「希望」を守るのだと

疑う事も無かったというのに―――

 

―小さな手―

 


音をたてぬよう細心の注意を払い、ヴィティスは地に降り立った
いつもなら後に流してしまう髪が視界を遮断し、それが邪魔でかき上げようと手を伸ばす
だか
いつも通りの姿を見られるのは何かと面倒だ
もしかしたらOZとしての自分を見たものがいないとも限らないのに
それでは何のために堅苦しい制服を置いて、人間が普段着ているような服を着てきたのかわからない
「…慣れない事をするのは大変だな」
視界を遮る金色の髪を、ほんの少しわきに流し浅く溜息をつく

本来なら必要が無いのかもしれないが、気になるものは仕方なかった
あれから何年たっただろう
カインの忘れ形見はどう育ち、神々の子はどうなったのか
自分以外に調べさせるなんて事は出来ず、もし知りたければ自分で動くしかなかった

神々の気をそらしていられる時間は大して長くは無い
御使いの長である自分がいない事を気取られずにすむのは、長く見積もっても今晩までだ
「……」
降りる前に村の位置は確認しており
迷う事も無くヴィティスは歩を進めた
木々の間を抜け、目の前に広がった村は本当に平和に見えホッとする
数年前
OZである自分達が訪れたのを最後にして、ここは狙われはしないはずだった
それは間違いなくヴィティスが仕向けたわけで分かっていた事
そう理解はしていたが、実際にみることが出来なくては実感のわきようも無いのだろう

「フィール!こっち来てみろよ」
「ま、待ってよ!!」
遠く駆け回る子供達の姿は、確かにある平和を示している
ただ無邪気で楽しげだ

ここに神のしもべどもは来ていない
そう実感できただけでも来たかいはあったのかもしれない
ヴィティスとて多くのしもべを動かせるとは言え、神々が従える全てを管理できるわけは無いのだ
あずかり知らぬ所で滅ぼされていたなどと言う事も無い話というわけではなかった
「……あれ、か?」
あとは、カインの忘れ形見の事が気になった
子供の成長は早く、名も知らない
そんな人物を果たして見つける事が出来るかどうか、ヴィティスにしてみれば不安だったが
すぐに心配は杞憂だったと知る
先頭を行く子供の後を追うように小さな少女の手をひく少年
薄灰色の髪に同色の瞳
その瞳は温厚そうに見えたが、同時強い意志を感じさせた

相変わらず、よく似ている

いや…ますます似てきたと言うべきなのか


少年が、呼ばれた名を繰り返す
「フィー……ル…あれが、君の子なんだな」
大きくなったと思う
ほんの少しだけ口元に笑みをのせヴィティスは目を細めた
笑う顔は年相応で無邪気だった
カインの子供の事だ、真っ直ぐに育つ事だろう
これなら何も心配はいらない

あと15年ほどで良い、「希望」を守り続ける事が出来れば……
「カイン、君の願いはかなうのか…?」
呟いた言葉は空気に溶け答えは何一つ返らない
もとより答えは必要ない、答えなどまだ出はしないのだから
蜘蛛の糸よりも細いかもしれない未来
神々を倒せるほどの力が無くては……意味がない

ぼんやりと己とは縁遠いのどかな風景をヴィティスは静かに眺めていた
邪魔するべくも無い、触れる事など考えも及ばない世界
その絵画のような景色の中

名も知らない遊びは唐突に中断された

大人が子供達に声をかけたようだった
この距離では声までは届かないから、会話の詳細は分からない
ただ先頭を行っていた子供が嬉しそうに駆け寄った所を見るに彼の親なのだろうとは予想がついた
そうして
フィール達を呼んだらしかったが、フィールは遠慮するかのように首を振った
手を振って、別れて
背を向けて楽しげに立ち去る友を見る表情は暗い
心配そうに覗き込む少女に向ける笑みは、幼子が浮かべるようなものではなかった
酷く悲痛で、哀しかった
「……」
小さく首を振り、先ほどまでの安穏とした意識を避けた
いくら大人達に手助けされているとは言え、父親が居ないことの影響は大きい
自分が思うよりも遥かに
そう思い直しヴィティスは溜息をついた
考える事を得意とする人間やカテナの悪い癖だ、自分にとって都合よく解釈してしまう
ほんの一面を見ただけだというのに

大丈夫なわけが無い
己が犯した罪から逃れられないように
あの少年も、確かに負ったであろう傷からは逃げられない
自嘲気味の微笑を浮かべた時だろうか
俯いていた少年が顔を上げた
「――っ…」
かちりと視線が合う
マズイと思いはしたが、そらす事も不自然な気がして
出来る限り無関心に灰色の瞳を見つめ返した
ただの偶然だ
それは気にするべきも無い事

だと言うのに、彼は近付いてきた
「……どうしたものかな…――――」
途方にくれた小さな囁きは、風にかき回され、すぐに消えた

 


両親がいる事が少しだけ羨ましくて
自分がドロシーと2人っきりであるかのような気がした
あんなに良くしてもらえてるのに
寂しいと、思う
そんな自分が嫌で、吹っ切ろうと顔をあげた時
その人と目が合った

