ただ悲しかった

約束を破られた事……なんかじゃなく

約束を破らせた事が

 

ただ酷く……悲しかったんだ

 


――夢乞い人・2――

 


戦争は終了した
デュルクハイムにとっては望む形で、マーキュレイ側にとっては不本意な形で

デュルクハイムはマーキュレイの英雄とオーディネル兄弟の片割れに多くの兵を殺され
マーキュレイは切り札を失ったのだ
おかしい話
量だけで言うなら前者の方がはるかに多いのに
国という存在を通してみるならば、後者が重要らしかった

 


広くは無い個室
息が詰まらないようにと配慮してあるためか、いやな雰囲気は無かった
黙り込んで何も口にしない彼らには関係の無い事かもしれない

部屋の誰もが認めたくは無かった
目の前で起こった事象を否定するには、口を紡ぐしかないのか
誰一人として何も語らず、重苦しい空気だけが辺りを覆っていた

広がる沈黙を破ったのは
部屋の中に居た誰か……ではなくカチリと鳴いたドアノブと扉を開く音
俯いていたレムス達は、顔をあげ来訪者を確認する
予想はしていたのだろう
意外そうな風も、驚いた風も無かった

自分達が泣いていたそれを
静かに見下ろしていた敵指揮官
「……君達は下がっていてくれ、僕だけで大丈夫だから」
後からついて入ってこようとした兵にそう告げ、ルーミスは静かに扉を閉じる
向き直った顔は、やはり静かなもの
勝利した者の誇らしさも……喜びも無い
だからと言って、同情や悲しさおも感じとれはしなかった
「マーキュレイ側と話はついたよ
和平が成立した、デュルクハイムもマーキュレイや他の国も今までのままって事になる
まあ一国でも外れたら、マーキュレイの政策も上手くいかないから仕方ないのかな」
誰も、何も答えないことを気にするでもなくルーミスは説明を続ける
「君達は数日中にマーキュレイに引き渡す、それで全部終りに―――――――…」
「何言ってるんですかっ…!?」
遮ったのは怒りを含んだレムスの声
「このままじゃ…世界が危ないんですよ!?クレヴァニールさんはそれを止めようと…それだけのために戦ってたんですっ!
なのに全部終りだなんて……」
「召喚術の危険…だね。分かってるよ、召喚術師がいるとマズイなんて事は」
「ならどうして!?」
詰め寄るようにして問うレムスに、ルーミスは一歩も引かぬままに答える
迷いも無く、後悔すら感じられぬ凛とした空気は確かに兵を率いる指揮官のものだ
「あの時言ってた言葉に嘘は無い、僕の命は惜しくないよ
でもルードヴィッヒ大統領はどうだろう?」

この世に残る召喚師はたかだか二人
だけれど命は奪えない

「戦争が終った今、もうあの人の命を奪うのは君達には無理なんだよ」
「でも僕達は…!」
小さく顔を横に振り、話は終わりだとルーミスは背を向けた
「それに魔素を消すなんて事は出来ないよ。机上の空論だ、君達が言っている事は」
ドアノブに手をかけたルーミスに投げかけられたのは
絶対的な自信を滲ませた少女の声
「……そんな事は無いと思います」
肩越しに振り返れば、色の薄い瞳を真っ直ぐこちらに向けルインチャイルドの少女は小さく頷いた
「マギーさんは出来るって言ってました
古代の技術に詳しいあの人がそう言ってくれたから……私達は召喚師の人達を倒してきたんです」
真剣な瞳
彼女に嘘は無い
そもそもクレヴァニールの仲間である彼女達が自分に嘘をつく言われはないはずだ

だとするなら……

「そのマギー…さんって人は、本当に古代の技術に詳しいのかい?」
「もちろんです。天使…といってもレプリカでしたけど
それを倒した時使った小型魔導砲を造ってくれたのも、あの人です」
質問に答えたのはレムスだった
今だ瞳に宿る光は剣呑で、クレヴァニールの命を奪うに加担したルーミスを責めているようでもあった
しかし、正直それはルーミスにとってどうでも良い部類に入った
許しを乞うほど軽い事をしたつもりもないし、だからと言って謝罪する必要も感じられない
自分という存在が怒りの対象なら甘んじて受ける気だった
――…そうしてくれた方が幾分かは楽なんだから

