目覚め、と言うのは何時も違和感を伴う

ふわり。と言うよりは、じわり。と血が滲むような妙な現実感の無さ
引き上げられる事こそが不自然だと
既に朽ちる事しかない身体に意識が還るたび、思うのだ

「…………」

その違和感に
軽い頭痛を感じながら目を開いた先にあったのは、見慣れた天井
はて…と大谷は数度瞬いた
今は昼か、それとも夜か
床についた覚えなどは無く、故に刻限の感覚すら曖昧だった
好んで日の光の入らない部屋を自身のモノとしていたが
これは不便だ

されとて確認したところで何も変わらないのも事実ではあった

たった一人を除き
朝であっても夜であっても誰もここには近寄らない
そして
よく訪れるそのたった一人の人物は己以上に刻限の感覚は希薄なのだから
自身の中で唯一、不幸を望まぬその男を思い描く最中
「………?」
今更ながらに覚えのある気配に気付いた

馴染む闇を纏うせいで今まで気付かなかったのか
それとも、われは未だまどろみの中をたゆとうているのか

判断がつかぬまま顔を向けた先
三成が眠っていた

珍しく、穏やかな寝顔である

殆ど眠らぬ三成は身体が限界を訴えるまで動く事を止めず
気絶するかのように倒れるのが常
眠る…と言うより死んでいるのかのようにしか映らない事が多い
だが今はどうだ
眠っているのだと素直に分かり、耳に届く寝息は聞いたほども無いほど安らかだった

何があったのか…そう思うよりも早く

「お。起きたか、大谷」
全く別の人物の声が降った
「…長曾我部……か」

三成の間近、無造作に腰を下ろしている男に気付かなかった辺り恐らくわれはまだ夢なかばなのだろう
そう大谷は仮定する
まあこの部屋に三成以外の人間が居るなど今までならば有り得ない事象であるから
それ故…と言う可能性も捨て切れはしないが

「珍しい事もあるものよな、鬼がこのような奥まった場所に何用よ」
有り得ぬ事象への違和感を疑問という形に変えれば
長曾我部は小さく苦笑を浮かべた
「オイオイ、意識の戻らないのを心配して付き添ってた奴にそりゃないだろ」
「……意識を?」
「覚えてないのか?アンタ戦場で大怪我したんだよ」

怪我、と言われ
ああ納得いったわと頷くに至る
どうりで身体が思うように動かないわけだ
もとより自由になるものでもなかったが、今は縫い付けられた蝶に相違無い

眠りと言う何よりも死に親しいモノの傍にいた為か鈍っていた思考の中
やっとの事で、大谷は長曾我部の言う意識を失うに至った経緯を思い出した


今回の戦はなかなかの混戦だった
全てを斬り捨てるまで止まる事はないだろう凶王の背後を守護するべく、狂気を孕むその背を追随していたはずだ
周りを確認する暇などない
そんな事をしていれば確実に疾走する凶王を見失うのだから

結果
気付けば随分と敵陣の奥深くまで入り込んでいた
味方はまだ遠く辺りは数え切れぬほどの敵
流石に不利か
そう感じた事を覚えている
三成が敗北するなど思うはずもなかったが
それにしても敵が多かった
だが三成はたった一人で菓子に群がる虫のごとき敵兵を次々と蹴散らし

もはやこちらが手を下さずとも終わると思う刹那
背後より駆け込んできた敵兵が―――

「……ああ、思い出したわ。爆弾兵よ。あれは三成の手に余ると思うてな」
「庇ったんだってな。三成に聞いた」
「上手く捌けると思うたが、してやられた」
ヒヒヒと掠れた笑いを漏らせば

「笑い事じゃねえだろ」
そう言いながら長曾我部は眉を寄せた
「どれだけ三成が心配してたと思ってやがる」
声は微かに苛立ちが混じるだろうか
「俺が追い付いた時。敵を全滅させた三成は血みどろのまま、アンタの傍で名を呼び続けてた」

その時の様子を思い出したのか
辛そうに今だ起きる様子のない三成の頬を、ゆると長曾我部は撫でる
「初めて見た……あんな三成は」
「…………」
「手当てするから離れろって言っても聞きやしねえし。
自分だって結構な怪我してるのに、刑部が目を覚ますまで付き添うって譲らねえし」

こぼす溜め息は重くはなかったが、切なげで
深い色を湛える隻眼は優しかったが、淋しげだった
「アンタが起きたら起こすって約束で、やっとここで寝てくれた」
三成に掛けられているのは彼の物ではない上掛け。恐らく長曾我部の物だろう
それを彼は少しだけ引き上げ、かけ直してやる

「アンタはコイツの特別なんだ。自覚しとけよ」
「…………」
真摯に語られる言葉に
どう応えていいのか分からず、ただ口を閉ざしていた大谷だったが

ったく、羨ましい話だよな…

と、こっそりと漏らされた独り言を聞き咎め目を細めた

面白い事を言う男だ
三成が誰の傍であっても、こうも穏やかに眠ると思っているのか
上掛けをかけるだとか触れるだとかの接触で目を醒まさない事が普通だと?
だとするなら凄まじい思い違いだ
だが
こちらがそれを指摘するよりも早く、長曾我部は何時も通りの笑みを浮かべ言った

「だから……無茶してくれるなよ、大谷。アンタが居なくなりゃ三成が悲しむ」
「…まさか鬼に説教をされようとはな」
「茶化すなよ」
「やれ、そのようなつもりではない。肝には命じたわ
だがな長曾我部、ぬしとてわれと同じ状況なら三成を救おうとするであろう?」
「当たり前だ」

