どれほどの距離だろうか

手を伸ばせば手に入るかもしれない
届かないと気付くだけかもしれない

だからこそ

求めてはいけないのだと言いきかせる

抱いて身を焼くのは炎ではなく

裂くほど冷えた想いで良いのだから

 


―冷気おびる炎―

 


凍りついた空気が不遠慮な風に促され、ざりざりと軋んだ音をたてた
多大な冷気を含みながら肌を撫でていく風に
かの人は冬の到来を思っただろうか
灰色というよりは白に近い雲が、一切の隙間を許さず空を覆い
地上を圧迫するかのように低く流れる

誰一人訪れる事のない村はずれ
こんな気候なら尚更だろう
いつも静かなそこは
今日のみで言うなら、いっそ騒々しかった
風が空気を鳴らす音も、木々が揺れる音も、落ち葉が足元を掠める音すら
何者にも邪魔されず響く

人間の侵入を拒むかのような空間の中、長身の青年は空を眺めていた
ぴくりとも動きはしない
そのせいか生物であるはずの彼は、不気味なまでに無機質に見える
ただ時折瞬く藍色の瞳と、規則的に漏れる白い吐息のみが、彼が血の通う生き物であることを示していた

いつ頃から、ここにいるのか本人すら分かってはいないだろう

元から白い肌は、死人を思わせるほどに青白い
何故ここにいるのか…と考える前に、いつこの行為を止めれば良いのかを知らないかのようだった
青年に止めさせるきっかけを与えたのは
冷えたものしかない場所で、唯一温度を感じさせるもの

「ヴィティス!」

空の名を持つ虚空に向けていた視線を青年……ヴィティスはゆっくりと移動させた
表情こそ変わらなかったが
瞳に浮かぶ剣呑な光は穏やかなものへと変化し、身体ごと声の主の方へと向き直る
「家に居ないから探したよ」
落ち着いた色をしたマフラーに顔の半分を埋めたフィールは
走り回っていたのだろう、頬が上気していた

「すまない……来ると、君は言っていたのにな……」
「ううん。気にしてないけど…いつからここに居たの?」
反対に、ヴィティスは驚くほどに白い
「さぁ…分かりかねる」
吹く風は感覚を麻痺させるほど冷たいというのに、防寒具らしいもの一つ身につけず
ただずむ姿は奇妙なまでに美しかった
その寒々しい景色と一体であるかのように酷く真白で
触れたら消えてしまいそうだと思うほど


何故、こんな所に居るんだろう
そうフィールは考える
傍に居られる時間が増えるほど、彼は遠くに居るような気がした
遠くに……行くような気がした
もしかしたら彼だけを特別に思う、ぼくの気のせいかもしれない
それなら良いのに
なら、ヴィティスは隣に居てくれる

手を伸ばそうとして、フィールは躊躇うかのようにそれを下ろした
行かないで欲しいと伸ばす手は
どこかに行ってしまうのを認めてしまう事のようで

「ここは寒いよ?」

心地良いのか、好ましいのか
変わらぬ声音は風に攫われそうになりながら、言葉の形を保つ

「寒いかね?」

意外だとすら言いたげだ
何て返せば良いかなんて分からなかった
ここに、居るのはヴィティスのはずなのに…誰も居ない気すらする
触れて確かめたいのに
それは恐い
ぐるぐると回るのはジレンマ
触れたいのに触れられず、居るはずの存在を感じられない


「こうやって季節を感じるのは久しい」
黙り込んでしまったフィールを、どう思ったのだろう
ヴィティスは視線を彼から景色に向ける
「不思議だな…」
何が、とは語られない

神々が滅びる前と今と
そこに横たわるのは、どれほどの差か
世界は誰の力も借りずに季節を巡らせていたはずだ

御使いであった時も
甘んじていた時も

ただそれに色は無く

「私は生きていたのだろうか」

生きて「いる」のだろうか、とヴィティスは思う
たった今この瞬間
ここに立つのは風を感じるのは、果たして己なのか
告げても意味のない弱音だった
いや、弱音だと思うのならばヴィティスは言葉にしなかっただろう
そう思うだけだったからこそ、それはフィールに告げられた

