気付いてしまえば何故今まで己は気付かなかったのかと
自身にこそ憤りを感じた

そうして

気付いてしまえばほうって置く事なんて出来なかった

 

―いらないモノ―


「おーい、三成入るぞー」
返事を待たずして襖を開けば
予想通りの不機嫌そうな顔をした部屋の主がこちらを振り向く所だった
手入れでもしていたのか、手には彼愛用の刀が握られている

「何の用だ」
端的に声低く呟かれる言葉を気にするでもなく元親は笑う
それはこれが彼なのだと知るゆえだ
「いや、用つーかさ……飯時に三成は何してんのかなと」
「……刀の手入れだ」
見て分からないのかとすら言いたげに、三成は鋭い光を宿す眼差しを向けてくる

聞きたいのはそういう事じゃねーんだけどなあ……

元親が感じるのは微かな頭痛。だが彼の答えは別に間違っているわけではない
今のは間違いなく自分の失態だ
真っ直ぐに受け止める相手には真っ直ぐに言葉を投げねば伝わらないのは当たり前
いや、さっきの台詞も決して歪曲に言ったつもりはないのだが

「あー…俺が言いたいのはな、何で皆が飯食ってる時に部屋に閉じこもってんのかって事だ」
たった一人、部屋に閉じこもっていたとしても
何か食べていてくれたのなら少しはホッとするというものを

「アンタも飯くらい食えよ」

そう言われ、やっとの事で元親が言いたい事を理解したのだろう
三成は半ば興味をなくしたようだった
「いらん。食べない事に何の問題がある」
不思議そうですらなかった
質問めいてはいたが、彼は問題など無いと言ったのだ

だが、それこそ元親には信じられなかった
今の刻限は夜。
朝も三成は何も口にしてはいなかったし、昨日だって丸一日食事らしい食事はとっていないはずだ
生きていく上で誰もが必要とするもの
それを目の前のこの男は『いらないモノ』として切り捨てる

酷くイビツだと元親は思う

人間どうこうの前に、生きている存在として有り得ない

「ちったあ腹へらねえのかよ?」
「いらんと言ったろう、用が無いなら去れ」
少しでも食べて欲しいものだが
本人には全く持ってその気が無いんだろう言葉には迷いがなかった

それに元親は思わず眉を寄せる
戦装束を身に纏っているときならば、まだマシに見えてはいたが
彼は本当に細い
腕など簡単に折れそうで、身体も驚くほど薄っぺらく何故あれほどまでに動く回れるのか理解が出来ない
自分の事を分かっていないのか、それとも自分にすら興味がないのか

「……なあ、三成」
「去れ、斬られたいか」

生きるつもりがないのかと、問おうとしたが
そんな暇すら彼は与えてくれない
刀を手にしたまま睨みつけてくる眼差しに明確な苛立ちの色を見、元親はそれ以上の会話を諦めて両の手を上げた
まさか本当に斬りかかられる事は無いとは思うが
このまま会話を続けたところで、自分の望む返事は間違いなく得られないだろう
ならばやり方を変えるべきだ

「分かった。あんたの好きにしろよ、俺は俺で勝手にする」

ある“含み”を込めた言い方だったが
三成は気付かないのか、それで良いとばかりに元親に向けていた眼差しを自身の刀へと戻した

予想通りの素直さに少しだけ口元に笑みをのせた
きっと彼は、他人に関わるのではなく自身の事だけを考える…と言った風にとったのだろう
とりあえず今はまあそれで構わない
「じゃあなー」
もうこちらを見ようともしない背に手を振り、元親は部屋を後にする
しようとと思っている事は決まっていた

 

夕餉ももう終わる頃合だ、台所が慌しい事もそうそうあるまい
さて何が良いか……そう思いを巡らせながら中庭を望める廊下を歩いていた時だろう

「三成に夕餉をと思うても無駄よ、長曾我部」

庭の方より、声が降った

芝居がかったような、本心が読めぬようなその声には聞き覚えがある
三成の片腕……と言うよりは保護者のように付き従い、意見をする不思議な男
御輿に座ったまま浮いている辺り
不思議で片付けて良いかどうかは甚だ疑問だが、余り深く考えては負けな気がする

「あーと…確か……刑、部…だっけか?」
「名は大谷吉継よ、好きに呼べ」
「大谷、ね」

三成の側に居るのを何度か見たことはあるが、こうして面と向かって話をするのは初めてだった
身体ごとそちらに向き直り大谷を見る
感情の浮かばぬ鈍色の瞳に元親はらしくも無く気押され、心の内で舌打ちをした
三成とは違う意味で
この男は生きている感じがしない

「……じゃあ聞くがよ、大谷。何で飯が無駄なんて話になりやがる」

物々しい雰囲気にのまれぬようにと、わざと声を張れば
それが愉快で堪らないとばかりに大谷は引きつったような笑いを零した

「三成は食わぬ、われがすすめようともな。太閤が死してから変わらぬよ」
秀吉が、この世にいなくなってからの彼は憎悪のみでその身を満たし
水を飲む代わりに、敵兵の血水を浴び続ける
それこそが
自身の糧であるかの如く貪欲に
反対にそれ以外の何をも求めぬのだと
そう口にする大谷に元親は有り得ねえだろと言葉を重ねた
「秀吉が死んでから食ってねえんじゃ本当に死んじまってるだろうが、普通」
東西を二分する争いが始まった時期が何時かなんていう詳しい話など知るべくもないが、数ヶ月は前であるはずだ

