空の高い日だった

雲は薄く、手の届くはずもない高みにたゆとい
吹く風は穏やかで微かばかりヒヤリとしたそれに秋の訪れを知る
三成にとって四国で過ごす二度目の秋だ

「……いい日だな」

そう素直に思えるようになったのは何時からだったろうか
思い出そうとしても、これといった切っ掛けなど無かったかのようにどうしても思い出せない

目に映る景色に季節や色があるのだと
そして自身が確かに“生きて”いるのだと
そう気付かせてくれた人物はすぐに思い当たると言うのに、だ
何とも滑稽な話ではないか
与えられておきながら、全くもってその時を自覚をしていないなど

暫しぼんやりと空を眺めながら考えてみたが、すぐに諦めた
「あいつが悪い…」
いくら悩んでみた所で
その程度の結論しか得られないのは目に見えている

優しい目をした隻眼の男
この城の主である長曾我部元親

自身の処遇を委ねた時から彼はずっと傍にいた
共にある時間が多過ぎて、長すぎて、判断など出来るはずがない
今までの記憶をひっくり返した所でこれ程までにうっとうしく自分を構い続けた人物は元親以外には存在しなかった

やれ食べろだ、寝ろだ、晩酌に付き合えだなどと好き勝手にこちらをふり回し悪びれる事もなく笑う
嫌が応にでも慣らされ
今では彼が近くに居ない方が落ち着かないほどだ


いや、それどころか―――


空に向けていた眼差しを手元に落とし三成は微かに目を細めた

出来るならば……
と思っている事を自覚したのは最近
自分が、こんな風に淡く何かを願うなど想像した事もなかったけれど

ずっと…誰より……

「傍に…」

ふわりと零れかけた言の葉
それに自身をこそがひどく驚き、三成は手で口を塞いだ
「……ッ」
歯を食いしばりそれに続くであろう言葉を無理矢理に飲み込む
誰もここには居ないなんて事は関係ない
一度でも口にしてしまえば認めないわけにはいかなかった

それだけは、したくない
………決して叶わないと分かっているのだから

代わりに吐き出した溜め息は酷く重くて
意識せずとも眉が寄った

何故こうなった

何故彼なのか

それこそ、先程の疑問よりも答えのない自問を繰り返す
「…あいつが……悪い」
口に出来るのは
先程と同じでいながら意味だけは大分異なる
不平を滲ませた独白のみ
微かな苦味を帯びるそれを、三成は独り言だと信じて疑ってはいなかった

だから

「誰が悪いって?三成」

背後よりかけられた声に心底驚き思わず身を竦める
誰かなんて事は、考えなくても分かった
耳に馴染む声もそうだが
これ程までに傍に寄られて己が気配に気付かない相手など、そうそういるはずがない
気取られるなと強く強く言い聞かせる。動揺を、そして自身の感情を
彼は変なところで恐ろしく聡いのだから

震える吐息を一つだけ零し三成はゆっくりと振り向いた
果たして背後に立つのは予想通りの人物

「……元親」
「よう」

障子に寄り掛かりながら人好きする笑顔を浮かべる元親に
三成は不快げに眉を寄せ何時よりも声低く呟く
「部屋に入る前に声くらいかけろ」
「まあまあそう言うなって、何してんのかと思ってよ」
だが元親がそれを気にする事はない
当然だ。この程度で気押される奴ならば、彼はとうに自分を手放している
その優しさと無神経さが気が滅入るほどに心地好くて、泣きたくなるほどに不愉快で
だというのに自ら手を離すことは出来ないまま、ここに居続けている
それすら認めたくはなくて三成は顔をしかめ視線をそらした

誰であっても
この男はそんな風に付き合い、受け止める
決して自分だけではない
その事実を知った時、何処かは分からないけれど酷く痛いと感じたはずだが、それにももう慣れてしまった
痛い、と言うよりは
もはや不快なのだ

「で?何してたんだよ」
海の色をそのまま映したかのような瞳を和ませ穏やかに笑う元親に対し
三成は静かに口を開く
何かを諦めているような声音だと、自身ですら理解出来て皮肉げに口元を歪めた

「別に何もしていない……ただ…空を見ていた」
「ああ、今日は気持ちいい日だもんなあ。釣りにでも行くかあ?」
「勝手に行け」
「んな事言うなよー!一緒に行こうぜ、一緒に!野郎共がびっくりするほどの大物釣ってよう!」

行くとは一言も口にしていないというのに
すでに彼の中では決まっているのだろう
使う釣竿だとか、いい穴場だとかの話をしだす元親には呆れるしかない

「………全く、貴様は」

浮かぶのは微かな苦笑
本当にいい日なのだから、海に付き合うのも悪くはないかもしれない
そう自分をごまかすには曖昧で適当な言い訳を並べ、三成が珍しく彼の方から了承しようとした時だろう

まるで狙いすましたかのように秋の澄んだ空気を裂く爆音が響いた
連続性のある動力音と
窓の外に走る、一筋の雲のような煙
誰の到来かは明白
あんな常識外れの移動手段を使うのは、二人の共通の知り合いであり
今や天下人である男、徳川家康しかいない