ひどく悲しいことではあったけれど

「…ヴィティスっ!」
今度こそフィールは下ろされたままのヴィティスの腕を掴んだ
風が吹けば、そのまま溶けてしまうと錯覚しそうになる
むしろ、そう望んでいるかのようで
手袋すらしていなかった手は、血が通っているとは思えぬほど冷たい
驚いたのだろう強く名を呼んだ事に対する答えは無く、藍色の瞳は握られた手に向けられている
しばしの間を置いて
ヴィティスは口元に笑みをのせた
それにフィールは少しだけホッとした
気付けはしなかった、いや気付けるとしたら今は亡き親友だけだろう
その微笑に込められたものは自嘲なのだと

 

なんて滑稽
この存在に触れられただけで
生きて「いる」と解ってしまうだなんて
寒いのだと、気付いてしまうだなんて
色が無いと理解できたのが、この少年のお陰なら当然と言えば当然なのか

御使いである時は神命のみが唯一絶対であったし
甘んじていた時に他の事を気にする余裕など、ヴィティスにあるはずがなかった

本当に久しく
風を、季節を感じたのは傍らで素直にフィールが口にしたから
気持ちが良い、と
綺麗、だと
当り前の事を当り前と感じる事にすら努力が必要なのだと知った
様々なものが己には欠け
その全てをフィールは持っていた
惹かれるのは簡単で、抗う事すら思案に上らないままヴィティスが自覚した頃には手遅れだった
ない事に出来ぬのなら自覚するべきではなかったのに

「……どうした、フィール」
長い、時をおいて
ヴィティスはフィールに答えを返した
静かな言葉にブレは無く
掴む理由が不確かであるフィールは戸惑い気味に力を抜いた
「あ…ごめん」
言葉と一緒に、ゆるやかにそれは落ちる

あと一歩
近付く事を躊躇うのも、恐れるのも
近付く事を拒むのも、見ないふりをするのも

恐らくそれほどの距離


離れた体温を切望する自分が嫌で、ヴィティスは数歩凍りついた大地を進んだ
それによってフィールは少しだけ遠くなる
これで良い
この距離を保たねばならない……それが無理なら――――……
「フィール…私は…――」
全く滑稽だ
秩序が乱れねば保たねばとすら感じない
乱れれば、もう元には戻らない
戻ったようなそれは、イビツで触れれば崩れてしまいそうに脆い虚像
ひび割れた硝子にすら劣るのだろう
「ここには居られないのかもしれない……」
この身を裂く冷気の中で温もりを切り離そうとも
その存在だけが
この存在のみが
自分を放してはくれない
欲と言うものは限りが無いから、抑えられるにも限界があるというのに

ヴィティスの言葉は至極自然に零れ落ちたように見えた
「どう、して?」
フィール自身が驚くほどに静かにその言葉を受け止め、理由を問うた
何の事は無い
風に溶けそうだと捕まえた人が、己は溶けるのかもしれないと言っただけ

硬質の風は互いにぶつかり軋んで悲鳴のような声を上げた
理由は語られないのだろう
それこそが理由ゆえに
「……」
「どこに行くつもり?」
「……」
「会いにいける所?」
風だけが、悲鳴に似た答えを返す
数歩の距離は遠くは無い、なのに声は届いていないのか
理由は言えぬまま
望む結果をヴィティスは口にする
「…君の幸せを、願い…望む」
ただ、それだけ

続く言葉は多くあったろう
なら、と
何故、と
何一つフィールは口に出来なかった
彼の言葉は、応えを必要とするものではなかったから
それを理解できるほどにヴィティスの事は知っているつもりだったのに
今言うべき言葉は見つからない

 

しばしの沈黙
いつもなら気にならないそれは余りにも痛々しい
風が上げる悲鳴の中
お互いに次の言葉を恐れ、続く言葉を待っていた

訪れたのは

別れの言葉

謝罪の言葉

疑問の言葉

そのどれでもなくて
真白な空が耐え切れなくなったかのように舞わせた氷の欠片
羽根のように風に乗り
今年初めての雪は、大地にその身を躍らせた
言葉は無いまま2人は空を見上げる
「…雪、か」
そうひとりごちて
ヴィティスは間近に舞い降りた真白なそれに手を伸ばす
「どうりで……空気が冷えているはずだ」
決別には相応しいのか
寒々しく、触れれば消える氷の羽根

 

 