「そうよなあ……われも最初は苦労したわ」
ヒヒヒと、大田は笑う
「だが意外に簡単な話だったぞ、ハナシ。徳川の名を出せばいいのだからな」
「―――…家康の?」
「食べねば、徳川を討つ前に力尽くぞと言えばいい。三成に食わせたいならそれしか方法が無い故」

その方法に、元親は不快さを隠そうともせず眉を寄せた
大谷の言う事が分からないわけではない
あれほどに家康を殺す事にのみ傾倒している三成なのだから、そう言われれば食べもするだろう

だが果たしてそれは食事と言えるのか

生きるためではなく、死なぬためだけに口に入れるものに味はあるのだろうか
香りや、温かさや、満足感は……?
恐らく無いのだろう
あるのは呪いのように続く憎悪だけ

それは違う、と思う

自分が三成に口にして欲しいと思うのは、そういったものじゃない

「んな飯、美味くねえだろ」
「元から味なぞ感じておらぬよ、三成の心は死んだゆえ」
「馬鹿言うな。死んだ奴が人を憎むかよ、あいつは生きてる」
平行線へと陥りそうな会話を、ゆるりと大谷は遮り出来ぬ事は言うものではないと笑う

「ならぬしは三成にどう食事とやらをさせる気よ」

それに元親は小さく肩を竦める事で応えた
「そんなもんやってみなきゃ分からねえだろうが」

うだうだ考えるのは得意ではないのだ
大谷や三成のようなややこしそうな性格の奴ら相手には、最初から考える事は放棄している
「俺は俺のやり方しか知らねえし、出来ねえ。ただ俺はあんたのやり方が好きにはなれねえってだけだ」
「…………」
はっきりと否定を突き付けられたわりに、大谷は大して腹立たしくはなさそうだった
眩しそうに目を細める様は、どちらかと言えば感心しているようにも見える
「……何だ?いきなり黙り込みやがって」
「いやな、面白い男だと思うておった所よ」
「はあ…?」
よく分からないと首を傾げる元親に、大谷は包帯の下で微かに笑む
先程までとは違い
芝居がからないそれは他人に気付かせるものではなく

「まあ好きにするといい、ぬしのやり方でな」
「ん…?ああ、そのつもりだけどよ」

案の定、目前の元親が目にとめる事も無かった

「ではわれの話は終わりだ、行け行け」

突然に声をかけ、そして突然に会話を終わらせる大谷に
変な奴だなと元親は笑う
そうして、そのまま目的の場所へ向かおうとしたものの
言い忘れた事を思い出し足を止めた

「ありがとな、大谷」
「……?何の礼よ」

驚いたのだろう、微かに声の雰囲気が変わる
だかそんなに驚く話でもないのだ、元親が言わんとする事は彼にとっては当たり前の事

「方法がどうであれ、あんたのお陰で三成は生きてる」

だからこその礼だと元親は笑みを深くした

予想外の答えは、予想以上に愉快で
「ヒヒヒヒヒ…そうかそうか、本当にぬしは面白い男だな」
笑わずにはいられなかった

ぬしならば三成も折れるやも知れぬな、とは言わず

手並み拝見とばかりに
大谷は意気揚々と立ち去る元親の背を見送った

 


手入れの終わった刀を鞘に収めて暫く
隠すつもりもないのだろう、ドタドタとした騒々しい足音に三成は眉を顰めた

直後

「三成、入るぜー!」

まるで先程の再現のような台詞とともに入ってくる元親に、思わず置いたはずの刀を握る
「また貴様か、いい加減に――――…!!」

腹立たしさに任せた悪態は
目前に差し出された“それ”に立ち消えた
「………何だそれは」
「いや、どう見ても粥だろうがよ」
数日ろくに食べていないのだから
消化がよく、身体に負担がかからないものをと元親が選んだものだが
三成がそれを知るはずもないし、知ったところで本当にどうでもいい部類の話だと切り捨てるに違いない

そもそも彼は、粥を突き付けられる意味も分かってなどいないだろう

「……貴様は貴様で好きにすると言ってなかったか」
「おうよ。だから好きにしてんだろ」
「………」
今更ながらに好きにすると言った言葉の意味が、好きに構うという事だと理解したのか
鬱陶しそうに三成は顔をそむけた

「いらんと言ったろう、私に構うな」
「そう言うなって、食わねえと身体がもたねえぞ」
「煩い。貴様には関係ない」
「関係なくはないだろ!あんたはもう、俺の大事な仲間なわけだしよ!」
「……なかま?」

仲間、と言われ三成は微かに笑った
だがそれは酷く冷たいモノ。まるで仲間というものが何の当てにもならないものだと嘲るような

ああ好きではない顔だと、思う
ぼんやりとそう考えている数瞬の間に
抜き放たれた刃がヒタリと自身の首に当てられる
怖くは無かった
微かに力を込めれば命すら危ういだろう喉元の刃も、刃物の様な眼差しも別段怖くはない

