――仕事の合間――

 


しとしとと、じめついた雨が降る日だった
風は無い

いや、そもそも閉め切った室内ではどちらも関係ないのだが
「……」
「……」
室内には2人ほどの人物が居た
ヴィティスと呼ばれる元御使いの長、そして過去OZの名を冠していた者の一人であるガルム
余りにも静かで、誰も居ないかとすら思える部屋の中
紙をめくる音だけが響く
もとより話し好きではない上に、真面目で仕事熱心
会話なぞあるべくも無く
お互いがお互いに必要な書類に目を通し、手を加え仕分けしていく
カテナ達をまとめるのは決して楽な事ではない
やらなければならない事は多く、毎日のように片付けたとて尽きる事がない

ガルムは、ふと何の気なしに細かい字の羅列から顔を上げた
それは本当に珍しい事で
今思えば後に起こる恐ろしい運命を、彼なりに察知していたのかもしれない
顔を上げた先
表情の無い視線を何枚もの書類に向けながら、ヴィティスはガルムよりも更に素早く
それらを処理していく
そこには早く終らせたいだとかいう焦りはなく
あれが彼にとって正確に処理できるスピードなのだろうと素直に思える
本当に、こんな所は変わらない
OZであった頃から
正確で
無駄が無く
頭脳が明晰であるが故に、全てを己で処理しようとする
彼が居なければ、神々の呪いから解放されたカテナ達は散り散りになったまま
こうして住む場所を…居場所を見つける事など出来なかったろう
感謝しても
仕切れるものではない
だからこそ、こうして仕事を手伝っているわけなのだが
もし自分が言い出さなければ、彼はこの量を一人で片付ける気でいたと言うから驚きだ
寝ずにやったとて、己なら一日では終らない
少しでも早く終らせようと、ガルムが資料に視線を落としかけた時


こんこん
と、軽やかに扉を叩くものがあった
「入るわよーヴィティスにガルム」
ノックはするくせに、中にいる人物の返事を待とうとはしないのは彼女故だ
ひょっこりと首を覗かせた異質な存在に
ヴィティスとガルムは、ほぼ同時に顔を上げた
仕事中は静かで落ち着かないと言って、出て行ったはずのジュジュがどうしてまた顔を見せる必要があるのか
「何かあったのか?」
ヴィティスの静かな問いかけに、ジュジュはどこか不機嫌そうに頷いた
「あんたにお客さんよ、ヴィティス」
少し離れていたガルムですら分かるほど、ヴィティスは大げさに溜息をつく
仕事を邪魔されるのが好きではないと言っていた事が思い出される
余程、重要な書類に目を通していたんだろう
そうでなければ表情に出るほどの不快感を表す男ではない

「――…急用か?」
「たぶん、違うわ」
違う、との言葉で客人への気遣いは無くなったのか
そうかとだけ応え、また書類に視線を落とす
「今日は忙しい。必要な用事なら明日の夕刻に来るよう言ってくれ」
冷たく切り捨てる
彼らしいといえば彼らしい
今の所、仕事以上に優先するべきものは無いと言いたげで
「そう言ったら、素直に帰るだろうけど……いいの?」
再び聞きなおすジュジュに、もう一度ヴィティスは顔を持ち上げる
表情は無かったが
不思議そうに首を傾げながら
「何故だ?」
「だって……」


「いいよ、ジュジュ」

ジュジュが何かを言う前に
すぐ後に控えていたのだろう客人が、もう少しだけ扉を開く
キィと乾いた音が響き
顔を覗かせたのは、よく訪れるカテナ達ではなく見知った人間だった
「少し、寄ってみただけだから」
薄灰色の髪と瞳、浮かぶのは人好きする笑顔
「……フィール」
驚いたように零されるヴィティスの言葉に、フィールはバツが悪そうに頭をかいた
浮かぶ笑顔は
残念そうと言うよりは申し訳なさそうにヴィティスに向けられる
「仕事の邪魔してごめん、ヴィティス」
「いや…」
言いよどみ、視線を微かに泳がせる
何かを考えているのか……それとも言いかねているのか
それじゃ、また
そう挨拶し出て行こうとするフィールに
ヴィティスは微かに躊躇った後、口を開いた

ガルムしにてみれば、およそ信じられない言葉を

「少し、待てるか?」
「…え?」

一瞬、耳を疑った
共に行動をするようになってから、15年ほどになるか
仕事を中断しようとする彼を目にしたのは初めての話だった
余程の急用ならともかく「寄ってみた」程度の理由など、苦笑すら浮かべず切り捨てる
それを平然と行ってきた、あのヴィティスが……
手にした書類を読む事すら忘れ
唖然とした