舞うそれは優しくて温かいような気がした
自分の前に立つ……ヴィティスに似ているような気がした
だからか、雪に手を伸ばす姿は息を飲むほどに綺麗で
ほんの一瞬だけ
どうしたらと焦る気持ちが消え、フィールはただぼんやりとヴィティスを見つめた
何を言うべきかなんて分からないまま
言いたい事だけを思い出した
「……雪が似合うんだね、知らなかった」
「……?」
ヴィティスにしてみればフィールのその言葉は予想外で
ゆると視線を言葉を動かす
その藍色の瞳が、己だけを映せば良いのにとフィールは思う

ここに居られない理由をヴィティスは見ているのか

傍に居られるだけで良いと思っていたのに
皆の事が大好きで、ずっと一緒に居たかった
ヴィティスの事だってそう思っていたはずで、なのにいつからか彼が特別だった

触れたくて……でも恐くて
傍にいたくて……だけどそれは痛くて

知らない思い、知らない感情
抱くそれらは今まで感じたことの無い、ドロドロと暗い…でも強いもの
そんな自分が嫌で認めたくなんてなかった
どこかに行ってしまうかも知れないと……あなたが言うから
それは言い訳か
ああもう、それすらどうでも良い

「―――……きなんだ」
「……何?」
「ぼくは……あなたが好きなんだ」
何度となく告げた言葉
さけれど、それは全てではない
言葉に収まるほど、綺麗な想いなんかじゃない
「……」
ほんの少しだけ、藍色の瞳が揺れた気がした
数歩あいていた距離を詰め、後に下がろうとするヴィティスの手首を掴む
今度は理由があった

「ヴィティスに触れたかった、触れて欲しかった」
この想いの名なんて知らない
『どうすれば行かないでくれるか』ではなく、どうあっても行かせたくなんて無かった
言わないでおこうと思っていた言葉は
一度口にしてしまえば、何故黙っていられたかが不思議なほどすんなりと口をついて出る

「ぼくだけを、見ていて欲しい」
ぼくを見て?ぼくを想って?
何も言えずにいるヴィティスの襟を掴んで、背伸びをしてやっと足りる長身の彼に口付けた
「……ぼくの傍に居て」
間近で囁かれた言葉は、間違いなく真剣なもの
微動だにせず見下ろしてくるヴィティスに、フィールは居心地が悪そうに視線を彷徨わせた
だけれど手を離す事はせず
どう返ってくるか分からない答えを待った

「……」
「……」
「……」
「……」

随分待ったと思う
息が出来なくなるほどの緊張感
これ以上続いたら倒れてしまうかもしれない
おずおずと、ぎこちなく顔を持ち上げれば
掴まれていない方の手で口元を抑え、信じられないとでも言いたげにヴィティスは今だ自分を見下ろしていた
もし、気のせいでなければ……
ほんの少しだけ、その顔は赤く見えた
「あの…ヴィティス?」
促され、やっとの事でと言う風に口を開く
「……まさか……」
深く溜息をつき、目を閉じた
「まさか、君がそんな事を……言うとは」

半分勢いに任せての告白は頭が冷えてしまえば恥ずかしい事この上ない
指摘され、改めて自覚したフィールは
顔を真っ赤にして、あわあわと慌てる事しか出来なかった
言い訳をするようなものではないし、蒸し返す方がずっと恥ずかしいだろう
「あのっ…でもっ……」
何か言わなくてはと口を開いても、出てくるのは意味をなさない言葉の羅列
情けなくて泣き出してすらしまいそうな感情をフィールはどうにか堪えようと俯いた

絶対に、呆れられた

鼻の奧がつんとして泣くなとどんなに言いきかせても視界がぼやける
出口が無い感情が、やっとはけ口を見つけたかのように
「…フィール?」
見られたくない顔だっていうのに
ヴィティスは冷えた手をフィールの頬に添え自分を見るよう促した
逆らえず見上げたヴィティスの顔は、やはりぼやけて見える
「何故、泣く?」
表情は分からない
それでもフィールは少しだけ気持ちを落ち着かせた
声が心配そうだったから
本当に理由がわからず、困惑しているように

「だ…って……」
声が出しにくくて、数度浅い呼吸を繰り返し言葉を選ぶ
「ヴィティスに…嫌われるのもっ…呆れられるのも…いや、だからっ……」
情けない自分が嫌になるんだ
そう続けようとした言葉は声にはならず、喉の奥で消えた
さっき
やっとの思いでとどいた唇がフィールの口に触れる
遠慮するかのように口の端に
かすめるほど微かで一瞬
だけどひやりとした体温は、そのまま残った
「――…え?」
驚いて、フィールは己の唇に触れる
「すまない、勘違いさせたようだ……少し混乱していた。呆れていた、わけではない」
「え…あ……じゃあ、ヴィティスは……」
「――……」


