゃないと」
「そうなのかい?ま、今は私が口止めをしたから、どちらにしろ無理だろうけどねえ」

全く、エテリア達もお節介だね

私が、君の父親だ…なんて

知らない方がいい
何故なら、この逢瀬は長くは無い
そんな事も分かってしまうのは、少しだけ恨めしかったけど

 


途切れた会話に、躊躇いながらフィールは口を開いた
「――……ぼくは、この近くにある村で、御使い…カテナと戦ったんだ」
「へえ…?」
「OZの、アルミラ。トトが喋って飛んでて、何が起こったのか分からなかった
だけどエテリア達が戦う方法を教えてくれて――…」
ぽつりぽつりと話し始めたフィールは、どこか遠くを見つめていた
たぶんそれは、彼が歩んできた道
フィールの話には
自分の知っているカテナ達ばかりが出てきて
驚く事も、少しばかり笑える事もあった

何度も相槌を打って、話を聞いていくうちに
最初はどこか緊張している風だったフィールも、懐かしそうに目を細め
微笑みながら、エテリア達、カテナ達、皆を助けられた事を話してくれた
それが本当に嬉しくて
今「生きて」いて良かった、そう思える

「何でだろう、あなたには話しやすい」
「嬉しいね、そう言ってもらえると……でも最初は警戒してたみたいだけど」
からかうようにフィールを見つめ
にっこりと笑えば慌てた様子で、首を横に振った
「な、何でそんな事を聞くのか分からなかったせいだよっ…!でも、話してたら…話したくなったんだ
よく分からないけど……」
「ああ、聞かせてくれて楽しかったよ」
本当に、心の底から
「ありがとう、フィール」
「あ…うん。どういたしまして」
照れたのか、はにかんだような笑顔を浮かべる
それがあまりにも昔のままで胸が苦しかった

だけど、微かでもそれを悟らせないように、ただ小さく頷き笑う
「聞いてもいいかい?」
「…?どうぞ?」
自分を見上げるフィールの瞳を見つめ、真剣に問うた


「君は、幸せ?」


ふわりと彼が浮かべた笑顔、私はきっと忘れない
返事を待つまでもなく、この子は幸せだと分かるほどの
少しだけ低いフィールの頭を撫で
素直に思った事を口にする
「良かった……」

ここでフィールに会えた時から
どうしてもそれでけは聞きたいと思っていた


それを待っていたかのように、辺りに漂っていたエテリア達がざわりと騒ぎ始める
急かすように
どうにか引き止めるように
「変だな……こんな静かな夜なのに」
エテリアの変化を感じたのか、フィールは小さく眉根を寄せる
「ああ、もう時間みたいだ」
当然のことのように受け入れる自分は、少しオカシイのかも知れない
だけどこうやって会えた事を後悔などするべくもない
「こんな機会があって良かったよ」
フィールの頭から名残惜しそうに手をどける
ついと顔を上げれば、赤い月だけが目に入った

あそこに還るのかな、と柄にもない事を考えて
フィールから月に向かって数歩歩いた
「もう、帰るの?」
「そうだね、還るんだと思う」
後ろから向けられる言葉の意味を知りながら、訂正はしない
だってそれは良く似ているはずだから

「あの…ぼくも、一つ聞いていいかな?」
今さら何を聞きたいんだろう
そう思いながらも
「どうぞ」
先程のフィールのように促した

「名前を、聞かせて」
「……」
少し、悩んだ
でも失礼な話、君は私の質問にすぐ答えてくれたのに

「カイン」

息を飲む気配があった
エテリアたちに口止めしても、フィールは気付いていたのかもしれない
笑みを深くして
カインは肩越しに振り返った
「…とう……さん?」
信じられないと、やっぱりと―――……
フィールの表情に浮かぶ感情は、多すぎて判別出来ない
「言わないつもりで、いたんだけどね」
苦笑を浮かべようとして、彼にしては珍しく失敗したようだった

フィールは確かめるようにカインに近付いた
漆黒の服を掴み、こつんと額をその背に預ける
「父さん…」
甘えるような声音、だけどその行動は本当に甘えなれていないもの


ああ、本当に嫌になる

還りたくないと思うだなんて

無理だと知っているというのに

振り返って、今だ戸惑っているフィールを抱きしめた
びくと身を竦めたのは一瞬、おずおずと背中に回される手が愛しかった
もう時間はない
だけど
少しでも父親らしい事は出来るだろうか
「カテナ」としてではなく「父」として、カインは口を開いた
「フィール、良く頑張ったね」
吐息が届くほどに近く、カインは顔を寄せ同色の瞳を見つめる

私が幸せだと…この子に伝わるだろうか
「君は私の……誇りだよ」

「っ…う…ん……」
大きくなったはずの息子の泣き顔は、やっぱり昔のままだった
涙を拭おうと伸ばしかけた手
透け始めているのには気付いていた
涙を拭いてやり、身体を離す
「もう、さよならだよ」
「いやだ…」
だだをこねる子供のように、フィールはその手を離そうとはしなかった
震える身体を、腕を宥めるように撫でて
ゆっくりと緩すぎる拘束を解いた

ずっと傍にいたいと思った

抱きしめて、声を聞いて

ドロシー……フィールの妹にも会いたかった

だけど


これでおしまい


もう振り返る事はせずエテリア達を追った
彼らは月に上るように、赤い月の淡い光に溶けていく


視界は最初と同じように崩れていき、闇と服との境界は消えて

「君の事は忘れない」


もしエテリアに還っても

あの月に……消えても

 

 

END

 

 


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(もう少し先だけど)誕生日おめでとう!そら!!
本来なら誕生日当日に渡したかったのだけど、何せ君の誕生日はそっちにいるので
一応この時期に贈らせて頂きました♪
カインさんっぽいと言っていた、スピッツの曲のイメージと
そらのイラストのカインさんをイメージするとこんな感じになります
すまんよ
クリスマスといい、こんな暗そうな内容ばかり(遠い目)

この2人口調が似ている気がするから、ものすごく会話が書きづらいと思ったのは秘密です
カインさんは笑ってても本当に色んな事を考えて思ってそうな気がする
いや、それと同時に鬼畜だろうけど(偏見)

実は、これの後日談とかもあったりします
ハッピーエンド落ちです〜
というか私の書く話に出てくるカインさんは、恐らくこっちの落ちの設定かと

こちら置いとくので見てやってくださいなv

2006 7、31

 

 

 

 

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