反対にフィールは嬉しそうにゆるく微笑む
「どこで待ってればいい?」
「……そこでいい」
ヴィティスが指し示したのは室内に置いてある椅子
簡素だが、しっかりとした作りであるそれはフィールがこの部屋にいる時に好んで座っている場所でもあった
頷き
椅子の背を掴むと、慣れた様子でヴィティスの傍まで移動し腰を下ろす

そんな光景を眺めながら、相変わらずガルムは固まったままだ
仕事を中断するだけでなく
そこに招き入れ、あげく間近に座ってもお咎め一つ無い
一瞬同じ顔をした別人ではないかと思うほど、その光景は奇妙で信じがたいもの
OZの頃から変わらないと思っていたのは自分の大きな勘違いで
彼は随分柔軟になったのかもしれない
だが他の客人に対しての辛辣な態度は何度も見ているし
大よその見知った人物ですら、部屋の中で待たせはしなかったはずだ
だとしたら……
だとしたら、あの小僧が特別なのだとて
それこそ意味が分からない
軽度の混乱に陥りかけたガルムに、助け舟を出すかのようにジュジュが問い掛けた
「ところでガルム、少し休憩したら?」
しかし彼は今の所それを助け舟だと理解する事は出来なかった
「いや、俺には必要ない。全て終らせからで充分だ」
反射に近いまま、そう答えたガルムを
何故だろうジュジュはどことなく哀れそうに見やり
だがそれ以上何も言わず退出した
……気のせいだとは思う
今のこの状況は、多少の混乱があるにしろ、決して哀れまれるものではないのだから

ない、はずなのだから

 


おそらくフィールが会いに来たのはヴィティスであって、己ではない
そう判断し
ガルムは自分の目の前にある仕事に集中する事にした
「あ……」
「どうした?」
だが…ただでさえ静かな部屋の中、小声とは言え耳につく
聞き耳を立てるつもりが無くてもだ
「ヴィティスって仕事してる時…って手袋しないんだね」

……どうでもいい

げんなりと心の中でガルムは突っ込む
ヴィティスを怒らせたいんじゃないだろうか、そう感じるほどに意味のない言葉
待てと言われたのだから、黙って待っていれば良いものを
ガルムが小さな頭痛を感じたにもかかわらず
相変わらずヴィティスの態度に鋭さは見られなかった
「少し、邪魔だからな」
「ふうん…」
カタリと音をたて、ただでさえ近かった距離をフィールが詰める
ほぼ真隣
手元を、否、手を興味深そうに眺めた
ヴィティスが浮かべたのは苦笑
視線は書類に向けたまま、微かに口の端を吊り上げる
「珍しくなど無いだろう」
「でも手袋だけとってる……っていうの、久しぶりだし。その格好なら初めてかな?」
……だけ?
思わず資料を読みながら首を捻る
その格好と言うのは、着慣れていると言う理由で今だ袖を良く通すOZの制服の事だろう
しかし、どこぞのライオンとは違い
着崩す事など有り得ないヴィティスをつかまえて
だけ……とは?
もしかしたら真剣に考えない方が良いのかも知れない

「――……フィール」
真剣に考え込み始めたガルムは、初めてヴィティスの言葉に咎めるような色を認め顔を上げた

そうして直後、上げた事を後悔する
ヴィティスの手を捕え
楽しそうに触れ、そして指を絡めていた
嬉しそうに…幸せそうに
「………」
…追い出したい……(戦闘能力的には、やや不利)
ヴィティスもヴィティスだった
咎めるような口調も、視線もフィールに向けられたのは一瞬だけ
小さく溜息をつき
仕方ないとばかりにペンを左に持ち、また仕事を再開する

両利きであるはずだから支障は無いのか……いやだからそれはこの際どうでもいい
何故何も言わない…!?
自分が注意しても良いものなのか
だがヴィティス本人が何も言わない以上口を挟む事も気が引ける
どうしたものかと固まったまま、ガルムは動く事を忘れていた
そうしてやはりその直後、固まったままでいた事を後悔した


ヴィティスの肌の触り心地が良いのか、フィールは指先までを辿るようになでる事を繰り返す
飽きることなく繰り返して
「……」
まるでそうする事が当然であるかのように
指先に唇をおとした
「―――――!!??」
声なぞ出るわけも無く、ぱくぱくと酸素の足りない魚のようにガルムは無言のまま叫んだ
レクスのため顔色が出るはずの無い顔を、確かに青ざめさせながら

