見回りの兵を除き、大方の兵が寝静まった深夜
ぎゃあぎゃあと騒がしい声音の元に居たのは
予想通りの人物と……どちらかと言えば予想外の人物だった


―晩酌の夜―

「これはこれは……」
感嘆じみた言葉は、意識せずともすんなり出た

酒瓶を片手に陽気に笑う西海の鬼神と
その鬼に半ば無理矢理肩を抱かれ本気で嫌がっているらしい雇い主である凶王

物陰からそれを確認し、孫市は微かに目を見開く
よく通る笑い声が元親のモノであるとは気付いていたし
こんなに楽しげだと言う事は独り酒ではあるまいと思ってはいたが、まさかその相手があの石田だとは

誰かと酒を酌み交わすような男には見えなかったが……というのが素直な感想
だが様子を見ていれば
共に酒を飲んでいるわけではないのはすぐに分かった
一応猪口は二つあるが
三成は酒の入ったそれにはほとんど口を付けず、反対に元親は何度と無く空にしていく

……なるほど
付き合わされた。もしくは通りかかった所を捕まった。
といったところか

しかし何とも奇怪な光景だった

戦場での凶王は、疾風の如き鋭利さで全てを切り刻む
故に誰も彼には近寄れない
不用意に彼の間合いに踏み込もうものなら、敵兵と共に細切れにされるからだ
そうして戦場以外でも
刑部と呼ばれるあの男以外を拒絶しているように見えた
その彼が、まさか酔っ払いに肩を抱かれて大人しくしているとは

自身が彼の気質を見誤ったのか、はたまたその酔っ払いが元親だからなのか
いや、こんな所で眺めていたところで分かるはずも無いのだが

「…………と、本来の目的を忘れていたな」
そうして今更に
自分の部屋にまで届く笑い声にヘキヘキして、元親に一撃を食らわせに来た事を思い出した
何時も通りに部下と馬鹿騒ぎをしているのかと思っていたが
相手が凶王だということに出鼻をくじかれたのだろう
そういう意味では、元親も随分とらしくない
辛気臭い相手と飲むのは嫌だと、しきりに愚痴を聞かされた時もあると言うに


見なかった事にして
無理矢理に寝てしまっても良かったのだが
何とも奇妙なその組み合わせに、声をかけぬのも勿体無いだろうと
結局孫市は二人が陣取る縁側に近付いた

「元親。もう少し声を小さくしろ、今の刻限を何時だと思っている」

その声は、騒ぐ二人を前にしてもよく通った
対し
「よー!サヤカ!」
「っく…!孫市!コイツをどうにかしろ!!」
締まりの無い笑みを浮かべ陽気に手をあげる西海の鬼と
その鬼に首に手を回し抱きつかれ完全に逃げ場を失っているらしい西軍総大将である凶王が、ほぼ同時に応える

「元親、その名で呼ぶなと何度言えば分かる。そして静かに飲め」
まずは本来の目的だった元親を諫め
ほとんど素面らしい三成に、笑ってみせてやる
「悪いな石田。酒の席で無粋はしない主義だ」

別に嫌がらせのつもりは孫市にはサラサラなかった

彼の傍には彼愛用の刀
それがありながら触れもせず
力で敵わない元親の腕を外そうともがくのは、最早じゃれているようにしか見えない

じゃれているんだろう
本人達が分かっているかどうかは別にして

三成の気質は鋭利だが、元親相手には些か鈍るらしい
先程の自身の疑問も解決し
言うべきことは言ったとばかりに孫市は背を向けた

「な…貴様裏切るのかっ!!」

だが

背後にかかるの三成の食いかからんばかりの叫びに
やれやれと、孫市はもう一度二人に向き直る
邪魔者は去ってやろうといった心遣いなのだが、当の本人が分かってないのはどうしようもない
「我らは誇り高き雑賀衆、酔っ払いの相手をする契約は結んではいないつもりなのだが?」
「煩い煩い煩い!命令だ!コイツをどうにかしろ!」
必死に、半ばヤケになりながら叫ぶ三成に、こっそりと孫市は笑った