だというのに目の前でリーダーを奪われた彼女らは、あくまで冷静に質問の意味を問う
「どうして…そんな事を聞くんですか?」
「……もしそれが本当だって言うなら、可能性はあるんだ」
「どういう事じゃ?」
「ああ勘違いしないで、本当に可能性があるってだけなんだ
その機械を見なきゃ何とも言えないけど……もしかしたら召喚師が居たとしてもゲートを閉じる事が出来るかもしれない」
半端じゃなく危険な賭けだけど、とは言わぬまま
しばらくの間考えてルーミスは頷いた
「君達を引き渡す時は僕がついて行こう、その人物と会わせてもらえるかな?」
「もちろんじゃ、別の手があるなら喜んで協力しよう
あやつの最後の望みくらいは叶えてやれねば顔向けが出来ん」
神妙な顔で頷くヒエンに、ルーミスは小さく微笑した


小さな音をたて閉まった扉を眺め、残された三人は顔を見合わせた
微かに見えた希望
でもそれは絶対的な絶望の上に成り立った
まるでそれ以外の未来は無いと、最初から決まっていたような気すらするのだから
余計に報われない
良かったとも言えず、だからといって他に口にする言葉を持たなかった三人は
先ほどと同じく沈黙するしかなかった
「―――――…のでしょうか」
あいまいな空間に、するりと挟まれた声は小さくか細いもの
「ユニちゃん?大丈夫なの?」
フレーネの肩でうずくまったきりだった使い魔は泣き疲れたのか顔色が随分悪い
マスターを無くした影響かもしれない
「悲しく…ないのでしょうか……」
もう一度、ユニは同じ言葉を繰り返す
誰が…とは問わない
少なからず皆思ったことだった

彼の死を目の前にしたその時も、そして今も
あの青年はただ冷静で、まるでいつもと変わりはしなかった
敵同士、それを望むのは無茶なのかもしれない
だけれど死した彼は
最後の瞬間まであの人の事を気にかけていた
――――それは悲しいまでに開いた隔たりだろうか

 

 

それから数日後
無事に三人はマーキュレイに帰ってきた
約束通りルーミスに付き従って


「これで全ての魔素を消す、そして召喚師と召喚獣との繋がりを断つとなると……」
「いや、それは必要ないんだ、つまりはそれを繋ぐゲートを―――……」

理解しがたい会話を少しばかり離れた所で眺めながら、ルーミスの護衛としてついて来たバウアーは溜息をついた
「何か…難しい話してますねえ……大丈夫ですか?バウアーさん」
「少しは慣れてたつもりだったが、今回はいつにも増して難解だな」
付き合いで一緒にマギーの部屋にいたレムスは、苦笑いを浮かべるバウアーにつられて笑う
「でも…上手くいきそうで良かった」
「魔法を消して世界を救う……か、団長の遺言がどうのって話だったが随分とでかい話になったもんだ」
「ええ、僕もまさかこんな事になるなんて思いもしませんでした」
淡く笑レムスは足元に視線を落とす
「……きっとあの人も、思ってなかったんだと思います」
目の前で息を引き取ったというのに、あまり実感はわかないまま

いつでも真っ直ぐに前を見て、振り返ることの無かった赤い髪の優しい青年
世界を救わなければという時
自分には世界を救う自信は無いけれど、自分が大切に思っている人々の生活くらいは守りたいと
そう言って笑う彼を、レムスは誰の事より尊敬していた
「優しい人、でした。いえ…優しすぎたんですかね」
最後の時
本来なら彼は、バウアーの攻撃を避けられたはずだ
「お前を、庇ったんだったな」
思いがけない方向から空を翔けた矢が狙っていたのは、後方で援護をしていたレムスだった
避けなければと思うのに
動かない身体は目だけが矢を追っていた
マズイと思うより先に銀の風が目前をないだ
細い銀の刀身が矢を叩き落すそのさまは、まるでスローモーションのように見えたくらいだ