淡い輝きが漂う中
たたずむその人を見た時の気持ちは、どう表現すれば良いのか分からない
見た事が無い男の人
現実だとは思えないほど現実離れしていると思う
少なくとも、自分達と同じだとは感じられなかった
もっと別で……みんなが知らない生き物のような気がする

だけれど、分かった

あの人は、ぼくに会いに来たんだ…と

ドロシーの手をひいて近くにまで歩いていく間、彼に動く気配は無い
間近にまで寄って
その人の瞳の色が深い藍色だった事を知る
なら不思議な話、どうして目が合ったなんて分かったんだろう
綺麗な金色の髪が瞳の色を隠してしまうから、もったいないと思いながら
フィールは背の高い男の人を見上げた
「だれか、待ってるの?」
いちおう確認してみる。たぶん答えは知ってたけど

「……そういうわけではない」
曖昧な距離感を感じたのは、恐らくヴィティスだけだ
フィールにしてみれば他人でしかない彼は、フィールの父親を殺めたのだから
微妙な間合いに首を傾げはしたが躊躇無く彼は手を伸ばす
「なら…」
小さな腕を伸ばし触れてくる体温に、一瞬ヴィティスは手を引きかけた
だが何を考えているのかが分からず
混乱した頭は反射的に他人の温度を避けようと動きかけた身体を押しとどめ、相手の出方を待つ
「一緒に、遊ぼ?」
きゅうと手を握りフィールは笑いながらヴィティスを見上げた

フィールの手は小さくて、それでも確かに温かかった

何かを言おうと思った

だが何を言えばよかったのか


ヴィティスには理解できず、思いつく言葉も無い
元より子供の相手など考えにも及ばない
本来ならフィールの後に隠れるようにして、こちらを見上げる少女の反応が普通のはずだ
警戒心がある者なら、神々のしもべが闊歩する今現在知らぬ者には声をかけないだろう
…御使いであるかも知れぬのだから

「…お兄ちゃん、知らない人…だよ?」
びくびくと長身の見知らぬ青年を見上げるドロシーに、フィールは安心させるように笑った
「心配しなくて良いよ、ドロシー」
ふわと淡い発光体が2人の子供の周りをくるくると踊る
楽しげに、親しげに
カテナから見てもそれは驚くべき光景だ
もし彼がカインの子供だと知らなければ、我が目を疑った事だろう
「ほら、この子達が大丈夫だって言ってる…優しい人だよ」
手を伸ばせば
戯れるように小さな手の上を舞う
随分と交感能力が高い…外見だけでなく血も色濃くひいたんだな
それはどこか懐かしい光景だった
「…母親はどうした?」
やっとの事で口からこぼれた言葉は、もしかしたら的を外していたかもしれない
優しい声音で訊ねられ
フィールは俯いて、そうして笑った
「……父さんも母さんも…居ないんだ」

この人だったら分かってくれるんだろうか、そう思う
笑っていても酷く孤独だと感じる矛盾を

「…何?」
表情を変えぬまま、それでも声音には小さな驚きがあった
「遠くに、行っちゃったんだって……村のみんなが教えてくれた」
でもとフィールは笑う
「大丈夫だよ、村の人たちみんな優しいから」
エテリアが小さく鳴く
それは代弁だろう

ヴィティスは気付かれぬよう歯軋りをした
知らなかったというのは言い訳だ
母親ですら居ないと言うのか、まだこれほどに幼く小さな子供に
そうして私はそんな彼から父親を奪ったのか、理不尽な刃を用いて
それは後悔か
知らないし分からない
ただ酷く哀しかった、悲しかった
どんな顔をヴィティスはしていたのか、見上げてくる灰色の瞳はほんの少し揺れて
本当に嬉しそうにフィールは笑う
「ありがとう…でもぼくには妹のドロシーもいるし…大丈夫」
「……そうか」
まだ、無理をしているのだろうとは思った
感謝の意味は理解しがたかったがエテリアが何か伝えたのかもしれない
少なくとも
私が、今しばらくここに留まろうと思った事は

力強く引くでもなく、だからとて離すでもない小さな手を握り返しヴィティスは微笑んだ
いつもする事が無かった表情は思いのほかすんなりと浮かんだ気がする
「遊ぶ…んだったな、付き合おう」
「うんっ!」

手を引かれ、触れる必要は無いと思っていた景色に足を踏み入れる
くすぐったいが温かいそれは
小さくとも確かな痛みを伴うものだった
ここに居るべきは己ではない―――それを知るゆえの痛みだ

「肩車、出来る?」
「構わないが……危なくはないか?」
「大丈夫だよ!乗せて!!」
持ち上げてと言わんばかりに両の手を伸ばす
向けられる笑顔は屈託がない
やれやれとしゃがみ込み、軽すぎるその身体を抱き上げた

不快ではない
だけれどどんな名を付ければ良いのか
この思いは

肩の上で楽しそうにはしゃぐのは、カインの言う希望なんかじゃなく本当にただの子供
少しだけ怯えが残るドロシーは
それでも羨ましそうに兄を見上げる
村の人たちの中でも、彼ほどに背の高い人は居なかった
そこから見える景色はどんなものなのだろう

