ぴしゃ…と足元で音がする
赤黒いそれ

温度はもう無い、ヒトが流した痛み

 

――消えぬ幻――

 

逆らうわけにはいかない
それはただの言い訳だろうか
愚かにも神々に刃向かう人間達、もう少しで良い何故待てなかった
「神命を…執行する」
レクスで覆われた身を傷つける事は叶わず、レクスによる攻撃を防ぐ事も出来ない
これは戦いではなく
神命ですらなく

虐殺であると……知ってはいた
御使いの中で、ただ1人彼だけが「真実」を知っていた

 

全ての人間が沈黙したのを見届け、レクスによる武装をヴィティスは解いた
赤黒い血はそこら中に飛び散り例外なく足元に広がっている
だというのに
身にまとう白には染み一つなく
音が無くなった空間で口から漏れるのは浅い溜息
いつまで続くのか
続けるのか
己が友をこの手で殺めてから、もう何人の命を奪ったのか分からない
それは多すぎるというだけではなく
間接的に殺した人間が把握できぬほどに居るためだ

「……」
ぼんやりと足元を見下ろしてくる視線は動かさぬまま
チリと首筋を撫ぜる殺気に小さく表情を曇らせる
「…まだ、残っていたか」
もし出て来なければ、見逃してやる事も出来たろうに
ただの「人間」が御使いを、神を滅ぼす事は出来はしない
空気を裂く音
何の躊躇いもなく身を屈め、振り向き様に胴を貫いた
ごぼりと溢れる鮮血が
不自然なまでの白を、赤く汚していく

倒れふしたのは年若い少年だった
知るはずも無いのに「彼」と同じほどの年だと知っている
「ーィ…ル」
すぐに動かなくなった血まみれの身体に手を伸ばす
まだその身体は体温をその身にとどめ、しかして赤い液体とともに失われていく
何故だかそれが悲しかった
「……」
一度目を閉じ、安らかな眠りを祈る
神々にではない…エテリアたちに――――


瞳を閉じる
それが合図であったかのように、炎が家々を飲み込んではぜる音が消えた
明りを遮断するための行為でしかないはずなのに
死した人々の存在も、嫌になるほどに温かい日の光も、血の匂いを運ぶ風も

曖昧だ
事実であったことに変わりは無いのに、目を開いた時に広がるのは良く似ていても全く別の景色
薄暗い洞窟だろう
その懐かしい光景は懐かしいという言葉を憚るほどに夢に見た
己が手を伸ばした死体は
いつの間にか、手にかけた友にすりかわる
「…カイン……」

夢か……いつもの…………
深く、ヴィティスは溜息をついた
夢に横たわるのは後悔であり自責でも在ある
どちらも自分には許されるはずがないと知るから、ただ繰り返すのを見つめるしかない

同じ景色と、同じ事実を

「―――――…ス?」
「……?」
珍しく夢はそこで終らない
名を呼ばれた気がして顔をあげた先、見知った人物が不思議そうにこちらを見ていた
薄い灰色の髪と瞳
今倒れ付している、友と同じそれ
「やっぱり、ヴィティスだ」
「フィー…ル?」
「何でこんな所…に―――……っ!?」
傍に寄ろうとしたんだろう
数歩歩いて、何かに気付いたように足を止め表情を強張らせた

何に気付いたのだろう
白い服を汚すおびただしい血、傍らにある父の死体、私がしてきた行為
どれであっても結果は変わらないと思えた

 

 

「……っ」
見慣れない天井
まだ暗い窓の外。部屋の中
ぼんやりと見回して、夢が覚めた事を知った
ゆるゆると上半身を起こして、暗闇の中でも白と分かるシーツに視線を落としたままヴィティスは深く息を吐く
隣で眠る人物を起こさないように気遣いながら
まだ
夜明けは遠い深夜
小さな寝息をたてて眠る少年を起こすのは忍びない
月明りに映える銀色の髪を眺めながら、夢の出来事を繰り返す

フィールはあの後、何と言うつもりだったのか
夢の中のこととは言え気にならないと言えば嘘だ
知るのは恐かった
知らないままでいるのも恐かった

おりた髪が
さらと視界を遮る
無意識の内に、それをかき上げようとした時
不意に隣で動く気配があった
ついと視線を向けた先、ついさっきまで確かに眠っていたはずの少年が自分を見上げている
まだ覚醒しきってはいないんだろう
薄灰色の瞳はぼんやりとしたまま焦点をあわせず彷徨っていた
「ヴィ…ティス?」
「……まだ寝ているといい」
少し癖のある髪をすくように撫ぜれば気持ちがいいのか目を細めフィールは笑った
けれど再び眠るつもりは無いのだろう
ゆっくりと身体を起こし小さく伸びをする
「フィール…起きるには早過ぎる」
「じゃあ、ヴィティスはどうしてこんな時間に起きてたの?」
ヴィティスの咎めるような言葉は
フィールの悪戯めいた笑みと言葉にその効力を失う
起きるきっかけを作ったのは、ヴィティス自身なのだから
思わず返答につまり視線を外す
予想通り……だったのだろう、フィールは気にした様子も無くヴィティスの顔を眺め苦笑を浮かべる

