まひるのつき


 

 相反するものだからこそ、焦がれて惹かれるものがある。

 

 

 

 

 

 スカーレルは吐息を漏らし、静かに眠るアティを見つめた。アティの額には清潔そうなタオルが一枚、きっちりと折りたたんでのせられている。
 スカーレルはベッドの縁にゆっくりと腰を下ろすと、扉付近に佇む体格の良い金髪の青年、カイルに瞳を合わせ、首を傾げながら口を開いた。


「で? センセは何をやってこんなコトになっちゃったワケ?」

「いや、さっきのフリーバトルでな、大量のゼリースライムにあたったんだよ。
 先生がいつものように先陣を切って行ったらよ、ほら……アイツら、たまにやってくるだろ? あの……水しぶき?」

「遠距離攻撃ね」


 カイルの疑問に間髪を入れずスカーレルが答える。
 カイルはそれに頷き、扉を背もたれにして瞼を閉じる。おそらくはその時の状況を思い起こしているのだろう。


「遠距離攻撃を大量にくらっちまったあげくヤードがピコリットを召喚しようとするのを止めてそのまま突っ込んで殲滅させたんだ。
 ま、ここまではいつも通りだろう? だけど帝国軍との戦いで疲労も溜まってたみたいでな……。クノンが言うには一時的な免疫力の後退。要は風邪ってわけさ」

「……センセったら、本当に自分のことには疎いのよねぇ。全くもう、心配するアタシたちの身にもなってほしいわ。
 心臓がいくつあったって足りないわよ?」


 全くだ、と同感の意を示してカイルは扉を開けて出て行った。
 メイメイに風邪に効く薬を頼んでいるらしい。そろそろそれが出来上がる頃合いだそうだ。


「本当に……心配、させないでよ。
 アティ……」

 
 安らかに眠るその顔を見て、スカーレルは吐息を漏らすと同時に苦笑した。
 アティのことだ。大方ヤードの精神力を気にして制止をかけたのだろう。だが、自分の身体のことまではあまりよくわかっていなかったようだが。


「……タオル、取り替えるわね?」


 返事がないとわかっていながらも、優しい声色でそっと囁いてしまうのは、もしかしたら答えてくれるかもしれないと心の何処かで思うからか。
 瞼を開けないアティに、昔を思い出す。

『珊瑚の毒蛇』と呼ばれていた頃を。

 毒の種類は豊富で、その場に応じたものを使い分けていた。
 安楽死に見せて殺すこともあった。
 今のアティの顔を見ていると、本当に安らかで。
 あの時の表情を思い出す。
 今更、という言葉が相応しいのかもしれない。
 
 今更、犯した罪を償いたいと思う自分が、とても滑稽で。
 目の前の少女と対等にありたいと願う自分がとても愚かで。
 とても、吐き気がした。

「なんて、夢物語……」

 アティから自然に目を背けながら、スカーレルは自嘲気味た笑みを浮かべた。
 
 決して手に届かない、夢。
 純真無垢で、自分の信念を曲げたことが出来ない少女。
 その少女と自分が対等でいられるはずなど、ありはしないのに。


「蛇は……湿気の方がお似合いなのに……ねぇ」


 スカーレルがもう一度、アティに視線を戻すと微かに、睫毛が揺れている。


「アティ……?」


 スカーレルの言葉に反応するように、ゆっくりと瞼を開く。
 濃紺の瞳が虚ろに辺りを見回し、何度か瞬きをすると、スカーレルに焦点を合わせる。


「あれ……スカーレル……?」 


 段々と意識が覚醒してきたらしく、何故自分が此処にいるのか皆目見当も付かないといった表情で首を傾げる。
 スカーレルは、いつもと同じように微笑んだ。その顔に、今までの嘲笑はもうない。


「気が付いたみたいね。 もーセンセったら、無理しすぎよ?」

「あはは、すいません。でも、ヤードさん疲れてたから」

「そんなこと言って、アナタが風邪引いてたら元も子もあったモンじゃないわよ」


 優しくアティの額を小突くと、アティは素直にごめんなさい、と謝り、その仕草だけで十分反省しているとわかったスカーレルはアティに微笑みを返した。


「ほーらセンセ。もう少し寝て起きなさい。じゃないと襲っちゃうわよ?」


 本気半分、冗談半分でスカーレルが言いながら髪の毛を掬い上げると、アティは火照った顔を更に赤くさせ、慌ててベッドの中へと潜り込んでしまう。


「あーら、冗談よぉ?」

「スカーレルの冗談はタチが悪いんです!!」

「からかい甲斐のあるセンセがいけないわねえ、それは」

「私ですか!!?」

「そ、センセ」


 クスクスと笑いながら、アティの額に張り付いたままのタオルを取る。
 額の体温でタオルはとても温くなっていた。
 それをベッド脇に常備してあった洗面器の中で丁寧に洗い、多少水分を含んだ状態になるまで絞ると、そっとアティの額にのせた。

「どう? 気持ちいいでしょ」

「はい……。
 あの、ごめんね、スカーレル」

「謝るのは、アタシよりも今日のフリーに参加していたみんなにじゃない?」

「うん。
 ちゃんと明日には謝ります。でも、今一番近くにいるのはスカーレルだから」

「アタシは……センセとは一番遠いと思うわよ?」

「え?」

 
 突然言われた言葉にアティは目を丸くしている。
 こんなすぐ近くにいるのにもかかわらず、一番遠いと言われれば誰でも疑問符を頭に浮かばせることだろう。
 長く、沈黙の帳が降りる。
 何か言わなければ。そう考えてから言った言葉は、とても曖昧な言葉で。