これが凶王と恐れられる男か

雑賀衆の能力を正当に評価していると思ったからこそ、契約へと踏み切った孫市だったが
どうやら聞き知ったほど恐ろしい男でもないらしい
暫しの時を共にして出た結論はそうだった

刀から繰り出される
常識では考えられないほどの技の冴えや、裏切りを許さない冷酷非道な態度
憎しみで構成されているとしか思えない戦場での姿

それらからは考えられぬほどに
元親に絡まれ、対応に困ったかのように顔をしかめる三成はどこか幼い
多少酔っているのかも知れないが
それだけでもないだろう

どちらかといえば

隣で笑う鬼のせい、と思うのだ

元親は昔からそうだった
男女問わず多くの者に慕われ、愛される
飾らない態度や友好的で友情を重んじる考え方は、感情を優先させない孫市ですら気に入っている気質だ

「まあ…そこまで言うなら私が元親の相手をしても構わないが……」
今度はゆっくりと二人に近付きながら孫市は三成に問うた

「本当にいいのか?」

一応の確認。返事など分かりきってはいたが
案の定、言わんとしている意味が分からないとばかりに三成は眉を寄せる

「……何が言いたい」
「元親がここまで酔うのは珍しいんだ、余程気に入った人間の前くらいだぞ」
「……だから何だ」
「コイツに気に入られるのは嫌か?石田」
「…………」

酷く驚いたような、戸惑ったような
何ともらしくない表情を彼が浮かべたのは一瞬

「三成ー!サヤカとどんな内緒話してんだー?俺も混ぜろって!」
わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でられ、すぐに先程までと同じ不機嫌そうな顔をし
止めろと三成は元親の手を掴む
「はっは!やっぱ可愛いなアンタ」
「な……!?」
可愛い。と言われた事が気に触ったのか、それとも照れたのか
射殺さんばかりの眼差しを孫市に向け凶王は叫んだ
「こんな男に気に入られる必要など無いッ!早くどうにかしろ!」

そう言われてしまえば
雇い主である凶王の命令を聞かぬわけにはいかず
「ふぅ…仕方ないな」
孫市は元親の逆隣に腰を下ろし
ひょいと三成の前に置かれていたままだった猪口を手に、あっさりと中身を飲み干した
「元親、酒には私が付き合おう」
「お。サヤカと飲むのはまた久しぶりだな〜!ほら、結構美味いぜ」
孫市が空になった猪口を差し出せば
元親は機嫌よく酒を注ぐ
「で?お前もまだ飲むのだろう?」
「当然よ!夜はこれからだぜ!」
「注いでやろう」
その酒瓶を当然の事のように元親から受け取り、少々乱暴に注ぎ入れれば
今の今まで三成の肩に回っていた手が離れた
酔っ払っている元親自身、それに気付いてはいないのだろう
猪口すれすれになった酒をこぼさぬよう飲み干し、零すなよと孫市に不平を言いながら向き直る

予想通りの態度に孫市は微かに笑んだ

酒を飲むときの癖は健在らしい
どんな大人数で飲もうと酌をする人物に身体を向けて話をする
初めて元親の軍と酒を飲んだ時は
余りにも代わる代わる元親に酌をするので驚いたが
それが彼らなりの飲み方なのだろうと分かってからは気にならなかった
どちらかと言えば
一緒にゆっくりと酒を飲むのには向いている男だと思う

何においても
これで三成は自由の身になったわけだ
どうでもいい内容ではあるが、雇い主の命は遂行した
このまま彼が立ち去ったなら元親は最初に誰と飲んでいたかを思い出すことも無いだろう