「フィール…?」
ヴィティスは焦ることなくゆるりと捕らわれていた手を引き抜く
そうして笑い
本当に無意識に口付けたのだろう
顔を真っ赤にして申し訳なさそうに俯くフィールの頭を小突いた
「ご…ごめん」
「謝らなくても良い」
椅子ご向き直り、微笑を浮かべる
「話を聞こう」
「え…?でも、仕事は……」
「今日中に終らせればいい、君の事だ余り長くはここに居られないのだろう?」

出来る事なら今すぐ出て行ってもらいたい
と言うか、出て行ってしまいたい…
そんな心情に捕らわれながら、ガルムはどうしても動く事が出来ない
それは「恐いもの見たさ」と言うよりは「蛇に睨まれた蛙」という言葉がしっくりくるのだろう
ヴィティスのフィールへの態度の柔らかさにも驚きはしたが、あの小僧のスキンシップ過剰はいささか問題がある気がしてならない
普通、同性にあんな事をされれば殴り倒すのが当り前じゃないのか……?
しかし所詮カテナと人間…これが時代の差というものなのか
ヴィティスは間違いなくカテナのはずだが、その前提すらガルムの頭にはすでに無いらしい
部屋の置物よろしく固まった以降動けないガルムを尻目に、目の前の2人の会話は当然の事ながら進んでいく
「会いたかった…から」
「まあ、そうだな久しく会ってはいなかった」
仕事の量が多すぎて、たしかにヴィティスに出かけるような暇は最近無かった
2人がたまに会っている事は聞いていたから、それの事だろう
「触って、良い?」
「……好きにしたまえ」
フィールは躊躇いがちにヴィティスの頬に触れ、片方の手を肩に置き身体を近づけた


ぎぎぎぎと音がしそうなほど動きづらかった頭をどうにか手元に向ける
……何故か今絶対に見てはならない気が……
それはきっと直感とか言うヤツで、確実に当たっている気がした
というか自分がいるのにも関わらず
この仕打ちは何なんだ
そういう事なぞで切るはずも無く、ガルムは深く溜息を吐く
しばらく避難しよう
少なくとも、目の前の原因の片割れが消えるまで
最初からそうしていればと思ったところで、ジュジュの言葉を思い出した
あれはもしかしたら、この状況に陥るのを半ば分かっていたのではないのだろうか
女の勘…とかいうヤツか
次回からは従う事にしよう

手元を見たまま、ガルムは思う
どうにかまともに頭は働くようにはなったようだ
後は部屋から出て行けばいい
そう思い立ち、立ち上がろうとした時
ばさりとヴィティスの机の方で、書類が落ちる音がした
反射的にそちらを見
視界に映ったその光景に完全にバランスを崩した


ガッタ――――ン!!!

思い切り身体をテーブルにぶつけ、コント張りの大音響が辺りに響く


何故考えをまとめられたか
それはつまり、余計な「声」が聞こえなかったためだった
顔を向けた先
椅子の背もたれに押し付けられ、口で口を塞いでいたらそりゃあ声は漏れないだろう

「あれ?ガルム?」

このままもう倒れていたい…すでに自暴自棄になりはじめたガルムに
フィールの不思議そうな声が降った

「いつからそこにいたの?」
答える気力など残っていないガルムは無言のままだ
かわりに答えたのは、フィールに半ば抱きしめられたままのヴィティスだ
「……最初から…だったな」
そういえば…と小声で付け加えられたそれに


神々が居た頃のヴィティスの方が、一緒に居てずっと楽だった
などと思いをはせながら、ガルムは何故だか泣きたくなったりした

 

 

 


END

 


□□□□□□□□

お誕生日おめでとうございます!小川さん!!
とかここで言いつつ、本人の方にはメールで添付して遅らせて頂いた訳ですが
誕生日プレゼントのわりに
それっぽくないのは、もういつもの事ですね(開き直り)
ガルムは、とことん免疫が無くて
周りがもう「ああ、どうでもいいから勝手にしてろよ」思うような事も
びびったり、怒ったり、泣きそうになってると思います
真面目で固そうな人なら当然です(もう一人の堅物さんは私の中で天然なので…というか当事者)

フィールはともかく、ヴィティスが、素でガルムを忘れるようなら駄目だと思いました
いや書いたのは私ですけれども
べったりな2人を描きたかったのに、やや不発気味……
リベンジしてやる〜

それではここまで読んでくださってありがとうございました〜!
この小説は小川さんに捧げます♪

 

2006 7,2

 

 

 

 

 

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