近付き過ぎないようにと
触れてはいけないのだと
そう言いきかせていた理屈や倫理観念、そして理性
ヴィティスにしてみれば己を形作る全て

どうして…彼に求められただけで、こんなに簡単に無視できるのか
理解出来ないままヴィティスは口を開いた
「…傍にいても構わないのなら……それを、フィール…君が望むなら」
言葉にするのは幾分難しかった
だがフィールはそれでも告げたのだ
躊躇ったあと、続ける
「傍に、あろう」
触れられ、その熱に浮かされているのか
だけれど心の底から欲したのもが手の内にあるというのに、どうして手放す事が出来る
「君を…」
止めろと、自分の中で声が響くのを聞いた
それは親友に対しての、これ以上無い裏切りに違いないのだ
ヴィティスは瞳を閉じる
その声ごと後ろめたい思いに蓋をするように

今だけで良いから
フィールのことだけを考えていたかった
「君を…愛しいと思う」

口に出してしまった後胸に去来したのは、後悔だろう恐怖だろう
ほらもう無かった事には出来ない、逃げられやしない
逃げる機会はとうの前に塞がれてしまった

好きだと、真摯な言葉で告げられた時だろうか

逃がさぬようにと、手首を掴まれた時だろうか

それとも初めて出逢ったその時から……

今さら知れたところで、どうしようもない事象
離れなければいけないと思うほど、この少年が特別だという事だけが事実

 


しばし唖然としていたと思う
それこそ少し前のヴィティスと変わらぬほどフィールは固まっていた
彼は今、何て言ったのだろうか
何度も何度も心の中で反芻し、聞き間違いで無ければ良いとフィールは思う
確かめるように
フィールはヴィティスを抱きしめた
抵抗は無く、震えるような吐息だけがフィールの肩口をかすめ
白い姿をとり消えていく

変わらず舞う雪だけが確かな形を保ち、辺りの空気を凍てつかせていた

寒さのせいか、それとも全く別の要因のためかヴィティスは小さく震え
同様に震える腕を躊躇いがちにフィールの背に回す
どれほどそうしていたろうか
長い間外にいたヴィティスにしてみれば、衣服越しですらフィールの身体は温かかった
冷たいだろうと身体を離そうとしたが
フィールの腕は背に回されたまま離れようとするヴィティスを引き止める
体温を奪われているのはフィールの方であるはずなのに、離れる体温が惜しいとでも言いたげに強くヴィティスを抱いていた
顔は肩に埋められ、表情は見えない
「……冷たいだろう?」
溜息混じりに、言いきかせるようにヴィティスが呟けば
フィールは笑ったようだった
「うん、でも……」

風が、また悲鳴地味た声を上げる
沈黙はすでに苦ではない

「―――…もう少し、このまま」
幸せそうに抱きついてくる少年に、やれやれとヴィティスは苦笑を浮かべる
少しでも冷やさぬようにと再びその身体を抱きしめながら

 


――すまないな

亡き友への謝罪は、声にならず溶けた
伝える事すら意識には上らなかったというのに
伝えられた想いを触れてくる手を、手放す事は出来なかった


冷えていたはずのものは、やはり炎なのだと

 

 

END

 


□□□□□□□□

告白話はロマンですね!(^^ゞ(とりあえず私の)
ものすごい時間かけて書いたんで、前半と後半文体違うんじゃないかと思うほどですが
自分の親友の息子が相手ってのは
男同士とか、種族の差とか、年齢差とかをもろもろ無視しても
ヴィティスの中では大きな問題だと思います
もしカインの息子じゃないんだったら、もう少し簡単にくっ付くに違いない
いやまてそうしたらヴィテフィになるような…
むしろこの話自体がフィルヴィフィルみたいな気がするのは私の気のせいですかー!?
受けが年上だといっつもこうだ、こんちくしょー!(落ち着け)

ま、まあやはりいちゃつくのを書く上で
こういった話書かないと落ち着かんのですよ
これで心置きなく、ラブい話がかけますね♪いやあ楽しみ

フィールの性格と言うか、口調が定まらない今日この頃でした(書きなれるしかないのか?)


ではでは、ここまで読んでくださってありがとうございました〜vv

 

 

 

 

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