だというのに

「…………」
開放されたはずの三成は、その場を離れる事無く呆然と元親を見詰めていた
何かを言うでもなく、何かをするでもない
きっと彼はそのどちらも得意ではないのだろうが眉を寄せ俯く様子はどことなく寂しげだ
まさかこんなにあっさりと
背を向けられるだなどと思っていなかったのだろう


…だから言ったのだ


そう孫市は内心呆れ返りながら、こっそりと溜息を吐いた
構われていたいのなら、私なぞ間に入れず構われていれば良かった
存分に絡まれ、じゃれつかれていればいい

全くどうしてこう素直ではないというか、不器用なのだろう
今更「やはり席をはずそうか」などと言えば逆効果なのは目に見えている
やれやれどうしたものか……
そう思いながら孫市が注がれた酒に口をつけた時

「…………ッ」
やっとの事で、自分が何を命令したのかを思い出したかのように
音もなく三成は立ち上がった
視線はすでに元親にはない、無理矢理に逸らし背を向ける
自分が立ち去ろうとしているのに
まるで彼が置いて行かれるような後ろ姿だった

「オイ、元ち……」

このまま見送るのも後味が悪いと、孫市は元親に三成を引き止めるように口を開きかける

だが

それよりも早く、元親は三成の腕を掴んでいた
完全に三成に背を向けていたにも関わらず…だ。それはずっと気にかけていたとしか思えぬ素早い反応だった

「三成、どこいくんだよ」
「う、煩い!!貴様は孫市と飲んでいろ!!」
「……それで何でアンタが席外すんだ?一緒に飲もうじゃねえか」

酔っ払い特有のどこかぼんやりとした元親の言葉に、三成は背を向けたまま振り返ろうともせずに叫んだ

「き…貴様はッ…!一緒に飲めれば誰でも良いんだろう!?」

「…………」
「…………」

一瞬、時が止まった

元親の方は酒の染みた頭のせいで三成の言った台詞の意味が理解できないだけかもしれないが
まだ素面同然だった孫市は一瞬完全に静止した

ああ、何だ
つまりこの男は元親にとって特別でいたいのか……
突き放す態度も、暴言も、自分に助けろと言って元親の相手をさせようとしたのも
自分が彼の中でどういう立場にいるのかが不安ゆえ、なのだろう

そしてその後湧き上がるのは声を出して笑いたい衝動

……この男、不器用すぎる
あと多分本人は全く持ってそれに気付いていない

それが可笑しくて微笑ましくて堪らなかった
だが、駄目だ。今笑ったら絶対に三成の刀で首を落とされる


「んー…そっか」
大分遅れて元親も彼なりに三成の言葉を理解したのだろう
空いている方の手で頭を乱暴にかき、もう片方の手で力任せに三成の身体を引き戻した
「……!?」
まさかそんな風にされるとは思って居なかったのか
抵抗すらせず三成は元親の腕の中に収まり、ぎゅうと素直に抱き締められた
「悪いなサヤカ。やっぱ俺、三成と飲むわ」
ひどく嬉しそうに締まりの無い笑顔を浮かべる元親に孫市は堪えきれぬ笑みを零しながら、ただ頷く

「では私は眠るとしよう。邪魔したな、元親、石田」

部屋へと戻ろうと歩き始めた背後

「はなっ…放せ!長曾我部…!!暑苦しい!」
「そう言うなってー!お前結構抱き心地いいし、もうしばらくこのままで……」
「貴様殺されたいのかぁぁっ!!!!」

繰り広げられる我に返ったらしい三成と、元親の騒々しいやり取りに

今度こそ孫市は聞こえぬ程度に声を上げて笑った

 

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親三+孫市姐さんの図
三成は素直に甘えないどころか、たぶん自分が甘えたいと思ってるとも気付かない
そんなところが可愛いと思うのですv
孫市姐さんはバカップルに挟まれても余裕です
何かこう……西軍メンツに温かく見守られる親三が書きたかったw
ちなみにアニキは次の日、二日酔いの上覚えてないと思います(笑)罪な人だ……

 

 

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