気付けないのではなく

気付こうとしない

記憶の底に、あるものと似る故に

 


――初めての再会――

 

エテリアが少ないせいだろうか、呼吸のために取り込んだ空気は酷く乾いて喉が痛い
乾いた荒野
その名が相応しいんだろう
赤茶けた岩が切り立ち、小さくは無い圧迫感を向けてくる
絶え間なく現れるしもべ達が居なくなった事もあり、フィールは浅く息を吐いた
した事の無い戦闘と向けられた事の無い殺意に似た敵意は今だ慣れる事は無い
いや…そもそも慣れるものなのかどうかさえ分からない
チリチリと神経が音を立てて擦り切れる気がした
だけれど立ち止まるわけにはいかなかった
ドロシーを、村の子供達を助けなければならないのだから

紅の刀身を背にフィールは先を急ぐ
敵が出ないのなら好都合、その分スピードは上げられる
どんなに急いでも
走っても
追いつけるまでは、それは足りない
「まだ、先?」
「もう少し行けば、子供を幽閉するための神殿がある」
言葉すくなに問えば、横を走るアルミラが口を開いた
「テオロギアはまだ先だがな」
俺の目的地はそこだと付け加えるレオンに、フィールは少しだけ口元を緩める

それからしばらく経ってからだろう
動物の骨か何かが突き立ったような広場に出た
骨にしてみれば大きすぎる、だからと言って岩にしては滑らかだ
たがフィールにとってそれはどうでも良い事だった
今は走る以上に重要な事は無い
早く早くと気ばかりせく中
彼は現れた

空気を裂く音、そして何かが乾いた砂と石を巻き上げ降り立つ
「……っ!?」
聞いた事の無いほどの轟音
音に押され、思わず立ち止まったフィールは数メートル先を見る
もしかしたら「落下」という言葉が正しいのかもしれない、だけれど「降りた」のだと
そう思えた

誰…だろう

ゆるりと身体を起こすさまは優雅にすら見え、その存在は空気の色を変える
今の今まで熱く身体を覆っていた空気が……こんなにも寒々しい
「……な、に?」
初めて感じるはずの威圧感―――…
なのに…知っている気がした
黒というよりは濁りがなさ過ぎる装甲は、どことなく紫の光を帯びる
あれが、恐らくあの人のレクスの色
アルミラが青で、レオンが黄で、自分が赤であるように
その人自身の本質を表すかのような……淡く、深い、日が没した後の空の色
「……あったこと、が?」
その色彩すら
憶えがある気がした
馬鹿な……御使いに会った事があるなら、ぼくはここに居ない
理屈ではその通りで、きっと妙な不快感は気のせいだ
なのに拭うには言い訳が足りない
囁くように呟かれたフィールの言葉にレオンもアルミラも気付きはしなかった
目の前の男に気を取られていたために
…気付いた所で、否定しかしなかっただろうが


「ヴィティス…」
「てめえか!」
2人が油断なくレクスを構え対峙する中、フィールだけが呆けたように彼を見ていた

「残念だが、すでに神命は下った……」
低く、感情が無いかのような冷えた声音
「私は、反逆者である君達を処分しなければならない」
フィールの事を認識してはいないのだろう、装甲の中ヴィティスは2人のカテナだけを見ているようだった
声には処断する側が持つであろう優越感も無く
反逆者に対する怒りも無い
いや、正しく言うなら声に込められた感情なんて一つとしてだって感じられない
「反逆者か……短絡的だな」
皮肉めいたアルミラの言葉にヴィティスは一つの興味の無さそうに続けた
「君達の言い分を聞く気は無い、私は神々の御意志に従うだけだ」
静かに滲む殺意
しもべ達と比べものにならない冷たさに、フィールは身をすくませる
本能で襲い掛かってくるヴォロ達より、理性により確実に息の根を止めようとしてくる方が殺意の鋭さは増す
当然と言えば当然だ
「……っ!」
声が出ないかとも思いはした
だけれど黙っていても事態は好転などしない事は知っていた
「…待ってくれ、あなたもカテナなんだろう?!仲間同士でそんな……っ!」
ただ必死に言葉を口にする
戦う事だけは避けたかった、そうして聞きたかった

 