その時、反応が遅れたクレヴァニールをバウアーは見事に仕留めたのだ
「最後の最後まで、恨み言一つ言わず逝っちまいやがったな」
「はい…でも気になるのは……」
今だ話を続ける知識量豊富な二人を見つめ、レムスは独り言のように呟く
「クレヴァニールさんは、ルーミスさんに何を伝えて欲しかったんでしょう……」
「――…さあな。お前らの言うクレヴァニールと繋がってる使い魔ってのにも分からねえって言うんなら
誰も分からねえだろうよ」
死者は何も語らないのだから
それが呪いの言葉でも、生への執着でも……謝罪だとしても
告げられなかった言葉を思い二人は溜息をついた


「――…こうすれば良い。これでゲートも魔素もどうにかなるはずだよ」
大きく広げられた紙に殴り書かれた計画にマギーは目を丸くした
信じられないほど無茶な発想
天才か馬鹿かのどちらかにしか思いつかないそれは、ある意味前提を無視したものだ
「何を言う、そんな事をしたら召喚師であるお前が――――!!!」
「黙って」
優しげな瞳に宿る真剣な色にマギーは言葉を詰まらせる
「……分かってる。下手をしたらただじゃすまないって事くらい…でも裏口を貴女が合わせてくれないと駄目なんだ」
この計画において、もっとも大切な要因
「もう一人の召喚師を……引っ張り出せない」
絶対的な危険を伴う計画にのって来るほど、あの人間は馬鹿じゃない
だからこそ、この計画は安全なものでなくてはならない
……表面だけだとしても
「……そうすれば、あの大統領はのるのか?魔素を消す計画に」
いくら危険が無いといっても
魔法と召喚術と言う便利なものを消し去る事に、軍事国家であるデュルクハイムが賛同するとは思えないのだろう
マギーは苦い顔をして口を開いた
やはりか、とルーミスは笑う
「それは難しくは無いんだ。召喚術や魔法、その利便性以上の損失を提示してあげれば良い」
「どうやって?」
「マーキュレイ、ヴァルカニアの上官達は召喚術の危険性は理解しているだろう?それを市民レベルで広げてもらえれば良い
戦争が終わったおかげで交流だって回復してるんだから、どういう形であれこの情報はデュルクハイムに入る」
ただそれだけでは噂の域を出ない
「だから僕がそれを裏付けるよ。これでも第二の英雄って呼ばれてるからね、少しは効果があると思う」

そうなれば
魔素の存在は悪となり、民衆の意識はそちらへと向くだろう

「賭けだね、これは」
「それでも…するしかないのかい?」
「他に良い考えがあるんだったら僕が聞きたいよ……」

 

どこかで歯車が狂ったのなら、それは狂ったまま回り続けるのだろうか
それとも何かの拍子で元に戻るのだろうか
カタカタと動き続ける事は変わらない


真直ぐに見据えた目の前の男の表情は変わらず、感情が出やすいはずの瞳ですら揺らぎを見せはしなかった
じっとこちらを見返す瞳に含まれているのは静かに相手の真意を探る想いだろう
値踏みをするかのようなそれは、正直心地良いモノではない
しばしの言葉の空白の後
口元だけを不自然に歪ませて彼は笑った
「分かった。世界を救う……か、召喚術や魔法を失うのは惜しいが
全ての国において、これほどの宣伝はないだろう」
「そうでしょうね……マーキュレイの英雄達は指揮官を失い、今のところ独自に動く力は無い
結果的に、動け、力のある人間は限られてきます」

椅子に深く座りなおし、目の前の男……ルードヴィッヒは頷いた
「その召喚術の除去を考慮に入れるなら、私は行かねばならぬようだな」
「そうなります。もちろん私も…ですね」
出来うる限り冷静に、感情を込めずルーミスは言葉を紡いだ
何一つ悟らせるわけにはいかない
ここで失敗をしたら全てが無駄になってしまうのだから
「今だ召喚術の影響で、多数の化け物が出ると聞きます。使用する機械には多数の人間が居ない方がいいのですが
何人か連れて行ったほうが良いでしょう」
「確かに。まあ適任がいるから問題は無いだろう」
ゆるく髪をかき上げ、ルードヴィッヒは二人の人物の名を挙げた

