ゆるり ゆるり と

闇が揺らぐ

声すらも、届かない奥底で


―黒い太陽―


織田の残党が集まっている
そんな報告を聞き知ったのは数日前の事
長曽我部の軍より、同行して欲しいとの要請と共にもたらされた

くだらない
我らが行ったのは停戦であって同盟ではない
そう一蹴する事も可能ではあったが、元就はそれを了承した

果たして織田の残党とやらが、何者を担ぎ上げているのか興味はあったし
あれほど自身を嫌っている長曽我部が、わざわざ同行を望む理由にも
多少の興味は引かれたからだ


そうして数日後

合流してから大した会話なぞしないままに、二人は山道を歩いていた
織田の残党に嗅ぎ付けられぬように松明も持たず
漆黒の宵闇を
頼りない細い月明かりを頼りにゆっくりと

「……長曾我部」
「…何だ」
風に紛れるような声音は
辛うじて先を行く男に届いたのだろう
同じように低く小さな声が返る

「織田の残党を相手にするのは良い。だが何故貴様と我、二人だけなのだ」
残党…と言うからには数は軍と呼べるほど多くないのだろうが
それにしたとて
二人で挑むのは流石に馬鹿げている

「やっぱ俺達二人の気配しかしねえのか、俺の感覚がおかしいわけじゃねえんだな」
「…何?」
元親は立ち止まり
暗い山道をぐるりと見回してから、首を傾げた
「何人かに分けて伏せさせてたはずなんだがな、居やがらねえ」

本当に闇は深い
だが、それで仲間の気配を見失うほど二人は鈍感ではない

なら

何故いないのか

長曾我部軍の結束力を
元就は誰よりも知っていた
長らく戦い続けたのだから当然と言えば当然だ
彼の部下が、勝手に持ち場を離れるなど考えられない

ならば織田残党に見付かったのか
しかし一帯に血の臭いはない
何人もいたはずの荒くれ者を怪我一つさせず連れ去る策なぞ、元就ですら想像がつかなかった

唯一感じるのは

得体の知れない、悪寒

「……急に冷えてきやがったか」
傍らにいた鬼もそれを感じたのか、油断なく再び歩を進め出した
「一度、引けばどうだ」
たった二人で
無策に進もうとする愚かさを押し止めようと声をかけたが
彼は振り返る事も立ち止まる事もしない
「野郎共に何があったのか、確認する。血の臭いはしねえ…何処かに居るかもしれねえってのに帰れるかよ」
「愚かしい事だ」
「は…言うと思ったぜ」

吐き捨てるような言葉に込められるのは
強い強い嫌悪感
貴様のやり口は気に入らないと、何度も自身に向けられる嫌悪を
元就は平然と受け止め口元に笑みをのせた

「我が付き合う義理はない。下がらせてもらうぞ」
「好きにしな、アンタには何も期待しちゃいねえ」

長曾我部の言葉が終わるかどうかの刹那

「……っ何だ!?」
「……っ!?」

ほぼ同時に飛びのき碇槍と輪刀を構えた

唐突に、それは、現れる

ごぷりと
宵闇とは違う酷く重苦しい闇が、地面から湧きだすようにのたうつ
亡者が現世を引きずろうとするかの如く、無数の手が闇から生えていた

「ここは、どこ……」

その闇に抱かれるよう、女が佇む

髪は闇と同質の黒
肌は病的なまでに白い
闇色の手に支えられるように、ゆらゆらと不安定に彼女は歩く

俯いたままで表情など垣間見えないと言うのに
「そう…貴方達が、私を起こすのね……」
彼女は笑ったのだと
ざわりとした鳥肌と共に二人は確信した


「…逃げるぞ、長曾我部」

元就の判断は早かった
あれは相手するべきモノではないと、即座に理解し逃亡を決める
長曽我部からも否はない
出現した女性の位置から考えて
今まで歩いた山道を直接下る事は出来ず、二人は漆黒の山道を駆け上がった

「な、何なんだよあれは!?」
「知らぬ。だがただの人間では無い事は貴様でも分かるだろう」

振り切れそうかと
元就が振り返り確認した女は
有り得ない事に、ほぼ全速力で走る二人の背後を歩きもせずに追随してくる
足元から湧き続ける闇に引きずられるように、不自然に揺れながら

「……化け物め」
まさかとは思うが
アレが織田残党の担ぎ上げる存在か
確かに魔王に属する者には違い無さそうではあるが、それでも、アレを傍に置くとは正気とは思えない
残党ですらこの女の闇に呑まれたと言う事なのだろう


