息苦しいと思った
心臓が信じられないほどに早鐘を打ち、弱くはない眩暈がする

いつもなら堅苦しい服に覆われている首筋に舌を這わせ、歯を立てる
まるで自分が獣にでもなったかのような錯覚
それは錯覚でしかないはずなのに、もれる己の吐息は獣のようだと半ば本気でそう思う
組み敷かれたまま息を詰める青年には抵抗の意思はない
だから余計に、ぞくりとした征服欲と喜びを感じた

汗ばんだ肌を撫でながら口付け、舌を絡めれば
甘えるように投げ出されていた腕がフィールの背に回される

もっと触れたい

もっと、この温度を感じたい

微かに赤みの差した頬、冷えた瞳は閉じられ寄せた眉は一体何に耐えているのか苦しげだ
そんな表情すら…もっと見ていたい
「………フィー…ル」
「…ヴィティス」
長い口付けのため、切れ切れに名を呼ぶ青年にフィールは笑った

心の中に燻る感情のまま
触れたいように触れて、乱したいように乱せたら
それはどれほどの快感を伴うのだろう


自分のものに……してしまいたい

 

 


――子供の事情と大人の対応――

 

 

 

 

がばりと身体を起こした体勢のまま、フィールは固まっていた
しばらくの間を空けて
顔を真っ赤にしたかと思うと、直後に真っ青になる
「うわあぁぁ…」
信じられないとばかりに頭を抱えて俯いた

何て…夢を……

気を抜けば夢の内容を思い出してしまいそうな意識をどうにか押し留め
かたかたと震える手でシーツを強く掴んだ
ヴィティスに想いを告げ、恋人になれたのは半年ほど前の話だったろうか
傍に居てくれて
ぼくを見ていてくれて
触れて、かすめるように口付けたら
どう反応すれば良いのか分からないのか、困ったように首を傾げてくれる
それだけで幸せで…満足だった
そのつもりだったと言うのに……
強い自己嫌悪に苛まされそうになりながら、深く息を吐く
夢だとはいえ
罪悪感を感じるのは否めない
見たことなんて無いのに、どうして夢に見れるのか

あんなに息を乱して、覗く舌は赤かった
少しだけ潤んだ藍色の瞳がひどく扇情的で……
ごくりと喉が鳴る音で、フィールは我にかえった

「うわああっ!!」
違う違う違う、そうじゃなくてっ…!
顔はたぶん真っ赤なのか信じられないほどに熱い
心臓の音がどくどくと煩いくらいに耳元で響いている
冷静に何かを考えられる状態ではなかった
どうにか考えないでおこうとするだけで手一杯、ぐるぐると頭は混乱したまま心音も落ち着かない
再び頭を抱え
ぐったりと立てた膝にもたれかかる
目を閉じてしまったら、また余計な事を考えてしまいそうで
視線は真白なシーツに落としたまま

今日は…もう駄目かも……

何が駄目なのか明確には分かっていないまま、そんな事まで思ってしまう始末だった

 

どれだけの時間じっとしていただろう
どうにか息苦しいまでの動悸がおさまりかけた頃
ノックも無しに部屋の扉が開かれた
「おいボウズ!いい加減に……って起きてんじゃねえか」
面倒くさそうに顔を覗かせたレオンは、フィールが起きている事を確認すると呆れたように肩をすくめる
「…レオン?」
「嬢ちゃんが心配してんぞ、いつまでたっても起きてこねえってな」

たまに家に遊びに来ては、昼食を一緒に食べるレオンが居ると言う事は
今はもう昼なんだろうか
そういえば窓から見える太陽はかなり高い
頭が全くと言って良いほど働かないままフィールは、ぼんやりと窓の外を眺める
そんな様子を見て
まだ寝惚けてやがるなと微妙に勘違いしつつ
レオンはフィールの目が覚めそうな事を口にした