「貴方は……太陽みたいなヒトだから……」

「……スカーレルってお月様みたいですよね?」


 同時に。
 寸分違わず同時に発せられた声に、スカーレルとアティは顔を見合わせた。
 己の声で相手の声が聞こえなかったわけではない。
 むしろ、鮮明に聞こえたその声が。
 自分に向けられたその言葉が。
 とても、驚かせられるような言葉で。
 本当に驚いた。


「……アタシが、お月サマ?」

「そうですよ。柔らかい光を持ったお月様です」

「そんな、大層なモノじゃあないわよ」

「うぅん、夜に浮かぶ月っていうよりは昼に浮かんでいる白い月、かな。
 ほら、太陽の光で月って輝いているじゃないですか。でも、昼のお月様って自分の力で光っているような感じがして……なんていうのかな。
 ……寂しそうです」


 最後の一言に、心臓が大きく慟哭する。
 当たっているのかもしれない。
 対等になろうとしても、なれない自分。
 犯してきた罪の多さに、贖罪すらもかなわない。
 ……見抜かれたのかと、思った。


「スカーレルは、どうして私のこと太陽みたいだって思ったんですか?」

「……みんなを平等に照らしてるでしょう? アナタのおかげで、島の人との交流も深めることが出来た。アナタがいなかったら、島の人たちといがみ合っていたかも。
 そう思うとね、アナタがいてくれてよかった、って思うのよ。
 多分、みんなもそう。だから、アナタは太陽みたいだと思ったの」

「あ、じゃあすごいですね! 私が太陽でスカーレルが月ですよ?」

「ええ、そうね」


 相づちを打つ。
 だが、内心では嘲笑っていた。
 自分が月になれる資格など、ありはしないのに。


「スカーレルと私、同じですね」

「え?」


 真意が、わかりかねる。
 何がどういった経緯で同じだと判断されたのか。
 スカーレルは、目を開いたままアティを見た。
 アティは何故か頬を上気させ――熱が上がってきているだけなのかもしれないが――こくこくと頷いた。


「この世界って、太陽と月、同じように回っているんですよ? 太陽の後を月が追いかけて、月の後を太陽が追いかけてるんです。
 ということは、照らしている世界は二つとも同じってことでしょう?
 太陽が出ているから世界は明るいけれど、太陽だけ出ていたら草木が干涸らびちゃうし、月だけが出ていても寒くて食物が育たないから、世界の均衡って崩れるんです。
 ……軍学校にいたころ、天文学に詳しい友達が言ってました。
 ってことは太陽は月に支えられているって事ですよね? それって、すごいことだと思わないかな……?」


 言葉の語尾の方が段々と小さくなっていくのは、相手がそう思っていなかったらどうしようかと思ったからなのか。
 スカーレルは微笑して、アティの頭に優しく手を置き、小さく小さくうなずいた。


「ええ……ええ、そうね……。
 とても、すごいことだと思うわ。
 ……本当に、ね」

「ですよね! よかった、私だけじゃなくて。軍学校にいた時にすごいことだって言ったら、友達に自然の理だからすごいことじゃない。って言われちゃって」

「すごいじゃない? どちらが欠けても、この世界はこの美しさを保てないんでしょう?」

「スカーレルにそう言ってもらってちょっとは自信がつきました! 私が思っていることはやっぱりすごいことなんですね」


 額に当てていたタオルが落ちたのにも気付かず、両手を力強く握って力説するアティを落ち着かせ、もう少し寝ているように言った。
 その言葉に、アティは顔を赤面させて小さく返事をすると、瞼を閉じて眠りについた。
 しばらくすると、静かだが、安定した寝息が耳にはいる。


「センセ……? もう寝ちゃった?」


 返事はない。
 スカーレルは一笑すると、ゆっくりと立ち上がると、アティの額にあるタオルを取って代わりに手を添える。
 熱は大方下がったようだ。
 あとはカイルが持ってくる薬を飲ませれば明日には回復するだろう。


「……ありがとう、アティ。
 気付いていないんだろうけど、アタシ、嬉しかったわよ?
 貴方の支えになっているコト。 
 いつかは、真昼に浮かぶ月のような孤独を抜けて、貴方の支えになることが出来るのだと、思えるのだから……」

 
 アティの額に乗せていた手をどけて、己の眼でそれを見る。
 
 血にまみれたこの手で、この少女を幸せにはしてあげられないけれど。
 
 幸せになる手助けは、してあげられるかもしれない。

 真昼の月から、月明かりの美しいあの月へと変われる時に。

 けっして、望みはしない。
 
 自分の手で、幸せにしてあげることなど、決して望めない。

 今も血に塗れるこの手では、きっと無理だから。


「でも、これだけは……許してね……?」


 眠るアティに一言だけ、断りを入れ。
 アティの額に口づけをした。
 軽い。
 まるで、羽根が触れるかのような。
 そんな口づけを……。

 そして、誓う。

 
 この少女に、綺麗なまま、自分の夢でいてもらおう、と。
 そのためなら、自分は汚れた道だって歩けるから。

 

 

 

 太陽の光を見たまひるのつきは。

 何を思う?

 

 

 

 

 

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或野さんのHPで2222ヒットを取ってリクエストした小説です♪
こんな素敵な物を、本当に貰っていいの怪しい気さえするのですが……!!
「まひるのつき」と言う、発想にほれぼれですv
ああ〜なるほど!そんな感じ!!と納得するしかないような感じですね!!!
スカーレルとアティの
微妙な距離とこの切ない感じが大好きですvvいつか私もこんな綺麗な文章を書いてみたい!!
或野さん、ありがとうございました!!!(^^)

 

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