振り切れぬままどれほど走ったか
肩をを並べ見通しの悪い道を疾走していた傍らの鬼が突然に立ち止まった
「…何をしている!?」
有り得ない行動に思わず叫んだが、彼は全くもって聞いてはいない
「……アイツら、捕まってたのか……!」
そうして
逃げ場としては最悪の低い崖に囲まれた丘へと向かった

丘の上にあるのは
木を組んだだけの粗末な檻
その中に複数の男達が怯えているかのように頭を抱えうずくまっていた

それを確認し元就は憎々しげに言い放つ
「…ウツケが…!」
こんな状況で、部下を助けに行くなどどうかしている
あんなモノ今はあった所で何の役にもたちはしない上、足手まといでしかないと言うのに

だがそれこそが長曾我部なのだ
その気質を利用した
自身の所業を理解するが故に、責めるわけにもいかない

「大丈夫か!?野郎共!」
「ア…アニキ?うわああアニキだぁぁ!怖かったっすよー!」
「助けて下さい…!く…黒い手が迫って……!」
「すぐ壊してやる!待ってな!!」

崖で交わされる悠長な会話の間にも
じわじわと迫る黒いモノに抱かれた白い女
「……っく…」
このまま長曽我部を捨て置いて、逃げおおせる手もあるにはあった

だが―――

「……仕方、あるまい」

その場で迷ったのは数瞬
輪刀を構え人外のそれと向かいあった
そうして隙だらけとしか思えない女に何の躊躇いもなく輪刀を走らせる

だが黒い闇がそれを許さない
女を守るように包み込み
元就を迎撃しようと獣の爪のような闇が輪刀を薙ぐ合間を縫って斬りかかろうとする

間合いを微かにとり
爪を弾いても、闇は際限を知らないかのように湧きだし続けた
「長曾我部!急げ!退路を保つのも長くは持たぬぞ!」
「毛利…!?わ、分かった!」
意外そうな声に
どんな間抜けな面を晒しているのか確認したくなったが生憎そんな暇はない
ギイギイと悲鳴とも鳴き声ともつかぬ奇妙な声と共に溢れる闇の大鉈を避けるだけで精一杯だ

「よし!逃げるぞ野郎共!!」
「分かったぜアニキ!」
騒々しく駆け降りてくる足音に、足止めがもう必要ない事を知り
元就は牽制のために大きく輪刀を滑らせた
それで身を翻すために必要な間合いを作るつもりだった

「…な、に!?」
唐突に、女が消えた
現れた時と同じほどに何の前触れもなく

虚空を裂く事になった輪刀を、手に収め
らしくもなく呆然としたのは背後で悲鳴が上がるまでの間

やはり化け物か
一瞬で後方に周り込むなど、忍の者でもそうそう居ない

「うわぁぁっ!!こっちに来たぁっ!!」
恐怖を映す声と重なるように
「くそ…野郎共の前に俺を殺ってみやがれ!!」
長曽我部の声が響く

振り返れば座り込む手下の前
ぞぞろと闇を纏う女が、碇槍に薙ぎ払われる瞬間だった
彼の気性をこそ現す紅い焔が闇を打ち払い
女の腹に、ぞぷりと碇槍を埋める

どう見ても致命傷。だが女は倒れない

「逃げろ!野郎共!俺が食い止める!!」

まだ終わりではないと
武器を振るった本人だからこそ分かるのだろう
長曽我部は、女と距離をとり油断なく碇槍を構えながらも怯える手下達に笑ってみせた

それで安心したのか
「分かりやした!気をつけて下さいよアニキ!」
「アニキー!そいつの目を見ちゃ駄目だぜ!!」
先程まで怯えきっていた男達は威勢よく応え、漆黒の闇を駆け抜けて行った

別に引き留める気は元就には無かった
むしろ居られた方が足手まといだ

だがその中の一人が残した言葉を元就は聞き咎めた

「……目を、見るな?」

意味が分からない忠告
そもそもあの女は虚ろに闇を見下ろすだけで、何も見てはいない
先程まで足止めをしていた自身ですら、顔すらマトモにみていないのだ
目など、見ようと思ったとて見れはしないだろう