「早く飯食って出ないと間に合わねえんじゃねえのか?ヴィティスに会うんだろ?」
「ヴィっ…!?」

確かに覚めた

それこそ、やっとの事で落ち着かせた全てが無駄になるほどに

また熱くなっていく頬と思考にフィールは悲鳴じみた声を上げて頭までシーツに潜り込んだ
そんな彼はきっと悪くはないだろう
「なーにしてんだ!寝直すなよ!!」
シーツをひっぺがそうとするレオンに、誰のせいだと思いつつもフィールは懇願した
「……っ気、分…悪いから……」
名を呼ぶだけだと言うのに…変に緊張して喉が渇く
「ヴィ…ティスに、ごめんって…会えないって伝え、て」

切れ切れで泣きそうな声にも聞こえる言葉と内容に、レオンは目を丸くする
フィールがヴィティスに会うのをふいにしたのは知る限り初めてで
しばらく信じられなかった
これは……
もしかしなくてもよっぽど体調が悪いのではなかろうか
いつもなら伝言なんていう面倒な事は引き受けないレオンだったが、仕方ねえなと了解して
部屋を後にした


ドキドキした
ヴィティスの名を聞いただけで、名を口にしただけで
いつもなら聞くだけで嬉しいのに
口にするだけで心があったかくなるのに
心を覆う色は全く違うもの
考えないようにしようと思えば思うほど、じわりとその色が滲む

ぞくりと背筋をのぼる感覚は不快だった
だと言うのに捨てられない
反対に理性が擦り切れてしまうのではと思うほど、鮮烈過ぎて
「こんな思い、いらないっ……!」

会えない

会えるわけがない

名を聞くだけでこれなのだ
まともな思考で顔を合わせるだなんて、絶対に出来ない
気分が悪い
恐くて仕方ない
もしヴィティスの顔を見たら……ぼくはぼくでいられるんだろうか
「嫌われたくなんて…ないのに……」

あの夢が
自分の望んでいる事だと認める事は出来なかった
あれはただの悪い夢で、すぐに忘れられるのだと……信じるしかなかった

 

 

 

 

日差しが少しばかり強いか…
ヴィティスはいつも通りの定位置で、空を眺めながら目を細める
風は強くもなく、弱くもなく
肌で感じる気温も心地良い
特に興味を引くものがあるわけではなかったから、気に背をあずけ目を閉じた
待つ間の時間が長いと思うことは無く
常日頃、目まぐるしい日常を考えてみれば丁度良いくらいだろう

いつも通り、だった

だが

「……?」

異質……と言っては失礼か、珍しい気配にヴィティスは目を開く
思っていた人物のものではない
何時も緩やかなエテリアの流れをまとう少年
彼なら、こんなにも荒々しい気配はしない

「――……レオン、か?」
表情は変えぬまま、小さく呟き
数歩前に出た
遠く視界に入った鮮やかな山吹色の髪の青年は、何かを探しているように見える
いや
『何か』と言うのは不適当だ
この辺りで探すものなど、さして多くは無い
案の定、ふと顔を持ち上げヴィティスの存在を確認すれば迷うことなく彼の所に向かってきた
「よ、ここに居たのかよヴィティス」
片手を上げ挨拶するレオンに、ヴィティスは小さく頷く
「何かあったのか」
「おうよ。フィールからの伝言だ」
フィールの名に微かばかり首を傾げ、促すように無言のままヴィティスはレオンを見つめた
「今日は気分が悪いんだと……来れなくてごめんだってよ」
「……そう、か」

ヴィティスにしてみれば意外だった
フィールが来なかった事ではなく、その事に微かにでもショックを受けた自分自身が
確かな約束ではないそれは大した拘束力も無い
それでも己は会えるのだと確信していたのだろうか
……いや、していたのだろう
だからこそ伝えられた言付けに、小さくは無い空虚感を感じた
残念だ…と思う、同時に心配だった
「……酷いのか?」
「どうだろうな〜顔が赤かったから熱でもあるんじゃねえかとは思ったけどよ」
「熱…」
微かに眉を寄せ、考え込む
そんなヴィティスをどう思ったのか
伝言を伝え終え
肩の荷が下りたらしいレオンは、さらりと問題発言をしてくれた

「気になるなら、見舞いに行けば良いだろ?」

レオンなりにフィールに配慮した発言
いつもいつも会いに行く前の日から
そわそわと待ち遠しそうに、それでも待つ事自体を楽しそうにしていた彼の事
顔ぐらい見たいだろうと思ったのだ
ただその配慮が外れまくっている事は、どうしようもなかったが