おずおずとヴィティスの服の裾を掴み
期待のこもった眼差しで見上げてくる少女は掛け値なしに愛らしい
手を差し出せば
しっかりとしがみ付いてきて
抱き上げれば、恥ずかしそうに少女は笑う
「すごいね、お兄ちゃんを乗せたままだよ?」
「このくらい大したものではない、君もフィール君も軽い」
楽しげな彼女やフィールに反応したのか、くるくると楽しそうにエテリアがヴィティスを中心に舞った
綺麗な光景だった
少なくとも神々に搾取されているそれよりは酷く幸せそうだ
「エテリアが喜んでいるな……君達は随分エテリアに愛されているようだ」

ふわりふわりと
重みを感じさせない輝きは
風に飛ばされる事はなく、軽やかに空気をぬってまわる

それに目を細めるヴィティスに、フィールが驚いたように顔を寄せた
「この子達が見えるの?」
「ああ、君が言う光はエテリアという」
見える事が以外だったのか、声は少し上ずっている
「ぼく達にしか見えないと思ってた…みんな変な顔するから……」
そうか…人間にはエテリアは感じられなかったか
「だろうな、人間にはエテリアは感じられない……安心するといい、おかしい事じゃない」
「そうなんだ?」
小さな手が頭の上をすべり
下ろしたままの髪がさらさらと流れた
視界を覆うそれは、やはり邪魔だと思う
だけれど…悪くはない
腕の中の少女が、光に手を伸ばし反芻するように口を開いた
「エテリア…って言うの?」
「ああ、君達を守ってくれるはずだ」

 

フィールは、何度もその名を呟いた
初めて聞いたはずの「エテリア」という呼び名は、口に出すとしっくりきて
ずっと前
もう覚えてはいないけど
誰かが、そう言うんだって教えてくれたような気がした

何故、この人にはエテリアが見えるんだろうとか
「人間には」と言うこの人は、じゃあ人じゃないんだろうかとか

フィールにしてみれば不思議な事だらけだったけれど
ただ嬉しかった
他の大人の人たちとは違い彼は本当に自分達だけを見ていてくれているのだと分かっていたから
感覚的なものでしかないそれを
疑う事すらなく、信じていた

 


遊ぼうと誘われたものの、どうしたら良いのか分からないまま
ヴィティスは子供達の言うように歩き、話を聞いた
それで分かったのは
確かに彼らは幸せなのだということ……そして

その手が暖かいということ


太陽がその姿を低く保ち、影を長くのばし始めた頃
ヴィティスは静かに空を見上げた
刻限だ
それの意味する所が理解できたんだろう、フィールはヴィティスの手を強く握った
「ね、ここに居てよ」
「……」
すがるような瞳に、ヴィテイスはどう答えていいか小さな戸惑いを覚える
答えは決まっている…だが、どう言えば悲しませずにすむのか
「…行かなくてはならない」
手を離すようにうながし、慣れぬ手つきで頭を撫でる
「……また、会える?」

会おうと思えば不可能ではない
だが会う必要はないはずだ、むしろリスクの方が高すぎる
真っ直ぐ健やかに育っていてくれれば良い
そこに己は不必要だ

「時が来たなら」

神々の子の事は分からないまま
しかしエテリアの偏りはなく、穏やかなここが神々に感知される危険性は低いはず
だから
今度会う事があるとすれば
こうやって手に触れる事もなく、交えるのは刃

「その時まで、私は君達を守ろう」


守るのは「希望」というだけのものではない

「フィール、ドロシー、どうか健やかに」

ただ素直に君達を守りたい
その小さな手を

 

 

忽然と消えた虚空を見つめ、フィールはドロシーに笑いかけた
「ぼくらは2人きりじゃないね」
「あ…でもお兄ちゃん、お名前聞くの忘れてた……」
「うん、でもまた……会えるよ」

あの人から名を聞いた光が、肯定するかのように小さく揺れた

 

 

 

END

 

 

□□□□□□□□□□

一話をやるたびに思う。何でこの2人ってエテリアって呼び名知ってるんだろう……
んで、ヴィティスだって一度くらい様子見に来たくもなるよね?って事で足して2で割りました(オイ)
エテリアは人間には見えてないはずだし
父親の事を綺麗サッパリ覚えてないんだから父親から聞いたわけもないわけですよ
これでエテリア当人から聞いたとか言われたら、少し悲しいかもしれません
子供フィールが異常に書きにくかった……そういやこの子、断章しか出てこない子だったね(しかもセリフがない)
フィルヴィっぽくなんないかなと思ってたら
普通にお父さんみたいだったよ、ヴィティス…肩車想像して和んじゃったよ
これで、ヴィティスと再会したら(4話)どんな話になるのか…さすがに憶えてるだろうし
あ、興味深い(こうして書きたい話だけが増えていく〜)


でわでわ!ここまで読んでくださってありがとうございました〜vv


しかし知らないお兄さんと遊ぶ二人を見て周りの大人は心配しなかったんだろうか(笑)

 

2005,12,2


 

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