本当に賢い人ほど
予想外の出来事にはてんで弱かったりするのだ

そこに潜むのは、どこまでも簡単な答えだったとしても

 


――夕暮れ時の帰り道――

 

 

もうしばらくすれば、赤みを帯びるであろう空は青い色を静かにたたえていた
吹く風も流れる雲もひどく静かで
時の流れというもの自体がゆるりと感じられる
スカーレルは、空を見上げたまま一度深呼吸をした
自然が多いゆえの澄んだ空気は、自分が馴染んだ海風とは違っていて新鮮だ

「さあて……そろそろ帰りましょうか……」
特に用事があるわけでもなかったスカーレルの気ままな散歩は
四つの集落を回る事に費やされていた
風雷の郷から始まり、ロレイラル地区、メイトルパと回った所だったのだが
今から考えればメイトルパは最後に回るべきだった
自分の性格上ヤッファとかち合わせすれば、どの酒が手に入っただの
今度はいつ飲みに来るのだのといって長くなるのは目に見えていたのだから

まあ後の祭りと言うやつなのだが

案の定時間を取りすぎており、ファルゼン達に会いに言ってしまえば船に戻る頃には
夕飯を食いっぱぐれるのは目に見えていた
「まあ…少し覗く時間ぐらいならあるんでしょうけど……」

折角時間が作れたのだから、島の住人達とはキチンと挨拶はしておきたい
そう思い
一度は帰路に向けた足をサプレスの集落へと向ける
どうせ帰り道も似たような方角だ、ほんの少し遠回りになるくらいかまわないだろう
自分を納得させるには充分な理由を頭に思い描きスカーレルは、足取り軽く道を急いだ

 

 

 

どれほど歩いた頃だろうか
チラチラとした水晶の光は、落ち始めた日の光を受け紫色に輝いている
遠目からすらそれは神秘的でスカーレルは目を細めた
もう少しだろうと足を速めようとした時聞き覚えのある声を聞いた……気がした
「……センセ?」
ゆるりと辺りを見回しても人の気配は無い
……気のせいだったのだろうか?
でも空耳にしては随分ハッキリ聞こえたのだ
耳に心地良い彼女の声を聞き違うはずが無かった
立ち止まり、スカーレルは耳を澄ました
サワサワと草を流す風の音と木々のざわめき、それに混じってかすかに笑い声が聞こえる
「……?」
それは自分が探していた彼女の物ではないようだった
もしかしたらサプレスの住人達と談笑でもしているのかもしれない
「ま、行ってみても損は無いわよね?」
誰に問うたでもなく紡がれた言葉は静かに消えた

辺りに点在する水晶を避けながらスカーレルは声のする方向への最短距離を急いだ
キチンとした道ではないそこは、かなり足場が悪い
だというのに、まるで舗装された道を歩いているかのごとく素早い
高台に出たスカーレルは、ほんの少しの躊躇いすら見せず飛び降りた


「スカーレル!!」
着地した先の広場で、スカーレルは確かに予想通りの人物を見つける事に成功する
しかし人数までは予想できなかったようだ
「…………セン、セ?」


広場に存在するステージのような場所に、緋色の髪をした我らが客人が二人に分裂していた


その周りに群がるヌイグルミの集団みたいなあれはギャラリーだろうか
いやギャラリーかどうかは置いておいて
今考えなくてはいけない場所は、彼女が分裂という特技を持っていたという事だろう
「あ、あの…アティ?」
戸惑い気味に名を呼べば、ステージの上にたたずんだまま
はい?と二人同時に首を傾げる
「…………」
声など出るはずも無い
何かを喋ろうとしたはずなのに、口は言葉を発せず陸に上げられた魚のようにパクパクと動くだけだ
同じ顔をした人間が二人いる衝撃というものをスカーレルは今はじめて味わった気がした

双子なわけがないのは分かっている
では何なのだろう

「どうかしたんですか?スカーレル」
「顔色が悪いですよ?」
様子がおかしいスカーレルを心配しての事だろう、アティ(二人)はステージから降りると
小走りにスカーレルの前までやって来た
顔を覗き込んでくる、アティ達にスカーレルは頭を抱えたくなった
両手に花だなんて冗談を言う気にすらなれない
「悪い夢……かしら」
すがるように呟いたが、そんなわけが無い事は何よりも己自身が分かっていた
この時ばかりは素直に現実逃避を出来ない自分を呪いたくなる
『え!?スカーレル何か悪い夢でも見たんですか?』
「……お願いだから、はもらないでちょうだい」
『は、はい!』
「…………」

スカーレルは、とにかく落ち着こうと両の目を閉じた
暗くなった視界の中でどうにか頭を整理しようと試みる


とりあえず彼女が分裂したのは認めるべきだろう
もしかしたら体質とか病気なのかもしれない……そんな症例聞いた事は無いが
と言うか――――
分裂が出来るのだったら戦闘中そうしてしまえば随分と楽になるんじゃないだろうか
それで二人ともが抜剣するのだったらなんてタチが悪いのだろう
「あの…スカーレル」
ずれ始めた思考を中断され、スカーレルは驚いて目を開いた
目の前にいるのは、どこか心配そうに自分を見上げるアティその人だった
「大丈夫ですか?何か様子がおかしいですけど……」
「あ、あら…?」
沈む日の赤い光が差し込む広場にいるのは、気付けば自分とアティだけだった
ヌイグルミのようなギャラリーも
鏡に映したような二人目のアティも居はしない
……二人が一つに戻るのも簡単な事なんだろうか……出来ればそんな光景は見たくない