「そうだな、そうさせてもらおう」
無表情のまま頷くヴィティスを横目に、それにしてもとレオンは思う
この無愛想で何を考えているのか全く分からない男とフィールは一体何を話し、何がそんなに楽しいのか
どうせこの後用事もないからと
歩き始めたヴィティスに並べば、一瞥をくれただけで何も言いはしなかった
「お前らってよ、たまに会って何はなしてんだよ」
それを良いことに気になった事を口にする
「……」
しばらく返事は無かった
すぐには思い出せないのか、言葉を選んでいるのか、それとも返事をするつもりがないのか
重ねて問うほど気になったわけではないから
そのまま流すつもりで歩いていれば
「日頃の情報交換、だな」

どう考えても楽しくなさそうな答えが返ってきた

 

――……フィールって変わってんなあ……

 

などと思わず遠くを眺めてしまったレオンは悪くないだろう
ヴィティスにしても
それ以上の事を言うつもりが無いのか、複雑そうな顔をするレオンを気にした様子も無く歩き続ける

言った事は嘘ではなかったが、ヴィティスにとって全てでもなかった
間近で暮らしているのだから
人間達のカテナへの感情が気になるのは当然ではあった
そうしてこちらの事を説明しておく必要もある
情報のやり取りが皆無なのだとしたら、何時まで経っても共存など出来はしない
多くのカテナ達は
降臨の日以前のように、人間達と生きる事を望んでいた
果たしてそれが時間を要するものだとしても
なら、理解の在る人間と情報交換をするのは当り前だった
会う理由の半分は、それ

残りはヴィティス本人ですら
まだ把握しきれない感情に付随する想い

ただ…会いたいと、フィールは言っていた
好きだから傍にいたい
自分を見て欲しい
あの時
真直ぐに向けられた感情は、微かな混乱を伴いながらヴィティスの中に今だある
もしかしたら無くなるものではないのかもしれない

見上げてくる薄灰色の瞳を見つめ返せば
気恥ずかしそうに俯き、笑う……その表情は嫌いではなかった
触れてくる手も、体温も、口付けも
自分より年上の青年を相手にしているとは思えないほど優しいもの
不思議な、感情が湧いた事は確か
だけれど何なのかは分からない


そこまで考え
ヴィティスは目を閉じ浅く息を吐く
ある種考える事は無駄だった

「会いたい…か」

結局は、それだけ
もし会いに来たと知ればフィールはどんな顔をするのか
らしくもなくそう考えれば
何とも言えず、くすぐったかった

 


「気分転換に散歩に行ってくる」
そう言って出てきたとき、優しい少女は心配そうに、赤い猫は不服そうに送り出してくれた
ぼくの様子がおかしい事も
体調が悪いって話だけじゃない事も分かっているようだったけど
何も聞かないでくれた
どこへ行こうと思ったわけではなく
ただ、足を動かす

誰の顔も見たくないという思いは確かで、確実に人は居ないと思われる森を進んだ
ヴィティス以外になら会っても大丈夫だとは思った
でも心配はかけてしまう
きっと今の自分の状態ならば

傾き始めた陽光はあたりに優しく降り注ぐ
風が葉をすり合わせるたびに、カーテンのように光が揺れる
音もなく舞うかのように

はらはらと、光が踊る

それは本当に優しい
今の自分なんかより、ずっと……
フィールは目を閉じ、深く息を吐いた
昨日と今日
何かが変わるには短すぎる時間、だけどそこには決定的な差があって――――
ずっとずっと考えた
そうして嫌と言うほどに知ったのだ


悪い悪い夢
あれが本当にそうだったとしたら、どれほど楽だったんだろう
どんなに否定をしても
忘れようとしても
それが夢ではなく望みなら消しようが無い
ぼくの事を好いていてくれて
傍に居てくれて
触れさせてくれる
何でそれだけで満足できない?
いくら自問しても、言いきかせても理性じゃないそれは言う事を聞いてはくれない

誰かを独占したいって気持ちも
こんな気持ちも
あの人に逢うまで知らなかった
たぶんこんな風に知らなくても遠くは無い未来分かってしまった事なんだろう

「あんな事したいから…ヴィティスを好きになったんじゃない……」
言い訳にしか聞こえない言葉は、いっそ笑えた
「……最低、だよな……ぼく」
頬を撫ぜていく風に甘えるように呟く