「…まあいい」

考えても無駄な事
充分な時間を稼いだ上で、我らも撤退すればいいだけの話なのだから

そう結論づけ
元就は輪刀を握り直し元親とは逆位置に陣取った
簡単な挟み打ち
その中程で腹を裂かれた女は今だ闇の沼地に静かに佇むだけだ

距離をとりながらも互いに向かい合う形となり、碇槍を構えたままの元親が口を開いた

「……毛利、まさかアンタが手を貸してくれるとはな」
「仕方あるまい。貴様を捨て置き、我一人で帰還してみよ貴様の軍が玉砕覚悟で中国を荒らすであろう」
「はは…なるほどな」

二人で交わすには珍しい軽口だ
だが無駄口を叩けたのはそこまでだった
薄まりかけていた闇の濃度が増し、ざわりと悪寒が広がっていく
風の音しか無かった宵闇の景色に女性特有のよく通る笑い声が響き始めた


ふふふ…


ゆらりゆらり、女の姿は溶けて消える


うふふ……


哀しそうな笑い声がただ響く
何処からか現れるのか分からず、二人が辺りを注意深く見回した時だろう


「…そう……」

元親の目前に覆いかぶさるように、女が現れ

「貴方も…寂しいのね……大丈夫、市が抱きしめてあげる」

白い手が、呆然と見上げる男の頬をなぶった

「…っ!?長曾我部…!」
反射的に距離を詰め女を輪刀で切り裂こうと輪刀を振るったが
一足早く、女はつい先程まで元就が居た場所に佇んでいた

「早いな…長曾我部、やれるか」
すぐに向き直り元就は油断なく構え直す
「……………」
だが傍らに立つ男から返事は無かった

「…長曾我部……?」

がしゃんと重々しい音が響き
彼の手にあるはずの碇槍が地面に落ち、音を立てる

「貴様、何を考えて――!」
敵を目の前にして、何をふざけているのかと怒鳴ろうとした……のだが
振り返り見たその顔に元就は言葉を無くす

西海の鬼神と……多くの者から恐れられる男が
ほうけたまま、泣いていた
隻眼の目から虚ろな様子で絶え間無く


立って居られなくなったのか、ぐらりと傾く身体を元就は慌てて支えた
「どうした、貴様らしくもない」
「…………」
返事はやはり無い
ただ彼の身体は小刻みに震え、寒さに耐え兼ねたように身体を支える元就をかき抱いた


「…………!!」

声など出るものか

敵である男に抱きすくめられて

他人との接触を避けてきた元就にとって、自分以外の体温は脅威だった
突き飛ばすだとか、殴りつけるだとか言った選択肢すら浮かばず
ただ狼狽し、切れ長の眼を見開く

「何、を……」

やはり問いに応えは返らない

「――…まねえ、すまねえ……野郎共……」
震える声から漏れ聞こえるのは懺悔だ
「俺が、守る…て言った……のに」
遠くはない過去に、彼が奪われた全てに対しての

「…………」

自身がした事だ
蹂躙し殲滅し、友を憎ませた
後悔はない
あれは必要だったのだ
最も目障りなこの男の戦力を削ぎ、中国の安定に邪魔な家康を消し去るには

しかし、ならば何故

元就は形の良い眉を寄せ
唇を噛む

嗚咽を漏らしながら自身を抱くこの男に対し
こんなにも妙な不快感を胸に感じるのか

答えはない

―朝の行方を、尋ねや来られ―

背後で響くのは悲しげな女の歌

答えを探す暇もない

―恋の行方を、尋ねや来られ―

闇を纏う女は
間近に迫っているのだから


―娘来たりて、根色闇―

―背なや震わせ胸を抱き―


ゆるりゆるりと闇が近付く
悠長にしている時間などなかった
「離せ!長曾我部!聞いているのか!」
「…………」
だが何度声をかけようと返事はない

どれほど強力な暗示か呪いか分からないが
長曾我部の部下が言っていた
“目を見るな”
とはこの為だろう
なるほどこれだけ強力な呪詛ならば、労せずして彼等を捕らえる事も出来ると
元就は今更ながらに納得をする

だがどう考えてもあの手下達と、この鬼では呪詛のかかり方が違う
「離せと言っておろう!」
「………」
少なくとも彼等は正気だった
声が届かないなんて事は無く怯えてはいたが返事自体はすぐに返った