「……?」
その時になって初めてヴィティスはフィールに目を向けた
枯れたこの聖地にあってですら、多くのエテリアが愛しそうに集まる人物
その存在を認識さえしてしまえば異様で不可解だった
カテナかと思いはしたが、それにしては妙だ
そうならば御使いであるはずであろうし
アルミラ達と同じく正気に戻ったのだとしても、御使いの長たる自分が知らないカテナがいるはずがない
なら、この少年は何だと言うのか
記憶の中を探そうか、長い時を経たのだから認識できないだけなのかもしれない
思案しかけた時、ヴィティスを現実に戻したのはレオンだった

「本気でいくぜ!ヴィティス!!」
声高く叫び、レクスの出力を上げるレオンにヴィティスは苦い笑みを浮かべる
最大に出力を上げた際の戦闘能力は知っていた
だが正気に戻ったカテナはそれをしてはならない
直後に上がるのは絶叫
痛みに耐えるというよりは何かを吐き出そうとするかのような

残念だ
その言葉は嘘ではなかった
どういった理由があるのかは分かりはしないが、御使いではないカテナなど長らく見てはいないのだから
だが神々の影響を受けてしまえばそこまでだ
―――…そこまでのはずだった
「レオン…!」
翼に似た禍々しい突起物は、まるでカテナ達を穿つ杭
そんな神に与えられる呪われた翼に、少年は当然のように手を伸ばした
「……まさか…」
ポツリと零れた言葉
本当に久しくヴィティスは思った事を口にする
少年の願いに応えるように、エテリア達がレクスから離れていき
神との干渉を途切れさせていった
人間にエテリアは感知できず、カテナですらあそこまでの交感能力を持つものはいない
ヴィティスが知る限りそれを行えるのは二人で一人はすでにこの世に居なかった
そうしてもし己が思う通りなのだとしたら
あの2人を正気に戻す事も可能なはずだ
過去
エテリアに愛され、自分が手にかけた彼を正気に戻した存在
「君は、神々の子なのか?」
「…え?」
聞いた事の無い言葉だったんだろう、レオンを助けホッとしていたフィールは不思議そうに目を丸くした
御使いが本来は「カテナ」であると知ったのはほんの少し前の話で、「神々の子」などと言う名は彼にとっては耳慣れるはずがない言葉だ

答えは無い
だが少なくとも、ここで消してしまうのではなく真偽を確かめる必要がある
ヴィティスはそう判断し
キツイというレオンに答える形で、息苦しくさえある装甲を解いた
「てめえ!手加減する気かよ!?」
「好きに解釈するがいい」
苛立たしげに吐き捨てるレオンとは対照的に、ヴィティスはただ静かだ


「……あの人が、ヴィティス」
冷たいと感じた
顔が今は見えているはずなのに、レクスに覆われていた時と変わらぬまま
自分達のようにレクスを握っているわけでもなく佇んで
当然のように呟いた

「OZの名において、神命を執行する」

声とともに現れた敵はしもべ2体
本来なら、ヴィティスを皆で狙えばいいはずだ
でも素直にそうすることはフィールには出来なかった
「…アルミラ、レオン、あの人の相手はぼくがしたい」
あった事があるのだ、そう感じる思いが気になった
果たして勘違いだったとしても
ほんの少しでいい、話がしてみたい
「何言ってやがる!」
「そうだフィール、いくらレクスの出力を抑えているとは言え独りで渡り合えるほどヤツは弱くないぞ」
「でも…ごめんっ!」
手の内にあるレクスを握りなおし、フィールは振り返ることなく走った
武器を持たないかのような青年に切りかかる事に躊躇いを持ちながらも切り上げれば
鈍い金属音とともに、いとも簡単に弾かれる
素手で弾いたとすら思えるほど素早く、数瞬の間に片腕がはレクスに覆われていた
レクスを極める者との異名をすら囁かれた御使いの長たるOZのリーダー
剣技など習った事も無く、レクスを手にしたのですら1、2日ほどであるフィールには荷の重い相手
それはアルミラにもレオンにも分かっていた
「どうすんだよ!手ぇ出すなって言われても、ありゃあ無理だろ!?」
「……いや、フィールにも何か考えあっての事だろう、私達は雑魚の相手をしよう」
「だけどよ…」
「もしもの時は手を出すさ、行くぞ!!」
いつまでも立ち話している時間はなく
身を屈め走り出すアルミラに、小さく舌打ちをした後レオンもそれに続いた
短い間しか行動を共にはしていないとはいえ、フィールはただの気まぐれで無茶を言い出しはしない
そのことも2人は分かっていた