その轟音に
三成は苦笑を消し不快げに眉を寄せ、元親は満面の笑みを浮かべた

「お!家康じゃねえか!」
「…………」
身を乗り出し本当に嬉しげに、元親は声を上げて笑う
尚更、三成が不愉快げに口を引き結ぶ事にも気付かずに
「こりゃ好都合だ!なあなあ三人で釣りに……」
「断る」
「早…!まだ聞いてもねえだろ!」
「煩い。何故私が付き合わねばならない、貴様と家康で行けばいいだろう」

真っ直ぐな否定
鋭い声音
それだけは嫌だと、本気で言っているのが伝わったのか
「……はいはい」
元親が、それ以上しつこく誘い続ける事はなく
「っとに、家康の事となると頑なだよな」
そう困ったように笑うだけだった
「仕方ねえな、俺だけで行くか。あー…まあ気が向いたらいつでも……」
「…………」
「……わーったよ。睨むなって…じゃ、また後でな」
何時も通り中庭に着陸するのを確認すると
ひらりと手を振り姿を消した


遠ざかる気配に目を伏せ苦々しげに三成は呻く

「…貴様とて、私より家康との方がいいだろう」

家康といる時の元親は本当に何時も楽しげなのだから
共にいる事が自然で互いに心地好いのだと彼等を見てすぐに分かった
笑いあい、小突きあい飽きることなく、それこそ一晩だって語り合うのだ


「いよう!家康!元気そうじゃねえか!どうしたよ今日は!」
「元親!!こちらに用事があってな、寄ってみたんだ!会えて嬉しいよ!」

遠く二人の良く通る声が聞こえ、三成は思わず胸を押さえた
自分には向けられる事の叶わないそれは、やはり微かな痛みと苦みを帯びる

元親は家康にこだわると自身を評するけれど、これは違う
自分がこだわっているのは―――もっと単純なこと

「…なんて、愚かな」

得られないモノを
誰が間近で見続けたいものか、と


窓から見下ろす先に
肩を組み何やら楽しげに話をする二人が見え、三成は景色を眺める事すら放棄し部屋を後にした
場所は何処でも良かった
あの二人の声と姿が届かず見えない場所ならば

 

それから
どれほど時間が経ったろうか
鍛練の為に設えられた広い部屋で、気紛れに刀を振るっていた三成は
ふと、手を休め出入口に顔を向けた
「……元親か」
「お、気付かれたか」
「武器を振るっていれば当然だろう」
気の張り方が違う
ただ室内でぼんやりしている時と同じわけがない
「へえ、そんなもんか」
気付かれては仕方ないとばかりに、三成からなら半ば死角となる場所から元親は姿を現した
「あんたの鍛練を、もうちっと見物したかったんだが……」
「ふざけるな。見世物ではない」
「はは、言うと思った」

そう笑う元親を、うっとおしげに見やりながら三成は刀を鞘に収める
「それで何の用だ?家康はどうした」
「ああ、もう行ったぜ。天下人ってのは時間があってもあっても足りねえらしいや」
「……そうか」
微かな安堵
そう感じる事への嫌悪
ゆえにもれた溜め息を、どう思ったのか
「気になってんなら、会ってやりゃあ良いのによ」
事もなげにそう元親は笑う

「………」
人の気も知らずに…と、三成は微かに目を細める

気にしているのはあれの事ではない
苛立ちや憎しみが無くなったわけではないが、殺してやらなければ気が済まぬほどの狂気は最早自身からは失せていた
どんな会話をするかなど想像も出来はしないが会おうと思えば、会える

嫌なのは、目の前で笑うこの男のせいだというのに

「家康の奴、三成の話ばっかしやがるんだぞ
やっぱ心配なんだろうなあ…会ってやれば喜ぶと思うぜ?」
「………」

そんなに家康を喜ばせたいのか、そう思えばいっそ笑えた
どうせこの命は元親にくれてやった
ならば、応とこたえるべきなのだろう

だが
やはり嫌なのだ

「……貴様は、分かってない」
「ん?何がだよ」

穏やかな笑みは同情とも優しさともとれ
時折、困ったように笑う様がその核心を強める
家康の時のように元親は自分には心底楽しげには笑わない
それを目前に突き付けられれば
果たして自分はどうするのか……どうすればいいのか

「私はただ……」

言えれば楽になるかどうかも分からないままに、三成は口を開く

「ただ、貴様が――…」

言える

はずなどないのだけれど

空気を震わせることすら出来ず引き結んだ口、言の葉は三成の胸の奥に重苦しく鎮座したまま

耐えるように噛んだ唇に微かに血が滲んだ

 


END?

 

□□□□□□□□
某チャットで三成→アニキ的なネタを頂き書いてみたもの。
すごいときめくネタだったのに、私が書くと何ともやるせないものに(滝汗)
どちらかというとアニキが好きすぎるくらいに、三成を好きで居てくれる方が書きやすいので
ビックリするほど時間かかった上
ものすごい中途半端な状態で終わらせて申し訳ないです
三成って自己評価が物凄い低いイメージなんですよね、自分など取るに足らないと緑ルートだと特にそう思ってそうな感じ
続きは考えてなくもないですが
これ一つでビックリするくらい時間かかってるので、書いたとて何時になる事やら……

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送