呆然と自分を見つめてくるスカーレルに、アティは恥ずかしそうに視線をそらすと
背を向けた
「あ、あの!もう帰らないと夕御飯に間に合いませんから……か、帰りませんか?」
「え…?あ、そうね」
あまりにもいつも通りなアティの様子に、スカーレルは素直に返事をする
まるで先ほどの出来事が本当に白昼夢であったかのように

スカーレルの返事に少しはホッとしたのだろう
アティは肩越しに振り返ると、いつも通りの明るい笑みを浮かべた
つられてスカーレルも淡く微笑み返す
「そうね、じゃあ行きましょう、センセ」
「はい!」


我が家である船に向かいながらスカーレルは考えた
もしかしなくても、キチンと話を聞いておくべきではないだろうか
今回見たのが自分だから良かったものの、頭の中が単純なカイルやソノラがあれを見たら
良くてもぶっ倒れるくらいはしてのけるだろう
遠まわしに理解させるにしても、もう少しばかり情報が欲しい所だ
「あの……アティ?」
意を決して、隣を歩く少女に声をかける
「何ですか?」
「さ、さっき……アティ、二人居たわよね……?」

とたん、笑っていたアティの顔が曇る
「あ、あの!話したくないなら良いのよ?で、でも仲間として気になるって言うか……」
悪い事を聞いてしまっただろうかとスカーレルは慌てて立ち止まった
「いえ…話したくないってわけじゃないです。あの…今回は上手くいかなくて……」
「は?」
な、何が上手くいかなかったって言うのよ?
分裂自体はどう見ても完璧だったのに
戸惑うスカーレルを他所に、浮かない顔をした分裂少女(仮)は言葉を続けた
「やっぱり動きが複雑になると難しいですしね」
「そ、そうなの?」
「はい」
分裂をして素早く動く特訓でもしていたのだろうか?
そうするとあのギャラリーは一体
「今日は趣向を変えて同じ姿でしたけど、やっぱりいつもの色違いのほうがホッとしますね」
「色違い!?」
へらりと笑うアティに、スカーレルは耐え切れず声を上げた
分裂まで出来て色まで変えられると
のたまうアティにスカーレルは数歩後ずさる
今まで同じリインバウムの世界の人間だと思っていたけれど
もしかしたら「名も無き世界」から召喚された新種の生き物かもしれない

「あの…?私、何か悪い事言いました……?」
どことなく怯えた様子で距離を開けられ、アティは不思議そうに首をかしげる
「今日のスカーレル、何だか変ですよ?」
むーという効果音がつくであろう不機嫌な顔で見上げてくる彼女は、どこまでも今まで通りの彼女だった
声すらも、スカーレル自身が心地良いと思うそのままで……
ほうと溜息を漏らし、今度こそ身体の力を抜いてスカーレルは笑う
「そう…ね。変なのは私のほうよね」
彼女が何者であるかなんて事は関係ないのだ
大事なのは「アティ」が自分達の仲間と言う事、そうして己にとって大切だという事なんだから

「うん。アタシ、センセが分裂するのは気にしない事にするわ」
「はいぃ!!??」

素っ頓狂な声にも、落ち着いたスカーレルは動じず相手の反応を待つ
彼女はと言えばあ然として自分を見上げていた
「どうしたの、センセ」
「あ、あの。私、分裂なんて出来ませんよ……?」
大きく見開かれた蒼の瞳は嘘などついている風もないし、その必要性も感じさせなかった
その様子に、スカーレルにも少なからず焦りが生まれる
もしかしたら
自分はとんでもない間違いでも犯してしまっているんじゃないか…と
肯定するものは居なかったが
それは何故だが確実のように思われた
「え?でもさっきから増えたセンセの話してたんじゃない」

「………あ!マネマネ師匠の事ですか!!」
ぽんとアティがこぶしで手のひらを打つ
「……マナマネ…?」
「ええ。どんな姿にも自分の姿を変えられる方で、あの人にものまね…というかダンスを教えてもらってたんです」
「…………」

 

スカーレルは一通りの説明に納得して遠く日の沈んだ空を眺めた
――――――穴があったら入りたいってこの事よねぇ……

 

夕暮れ時の帰り道、寄り道はするものじゃないと今更ながらに学ぶスカーレルだった

 

 

 

 

 


「にしてもスカーレルの様子がおかしいと思ったら、そんな勘違いしてたんですか〜」
ニコニコと何とも楽しそうに笑うアティにスカーレルは視線をそらしたままに低く唸った

「センセ、その凄く楽しそうな顔は止めてちょうだい。それでなくとも恥ずかしいんだから」
「うふふーだってスカーレルがあんな慌てた顔するなんて事滅多にないんですもん♪」


てくてくとゆっくり帰る帰り道
夕食には少しばかり遅れそうだった

 

 

 

END

 


□□□□□□□□

どうしよう、初めて書いたよ。
二人しか出てないのに、カップリングに見えない小説……!!(うわ)

ええと。この小説は穂月さんへの捧げモノです!!(気を取り直し)
以前のHPの時にキリ番22222を踏んで頂いてリクを賜った「勘違いして慌てるスカ」です
きっと穂月さんは、こんな慌て方を期待していなかったのは良く分かります
だって私もそうだったから!
最初は全然、こんな話の予定じゃなかったから!!(救えねえ)
これだけ馬鹿なスカーレルを書いたのは初めてです
ものすごい今更な小説ですが、受け取っていただければ幸いです(>_<)

その内リベンジします。
も少し色っぽい話を書くべく…!!!

穂月さん、申告リクエストありがとうございました……!!

 


2004 10、16

 

 

 

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