「いらん、仲間など。私に必要なのは―――……」

ただ、拒絶を笑みに込める彼が悲しかった
拒絶を吐く言葉が悲しかった

だからつい

「そら、隙あり」
「……!?」
言葉を紡ごうとする三成の口に、粥を少しばかりのせたレンゲを突っ込んだ
そうして器用にレンゲのみを引き抜く

「………ッッ…」
さすがに吐き出すわけにもいかないと思ったのか
しぶしぶとばかりに喉へやる三成に、元親はことさら嬉しそうに笑った
「美味いだろ」
「味なぞ知るか…!」
「そうかぁ?じゃ、もう一口食ってみろって!」
「いらんと何度言わせる!きさ……」
「ほらよ」
「……!!」

開いた口に再び粥を突っ込まれ、三成は怒りのためか肩を震わせる
それを知ってか知らずか
元親は楽しくて堪らないとばかりに声を上げて笑った
今だ首に刀を当てられた男のする所業とは到底思えぬほど、それは自然だ

「き…貴様ッ…!!私を愚弄する気か…!!」
「いや、だってよ…!何か、あんたにこうしてるの面白くて…!!」
「面白がるな!私は不快だ…!何がしたい貴様!?」
「んー?」

大抵の者なら竦み上がるほどの形相で三成が睨みつけても
元親は怯えも遠慮もしない
隻眼の青は深く、穏やかで優しかった

「俺はただ、あんたに飯を食って欲しいだけだ」
最初から繰り返す要求は変わらない
だがそれこそ三成にとっては、意味も理由も分からない
「……何故だ、貴様は……何を、どうして……」
わけが分からなさ過ぎて怒りすら通り越したのか、首にあてがわれていた刃は離れ
先程までの怒りを滲ませた声は、困惑地味たモノに色を変える

「何故だ、どうしてだって言われてもなあ」

理由は単純だ。生きて欲しいと、思う
おそらく自分はそう願っている
今のように死なずにいるだけの……ゆるやかに死んでいくようなままでいて欲しくない
ただ、何と言うか
それを口にするのは違う気がする

そうなれば果たして何をどう言ったものやらと、元親が考え込んで暫く

「貴様!理由もない戯れに私を巻き込ん―――…!!」
「…ああ!!」
気の短い三成が苛立たしげに叫びかけるタイミングにあわせた様に、元親が声を上げた
そうだそうだと嬉しそうに笑い
三成の顔をみる

「俺ぁ、あんたと一緒に居たいんだよ!一緒に飯食ってさ」
「は……?」

呆然とした三成の顔と呆気にとられた声は、たぶん物凄く珍しいものだろう
元親はそれを暫し堪能してから
先程よりはゆっくりとレンゲにすくった粥を三成の口に運ぶ
「あーんってな」
「………ッッ」
茶化せば、もの凄い勢いでレンゲと椀を奪われた
「うわ!?何すんだよ三成!!」
「煩い!!食えば良いんだろう!?だからそのふざけた口を閉じろ!!」
「……!」

恐らくは口に突っ込まれ続けるのが嫌になったのだろう

だけれど

食べる。と言ってくれた事が嬉しくて
わしわしと三成の頭を撫でながら元親は笑う
「わーったよ、じゃあ食え食え」
にこにこと顔を眺められ居心地が悪いのだろう、何か言いたげに三成は視線を泳がせたが
やがて諦めたように粥を口にした

美味いか?と問えば、分からないと応えるものの
首を傾げながら食べすすめる様子は
それなりに味わっているようにも見えて微笑ましかった


そうして長い時間をかけて食べきった頃合

「よし!じゃあ明日の朝は何がいい?」
「ッ…な!?き、貴様明日も来る気なのか!?」
「当たり前だろー。飯ってのは毎日食うもんなんだぜ!!」
「知るか!!」
「ま、遠慮するなって!!明日は俺もここで食うかなー」
「人の話を少しは聞け長曾我部ェェッ!!!!」

深夜であるはずの城内で再びはた迷惑な口喧嘩が繰り広げられたという

その勝敗は、と言えば
翌日より何だかんだと三成の部屋に食事を持ち込む元親を
愉快そうに眺める大谷と
何時も三成の体調を心配していた足軽達が胸を撫で下ろす風景からみて明確ではあった


END

 

□□□□□□□
三成がご飯をろくに食べないっぽいのを、部下の方から心配されてるのを見た頃よりずっと書きたかったネタです〜
アニキなら、ものすっごい世話を焼いてくれそうだな…!と
絶対ほっとかない。ぎゃあぎゃあ言い合いしながらも、絶対ほっとかずに構い倒すw
この頃のアニキはまだ好きってよりはほっとけないな〜みたいな感じですかね、いや無意識に好きでもいいですが!オイシイですが!!

しかしこの粗筋を妹に語った時
「うん。介護っぽいね!!」と言われました……介護言うなあああ!!!(涙)

2010,10,22

 




 

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