その人間達は、確かに適任とは言えた
戦術的においても、信頼においても

「ま、そういうわけだよ。一緒に来てもらわないといけなくなった」
あははと笑い、ルーミスは伸びをする
余程緊張していたんだろう背中や肩が痛かった
「大佐の事だ、予想くらいはしてたんだろ?」
迷惑だとは微塵も感じさせず、バウアーは口をつけていた酒器をテーブルの上に置いた
予想と言うよりは確信してたんだよなあ
口元に自然に苦笑が浮かび、頭を軽くかいて分かっていたかと笑うしかなかった
「君と僕とルードヴィッヒ大統領、カーギル
そして除去の機械を動かすのにエンジェリックチャイルドであるフレーネくんと、補佐のレムスくん」
「六人で山の頂上まで登るわけか、まあちょうど良いくらいだろ?少なすぎるってわけでもねぇし多すぎるってわけでもない」

「…うん、そうだね。これで上手くいけばいい」
淡く笑うルーミスにバウアーは妙な違和感を感じた
それはレムス達と話した時から付きまとい始めたものなのか
それとも最初から知っていて、気付かない振りをしていたのか

レムス達に問われ、初めて疑問に思った

いつも目が届くはずが無いであろう一兵卒ですら気にかけ思い悩むようなルーミスだというのに
何故、彼は何も語らず笑えるのか
ファンデルシアでクレヴァニールと再会した時、誰よりも嬉しそうだったのは彼だった
自分が別れの言葉を言付けようかと言った時、会って言いたいと笑ったのはクレヴァニールだった
だったら何故
ほんの少しのショックすら感じさせず、こいつは笑えるのか
「なあルーミス」
「ん?何か質問かい?作戦で分からないところでもあったかな」
「そう言うんじゃないが……」
言いよどみ、どう言ったものかとバウアーは遠くを眺める
どうにか気を取り直し、冷静なつもりで吐いた言葉はいささか暗かった

「どうしてお前は、そうやっていられる?」
「……」
主語も何も無い言葉を的確に理解したのだろう
少しばかり目を見開き、そして納得したかのように頷いた
「そんなに不自然な事かな?」
「ああ。少なくとも俺にとってはな……らしくねえよ」
溜息をつき、君に嘘はつけないよとルーミスは酷く淋しそうに笑った
「僕には…権利が無いから」
さも当り前のように告げられた言葉は、バウアーにとって理解しがたいもの

「僕が殺したんだよ、彼をね」
信じられない事を、ルーミスはサラリと口にする
「誰もそんな事言っちゃいねぇだろっ!?言う馬鹿が居たんなら言え!!俺が……」
酷く悲しげなのに、それでも涙は流さない
「そうだね、誰も……レムスくん達ですら僕を責めはしなかったよ」
「当り前だ!あれは戦争だった、誰を責めるとかじゃねえだろ!?」
笑う事でしか泣く事が堪えられないかのようにルーミスは笑った

「だから、自分で自分を責めているんだ」

失った事を悲しむ権利なんてない
奪ったのはオマエなんだから
道を違える事を望んだのはオマエなんだから


「……ルー、ミス」
殺したのは俺じゃないかとは言えなかった
何一つ言うべき言葉か見つからない、そもそも言うべき言葉などあったのか

「だからバウアー、僕の代わりに…クレヴァニールくんの死を悼んであげて」


理解なんてしたくもないのに

頷く選択肢以外

彼に持ち合わせる答えはなかった

 

 

続く

 


□□□□□□□□□

や、やっと打てた!!これ自体はかーなーりー前から書けてたのですが
パソコン前に座る時間が取れずにズルズルと(ヒイイ)
場面転換が多く、かなり読みにくくなったのが残念ですね……
好き勝手なオリジナル設定ばかり
もう召喚術ありで魔素が消せるなら、クレの死は一体(ほろり)
でもドリームパーティですね!!ルーミス、バウアー、ルードヴィッヒ、カーギル
強そう。しかもバランスさり気に良さそう

この後ラスボスと戦うのだろうか。
…………何だっけ?ラスボスの名前(オイ)
やっべえ!!思い出せない!!!!姿と声はバッチリなのに何で!!?(滝汗)
……い、いえいえきっと思い出せます(たぶん)

それではここまで読んでくださってありがとうございましたーv

 

次回はいつ頃アップされるのか不安だなあ

 

2005.4,8

 

 

 

 

 

 

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