「――…悪い夢でも見た?」
「…っ!!」
フィールは穏やかに呟く
まるで全て分かってるとでも言いたげに、馬鹿な…分かるはずが無いというのに
「目を覚ました時…何か辛そうに見えた」
「……」

知るはずが無い、分かるはずが無い

話した事など無いのだから

「こっち、向いて」
促すように頬に手を添えられ、逆らう理由もないヴィティスは素直に従う
同時
触れるだけの口付け
すぐに離れ、フィールは照れたように抱きついた
「どんな…夢?」
自分より少し高めの体温が心地良くて、声が気持ちよくて、その身体を抱きしめ返す
己の方がずっと年上だというのに
これではどちらが甘えているのか知れたものではない
「……」
「ヴィティス?」
「……悪い、夢だ」

言える筈が無い、言いたく等無い

暗く、黒く
心を覆う不安の色
消えることなど無い過去
優しいこの少年ならば、神々が悪いのだと言うのだろう

だが果たして
父の死を、その真相を知ったなら――――……


「…痛いよ?ヴィティス」
「あ…す、すまな――――…っ!?」
知らず力を込めていたんだろう、抱きしめていた手をといた瞬間
それこそあっさりと押し倒された
抵抗は無いと知るからか、フィールの両の手はヴィティスの腕を拘束せずに肘をつく
間近でフィールは、やや緊張感に欠ける笑顔を浮かべた
「…好き」
ほんの少しの警戒感すら抱いてない子犬か何かのような
喜ばしいと思うのに
その好意を向けられる権利など無いと頭のどこかで声がする
「もう少し、眠った方がいいよ」
「だが……」
先ほどヴィティスが口にした言葉を口にして、あやすようにヴィティスの髪をすいた
「僕が見ててあげる。悪い夢なんて見ないように」

君も眠った方がいいと言おうとして止めた

両の手を伸ばし
もう一度その身体を抱き寄せて目を閉じる
それでもフィールが起きている気配は感じられて
暇つぶしなのか、ただ触りたいだけなのか、髪に触れ戯れていた
何故だかその行為に不安はいくらか緩和される
今日はもう眠れないだろうと思っていたのが嘘のように、簡単に身体の力は抜けた

触れる温もり
実質的な体温だけではなく、行為の温かさ
果たしていつまで……自分のものであるのだろう
望む事などできないというのに、すべてを彼が知った後も変わらず傍にあればと

傍にあってくれればと

 

 


…ヴィティス?

声として辛うじて音を持つ声でフィールは名を呼んだ
眠ったのなら邪魔をせぬように、起きていたなら感じるように
反応は無く
規則的な呼吸が繰り返されるだけ
彼が眠ってくれた事にホッとしてフィールは笑った
目を覚ました時
不安そうに、何かを恐がるように
どこかここじゃない場所を見ていた


彼がどんな夢を見て
何を思ったのかは分からない

だけど

僕はここにいるから

それだけは不安に思わないで

 

 

 

END

 

□□□□□□□□□□□

そんなわけでフィルヴィ!
逃げました、軽やかに逃げました!!(挙手)
本来なら実は裏行きの予定で書いていた作品の微塵も感じられないものになりました
いや下書き段階ではあったんですがね!そういうシーン
何でこう打ち込む気が起きないんだろうと不思議に思っていたら
そういうシーンを打ち込むのが億劫らしかったです
難しいって話かもですが(汗)
だってヴィティス、受けにしにくい(オイ)

まあ裏にならなかった言い訳は言いとして
同じベッドにナチュラルに寝ているから良いや♪と開き直る事にします
ヴィティスは無表情に色々不安に思うんだろうけど
何だかんだで悟って、フィールが優しくしてくれればいい
でも不安の原因が理解できるほどヴィティスの事を理解しても知ってもいないから中途半端なフィール(笑)
直感では分かったとしても言葉には上手く出来ないと思います
いやそれはお互い様か^_^;


それではここまで読んで下さってありがとうございました!!

 

2006 4、18

 

 

 

 

 

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