あれらと長曾我部の何が違う?
ガタガタと震え一体彼が何を見ているのか知れないが、これ以上なく怯える
それは常日頃の彼の姿を考えれば酷くらしくない

だが、もし四国の壊滅を
目の当たりにしているのだとしたら

そう思えば何故彼が他の者よりも強い影響を受けるのか
分かるような気がした

「……絶望、か」

それから逃げ出す事は出来ないだろう
なんとも皮肉な話だ
もし四国の憂きがなければ、この男が呪詛に囚われる事もなかった


―腸を喰らうは、彼の根っこ―

声は近い
抱き込まれているせいで、上手く振り返れないが後ろに女が立っているのは見ずとも分かった

このままでは二人とも闇に飲まれ、死ぬ
笑えもしない確信を、思いのほか冷静に元就は受け止める

だが

そんな事認められるはずがない

―死にゆく呻き華のやう―

視界の端に白い手が伸びてくる


「…長曾我部元親…!!」

強く強くその名を呼んだ
ピクリと、体が震える声が完全に届かないわけではないらしい
だから続けた

「貴様はそれほどに弱いのか!!」

闇に飲まれるなど似合いもしないのだ、彼は

「我と決着をつけぬつもりか!腑抜けめ!!」
これで帰って来れぬようなら、輪刀で斬り捨ててやろうと半ば本気で考えながら元就は叫んだ

途端
ぐるりと視界が反転する

庇われるように、鬼の背後に押しやられたと気付いたのは
碇槍の鎖が音をたて振るわれてから

「長曾我部…?」

「背後に敵がいるってのに、ぼんやりしてるなんざらしくねえな毛利」

広がる焔に、女が怯んだ

「ほざけ。貴様があの女の闇に囚われるからだろうが」
輪刀を構え微かに安堵した心持ち全てを氷の面で隠し通し、元就は冷たく言い放つ

それに対し
女から目を離さぬまま元親は口を開いた

「そうか…どうりで――」

言葉はそれ以上続かない
言うべきではないと思ったのか、それとも言うべき言葉が思い当たらなかったのか

「とりあえず、あの女の相手といくか」
気をとりなおし碇槍を構える元親の横に、元就は並んだ
「元よりそのつもりよ。足を引っ張るなよ」
時間を稼ぎ撤退する
その策は愚策だろうと、早々に諦めた
唐突に消え、現れるようなヤツ相手に逃げ切れるとも思えない
それに何より長曽我部の操る碇槍から放たれる焔が有効なのは分かっていたのだから

「は!馬鹿にすんじゃねえ!鬼の実力見せてやるぜ!」

それを皮切りに
西海を統べる実力者双方は、戦闘を開始した

相手が相手なだけに長引くだろう


そう思われた戦いは

あっけなく幕を閉じる事となる

それは
双方が持つ闇に対しての
光と炎と言う属性の利もあるのだろうが
夜明けの存在が大きい

日輪が顔を覗かせると同時に、闇を抱く女は消えさった
柔らかな光の中
闇はもうどこにも残ってはいない

「……な、何だ?本当に化け物か幽霊の類かよアレ」
拍子抜けしたかのような元親の声に、元就は小さく鼻を鳴らした
「さてな……まあ真っ当な生き物ではあるまい
常世の我らが相手にすべきモノではないわ」

そのまま辺りを見回し
不吉な影が見当たらない事を確認すると日輪へと身体を向け目を閉じる
それで暫くは動かないと悟ったのだろう、隣に佇む男が肩を竦める気配がした

「……あー、そういやアンタ日輪好きだったな俺は先に行くぜ?野郎共が心配だからな」
「好きにせよ」
「……あそ」

共に戦ったとて馴れ合う事はない
並び立つには目障り過ぎる男

それが離れて行く気配に心底ホッとした

だというのに

「くそ、やっぱ言わねえままだと気持ちわりいな……」

そう彼は立ち止まり

「オイ毛利!……その…ありがとな!」

今回の礼を告げた、そうして満足したかのように歩き出す


「………………」

返事を待たず、長曾我部がいなくなった事が本当に有り難かった

返答など持っていないのだから

あるのは苛立ちと
ふざけた態度を改めさせ、絶対に自身が彼を殺すのだという決意と

そして

抱きすくめられた時感じたものと同じような
理由のない胸の不快感だけだった


END


□□□□□
お市のステージの余りの衝撃っぷりに
とりあえず親就で書いてみました。3だと何だかとことん仲の悪い二人ですが
ちょっとでもカプっぽくと…!頑張って、みた!
この時はまだ毛利さんを仲間武将にはしてなかったんですが
妄想は自由だから良いよね!!みたいなノリです

 

 

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