「…はっ!」
何度攻撃をしかけても、一度としてフィールはヴィティスを捕らえる事は叶わない
対峙した時と変わらない無表情のまま
そよぐ風を受けるかのように、ゆるやかに全ては止められる
「―――っ…」
後に飛び退り、息をつく
少しの隙も見つけられず仕方なく向けた攻撃は、全て弾かれフィールの体力だけを削っていた
強い……
戦闘慣れしていなくても彼が別格だという事は素直に理解できる
こちらが息を切らしていても
ほんの少しの乱れも無く、目の前の御使いは佇んでいた
「聞きたいことが、あるんだ」
彼が積極的に攻撃をしてこないのはありがたかった
そうでなければ、こうやって疑問を投げかける事すら出来ない
「……」
返事は無く
微かに眉をひそめたのがわかった
それで充分、応えはなくとも聞いてくれるなら
「僕と貴方は…昔、会わなかった?」

不躾な質問だとは思う
だけれど、それ以外に聞きようが無い
懐かしさじゃない
親しみじゃない
「会った事がある」己の中のその事実がフィールのヴィティスへの戦意を削いでしまう
目の前の青年は一度目を閉じ、変わらぬ声音で言葉を紡ぐ
しかしてそれは答えではない
「君は…どう思っている?」
油断だけはしないまま、真っ直ぐにヴィティスを見つめた
「そう思っているからこそ、聞きたかった」
「……」
しばしの沈黙
やはり神々の子なのかと思うヴィティスの考えなど知るはずもなく
フィールはレクスを下ろしかけた
動く気配は無く何かを考えているらしい目の前の青年に、攻撃の意思が微塵も感じられなかったからだ
だが、それはあっさりと裏切られた

「フィール!!」
「!?」
アルミラの声の必死さに、考えるよりも先に紅い刀身を持ち上げる
ギィン
鈍く、大きな金属音
たった一瞬…いや半瞬で数メートルの距離に居たはずのヴィティスが目の前にいた
凍ったような澄んだ藍色の瞳が、どこか寂しげだ
そんな事を感じるほどに距離は近く
突然の事に頭は真っ白だった
このままではマズイと思うのに、そういう時浮かぶ考えはありはしない
反射的に横に飛ぶ
何かに押されるように
そう行動するよう決められていたかのように…体が動いた
先ほどまで自分が居た場所で、虚空を斬る音がする
今だ
合わせるように、紅い剣を躍らせた
ざくりと、微かな手ごたえ
「……っ…!」
やったと思うより先に、不快だと感じた
同じ姿を持つ、しかも本人の意思で戦っているわけではないカテナを傷つけるのは嫌だった
しかも今あの人は装甲を解いているのだから
振り向き様に斬りつける気にはなれずに、数歩フィールは距離を取り直した

「―――…イン?」
ほんの数歩、ただそれだけの隔たりのため
ヴィティスの信じられないと言いたげな呟きは、フィールには聞き取れない

振り返って、もう一度姿を認めた時
フィールは微かに戸惑った
あれほど強いと、そう感じた目の前の青年が……何故だか……
痛ましい
そう感じたのは一瞬だ
何にかは分からないけれど確かに彼は驚いて、表情を歪ませた
今の今まで、一つとして感情らしい感情が浮かばなかったというのに
頬にはしった赤い線からポタと血がたれる
だけれどヴィティスは、それに気付く様子も無くフィールを見つめていた
すぐに表情は無くなったけれど、しばらく何かを考え込み
そうして彼は口を開いた

あの一撃で
彼が何を思ったのかは分からない

「名は何という?」
「……フィール」
冷めたままの声音、表情
先ほどの痛ましさが気のせいだと思えるほどに
「そうか」
興味があったのか、ただの気まぐれか
それすらも分からない
「…君は何のために神に刃を向ける?」
「ドロシーを…連れ去られた妹を助けたいんだ、村の皆も助け出したい」
数歩の距離
ヴィティスは一歩だけ歩み寄った
相変わらず殺気は無い
だけれど油断しないままフィールは答える
もう一歩、彼は進んだ
思わず同じ距離を下がろうとして、押し留まる

何故
この人はこんな質問をしてくる?
分からない、何一つ
表情からも瞳からも
冷たい藍色、すうと細められ
「焦らぬ事だ」
高い位置から
まるで諭すように、言葉が落とされた
敵同士であるはずの相手に言うセリフじゃない
「あ…貴方は―――…!」

何を、知っているんだ?