だから

「フィール?」
その風に名を呼ばれたのかと思った
それにしてははっきりと、しかも聞き覚えのある声にフィールは、己の神経がざわりと波立つのを感じた
誰かに会う事はさして問題じゃない
少しばかり心配をかけるだけですむはずなんだから
問題なのは……
おそるおそると目を開き、
フィールは確信しながらも信じようとはせず、声のした方に顔を向ける
すらりとした長身の青年
温かい陽光の中ですら、ひやりとした温度を感じさせる存在
「……ヴィ…」
名は口からは漏れなかった
何かをせき止めるかのように喉の奥が引きつって

会いたくて、会いたくて、絶対に会いたくなかった

身体は動かない
いや違う、動かさないで居るだけで全ての労力を使ってしまっているだけ
固まったしまったフィールをどう思ったのか
彼の抱く葛藤に気付くはずもなく、ヴィティスは躊躇いなく近付き心配そうに覗き込んだ
「大丈夫なのか?」
「あ……う…」
顔が、近い
声が聞き取り難いほど心音がうるさい
離れなくてはと無意識に思う、ただ意識には何ものぼらない
熱があるのかどうか確かめたかったんだろう、手袋を取り頬に手を伸ばしかけたヴィティスの手……

ばし

乾いた音がした
叩くと言うよりは弾いたかのような
何が起こったのか分からずヴィティスを見た
だけど彼も理解できていないのか、表情は変えぬままその視線を己に向けている
微かに見開かれた藍色は、信じられないモノを目にしたかのようで
「フィー…ル」
ヴィティスの手を振り払ったんだと気付くのには本当に時間がかかった
謝らなければと思うのに
何かを言わなくてはと思うのに
強すぎる感情に、理性は全く別の答えを出す
そうでもしなければ自分自身を保ち続ける自信がなかった

一歩
後ずさり距離をとる
「ごめ…ヴィ……ティス」

お願いだから近付かないで、触れないで
傷つけたくないから
汚したくないから
でも……ぼくが望むのは

もしかしたら逆なのか


「ごめん……っ!」
顔が熱くて息が苦しい
触れたくてどうしようもないのに、その全てを押さえつけてフィールはヴィティスから逃げた
本当に逃げたかったのは己自身から…だったけれど

 

 

 

唖然と、ヴィティスはフィールを見送った、見送る事しか出来なかった
そうして隣で呆れたように漏らされる言葉は
微かばかりの心当たりも無いことだ
「何だあ…?怒らせるような事でもしたのかよ、ヴィティス」
「まさか…」

しばらく会っていなかったのに、どうすれば怒らせられる
だが
向けられた瞳には、戸惑いと……微かな拒絶が込められていなかったか

何一つ分からないまま、ヴィティスは小さく溜息を零した

 

 

 


続く

 

 

 

□□□□□□□□□

まとまらねえよ!というか助けて誰か!(助けたくない)
とか書き終えたのにちょっと叫びたくなりました。だいたい分かると思うんですが
初夜話の前振りです。
何ですね、フィールが意識しすぎてあわあわしすぎて、こっちが恥ずかしいのはどうしたら良いんでしょうね
下手に初夜を書くより恥ずかしい気がします
でもきっと実際初夜書いたら、恥ずかしさの余り下書き用ノート投げつけたりとか
パソコンの前で思わず突っ伏したりする自分がいるような気がしてなりません。でも見たいから書きます
だってフィール×ヴィティスの裏なんて自分が書かなきゃきっと見れない…!(自給自足が素になってきた)

珍しくヴィティスに冷たい?フィールを書けて嬉しかったですv
いっつもフィールの方が惜しみない愛情を注いでるようなイメージがあるので
伸ばした手を振り払うだなんてマネをされたの、きっと初めてですよヴィティスさん…!
可哀想!
無表情のくせしてショックとか受けてればいいですね(鬼ですか)
良いんです。どうせ両思いなんですから

 

ここまで読んで下さった方!本当にありがとうございます〜(^^)

 

 

 

 

 

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