思う以上に即答だった

そして

「だけどな、俺は死ぬようなマネをするつもりはねえよ」
「……ほう?」
「アンタの時ほど取り乱してくれるとは思っちゃいないが……三成にはこれ以上何も喪って欲しくねえ」

思う以上の答えだった

三成本人が何もその手に無いと思っていたとしても
何も欲しく無いと思っていたとしても
と優しい鬼は笑う

「三成の、傍にいたいしな」

ふわりとした微笑は、今だ目を醒ます事のない三成にのみ向けられるもの

「……さようか」
包帯の向こう、久方ぶりに大谷は笑む
馴染みのない温度のある何かが心の臓辺りに去来し
この感情の名は何だったろうかと考えたが、すんなりとは見付かりそうにはなかった

「…と、三成を起こしてやらねえと……」
長曾我部は今さらながらに手を伸ばす
気が進まなそうではあったが、約束を破るわけにもいかないのだろう
確かに三成はそれを最も嫌う

しかし
「起こすな起こすな。たまにはゆるりと寝かせやれ」

これほど熟睡している三成を起こすのは忍びない

長曾我部もそう思ってはいたのだろう、あっさりと手を引っ込め共犯だと言いたげに笑った
「言い訳は任せたぜ」

仲間や、友に向けるであろうそれ
われには不似合いだろう
だというのに何の疑いも歪みもなくこの鬼は向ける

「そういや、アンタ丸三日寝てたんだぜ?食べれそうなら何か持ってくるぞ」

この薄暗い室内で、眩しいと思ったのは気のせいか

「……長曾我部」
「どうした?」
「ぬしが…こちらの将で良かったわ」
「は……?何だよ、いきなり」
「いや…こちらの話よ」

首を傾げる長曾我部を大谷は目を細め静かにみやる
「では、ぬしの言葉に甘える事にしようか。何、適当なモノで構わぬ」
「おう。じゃ、少し行ってくるぜ」
また、長曾我部は笑い
三成を気遣かってだろう音をたてずに襖を閉め出ていった

遠ざかる気配を確認し、もう気取られぬ頃合いかといった所で
大谷は唖然とすらして呟く

「われが三成にしてやれるのは、徳川を討ち滅ぼす事のみと思うておったが」

まさか

まさか

四国の蝙蝠を
西海の鬼神と呼ばれるあの男を

「ぬしに、巡り会わせられたことこそが……」

幸いではないかと感じるなどと

四国壊滅。その一手が
今のような結果を生むとは意識に上るはずもなかった
果たして先にある世の不幸への道筋もどうなる事やらと思いあぐねれば
愉快とも不快ともつかぬ笑いが、ただ漏れ出る


「………」
声が届いたのか
はたまた傍らにあった気配が無くなった事に気付いたのか
三成は微かに眉を寄せ目を開き、大して広くない室内を見回した
誰を探しているのかは明白だろう

「長曾我部ならば、今少し席を空けておる」
「刑部…!目を覚ましたのか!」
「そうさな。つい先ほどよ」

憤怒以外ではほとんど変わらぬ面
拒絶しか生まぬ狂気地味た金色の眼
それに過ぎる微かな安堵は酷く分かり難い
だがそれが三成らしい
「……長曾我部め…起こすと口にしたのは虚言か」
直後、腹立たしげに唸るさまは分かりやす過ぎるほどというに

「まあ落ち着け三成、われが頼んだのよ。ぬしが心地好さそうに寝入っておったのでな」
笑いながら、鬼曰くの“言い訳”とやらを口にすれば
考え込むように三成は鋭い目を微かに伏せた
「…私が?」
「そうよ。ぬしがゆるりと眠るなど見るのは久方ぶりだったわ」
「……そう…なのか?」

いまいち理解が出来ないといった風だったが、それでいい
分かるような変化なら三成自身が拒絶するだろう


「三成よ、提案なのだが」
「……何だ」
「次の戦からは、あの鬼に、ぬしの背後を守らせてはどうだ」
「長曾我部に…?」
「今回の事で分かったであろ、われとぬしでは進撃が早過ぎる」
「…………」

それに、と続けた

「あれはぬしを決して裏切らぬだろうよ、三成」

対し、三成は妙な顔をする
鋭い金を微かに細め、口の端を微かに持ち上げる

「疑う余地はない」

それはわれの言葉を、なのか
それとも長曾我部を、なのか

どちらでもいい

ただ知った
長曾我部が三成の傍にいたいと言った時に感じた思いの正体を
ああ、これは確か安堵と呼ばれるものだった

「ヒヒ、長曾我部に後々言うてやらねばな」
「……?刑部が言わずともいい、私が言う。拒否は認めない」
「三成のそれは、共闘についてであろ?われが言うは別の案件よ」
「………?」

あれの言葉をそのまま返してやるべきだろう


ぬしは三成の特別なのだから。自覚せよと

どんな顔をするのかと思えば、やはりそれは愉快だった

 

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親三+大谷さん。
大谷さんは、アニキが三成の傍に何の掛け値もなしに居たいって思ってくれてることにホッとしてたらいいな
と思います
最初は打倒家康の為でも
一緒に過ごす間に、何だかんだで三成の事ばっか心配してれば可愛いw
これはあれですよ
お嫁さんを僕に下さいって言うためのフラグみたいなものですよ、きっと(待て)


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