フィールが叫びかけた問いかけは、言葉に姿をかえる前に別の要素により邪魔をされる
表情を変えること無く大きく跳び退ったヴィティスの居た位置に
二つの影が滑り込んだ
見えていたんだろう、フィールと話している間にも残りの二人の事が
「おい!何ぼさっとしてやがる!!」
「先程はよく受け止めたな、上出来だが…やはり一人ではキツいだろう」
「……」
戦うつもりで間に入った2人に一瞥をくれヴィティスはさらに距離をとる
「まずは…こんな所か」
何をどうとって、何を確かめたのか
疑問は解けないまま
完全にその場から姿を消した


「ちっ、逃げやがったか」
「本気を出されては、こちらがレクスを全力で使わない限り勝てないんだ。丁度いい」
本気で悔しそうなレオンをたしなめ、アルミラがフィールを振り返る
「先を急ぐのだろう?」
「……うん、だけど……」
フィールは緊張のための汗を拭いながら、小さく首を横に振った
落ち着いてみれば、分かる事だった
レオンもアルミラも傷だらけで……自分の足は立っているのすら辛く感じる
攫われた時のドロシーの声が、ずっとしていた
焦って、早くと気が急いて
頭に血が上っていたんだと思う

焦らぬ事だ

冷えた声と、藍色に…少しだけ頭が冷えた気がした
あの人の何が、自分にそう思わせたのかは分からなかったけれど
「少しだけ休もう…怪我、治させて?」
アルミラは意外そうに
レオンは不服そうに
小さく笑ったフィールに従った

 


「……」
テオロギアまで空間転移したヴィティスは、窓から外を眺めた
枯れた大地は、溶岩のせいだろう赤く輝いて見える
紅い
紅い刃を持ち身を翻す
神々の子がカインの姿を模しているのか
そう思うほど、あの少年はカインに似ていた
薄灰色の髪、そして瞳
間近で武器を振るっていたにも関わらず、何故…気付けなかったのか
そうして思い出したのは
「あの時」から「今」まで、忘れることなく身を苛む悪夢に付随する記憶だった

神々の子であろう力の塊を背に
父殺しの自分を「カレ」は睨みつけていたのではなかったか

痛ましい記憶は忘れたふりをする事で、自分を苛む痛みにも気付かずにすんだ
ヴィティスは小さく溜息をつく
思い出す事になった痛みは、時を経ても楽になる事は無い
あの時と
同じ光景だった
フィールは妹と大事な子供達を思い
居ないこそすれ庇い、守るつもりでいた
強く、曲げぬ信念を感じさせる迷いの無い瞳が…父譲りだと……

「やはり、君は――――」

言葉は形を持たず
消えた

 


END

 


□□□□□□□□□□□□

フィールとヴィティスが初対面だと、何も面白くない私は素直に短編を書いてればいいと思いました
とか言いつつ、長い(長すぎる)間を空けて
やっとメインストーリーの四章です
ストーリーとか、台詞を追おうと微かにでも思った努力は認めてやってください(びくびく)
この四章は、日記でも書いたことあるけど
ヴィティスの行動や言動が、イマイチ腑に落ちなかった場所なんで好きに解釈をしてみました〜
ええ、途中で気付いたと
それまでは本気で神々の子かなと思っていたのかなと
そして、どうにかしてフィールとヴィティスの会話を増やしたかった…!
そこにあるのが愛じゃなくても是非!!いや愛ならなお結構なんだけど!!(書いてるのは君)
ヴィティスはフィールのことよりカインさん優先だし
フィールの方も、良く分からないまま放置されましたね!ごめんフィール…だってそこで色々話されても困るんだ
しかしヴィティスの忠告をすんなり聞く辺り、うちのフィールはヴィティスに一目惚れ何じゃないかと思いました
……血筋でしょうか

あ、あとどうでも良いことなんですが、自分と会った事が無いかというフィールの台詞は
まるで古いナンパのようだと自分で思いました
しかしヴィティスと一対一でやりたいと、我侭を聞いた先ナンパだったら
レオンとアルミラどうしたかなあ……

ではでは!ここまで読んでくださってありがとうございました!
次はたぶん6章ネタだと思います〜遅い気がするけど(汗)

 

 

 

 

 

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