―もし共にあれたなら―

 


「いよう!元気にしてたかぁ、三成ぃー!!」

何処までも聞き覚えのある緊張感のない声音に、三成は溜息を吐きながら振り返った

「長曾我部……」

余り感情が浮かばない顔に、不機嫌そうな声が重なる
「オイオイ、遥々四国から来た相手に随分と迷惑そうじゃねえか!」
言葉のわりに元親は愉快げに笑った
それは三成が決して不機嫌ではないと知るからだ
もちろん迷惑がっているわけではない事も分かっている
彼はただ心配してくれているにすぎない
長らく仲間として傍らで戦い続けたのだから、そのくらいの事は理解出来た

案の定、というべきか
「貴様……やすやすと自国を離れて良い時期だと思っているのか」

三成が叩きつける言葉は四国への配慮
いくら西軍、東軍に日ノ本を二分した戦が終わったとは言え
戦の影響で荒れた国々は混乱し、それに乗じて良からぬ事を考える者が居ないとも限らない
特に一度壊滅状態に追い込まれた四国は付け入られやすい、今は国力の回復に努めるべきなのだ
国主が国を離れるなど以っての外

それくらい元親にも分かってはいた
自身の油断が招く惨劇など誰が繰り返したいものか、と元親は笑みに微かな苦みを込めた
それでも三成に心配には及ばないと目を細める

「四国には俺がいる事になってる。それに殆どの戦力は残した」

連れて来たのは船を動かす上で最低限の人数だけだし
念には念を入れ、港に入る際にも四国の船だとは気付かれぬように気を配っている

その旨を伝えれば
三成は不思議そうに眉を寄せる
「そこまでして何故、ここに来る必要がある?」

益はあるまいと言いたげな彼に、とりあえずは本来の目的を元親は口にする
「瀬戸内を荒らしてやがる海賊を放っとけなくてよ。片は付いたんだが、まあ補給は必要でな」
「……そうか…」
すると面白くなさそうに三成は視線をはずす

ついでに寄った、というのが気に入らないのか
それとも
ほんの少人数で海賊に挑む無謀が腹立たしいのか

まあ三成ならば間違いなく後者だろうと元親は思う
希望としては数割で構わないから前者であって欲しいのだが、どうにも彼はそういったモノには大分疎い

しかしながら
元親はそんな三成の気質も気に入っていた
だからわざわざ分からせようは思っていない……今のところは、だが


「はっは!目的は海賊退治だが、本音を言うと一番は三成に会いたかったんだぜ!!」
「…戯れ事を」

わしわしと乱暴に頭を撫でながら顔を覗き込んで笑えば
つれない返答とは裏腹に、琥珀の眼を和ませ三成も微かに笑んだ

傍に寄っても、触れても
今のように軽口を叩いても
嫌な顔をされなくなったのは何時からだろう
代わりに向けられるのは信頼だろうか
それが嬉しくて、つい距離を詰め過ぎるのは悪い癖だと思うが
半ば意識せずともそうなるのだから仕方ない

「それで……船への物資積み込みが終わるのは何時頃になる?」
「ん…?そうだな、かかっても明日までってとこだろ」
小さく、三成は頷く
「ならば泊まっていくといい」
「……え、マジか?」

その提案に元親は目を丸くした
今回は本当に三成の顔を見にきただけで、夜になる前に船に戻り休もうと思っており
そもそも三成がそんな誘いをしてくるなんて思いにもよらなかった

だからこそ素直に驚いた
そこに拒絶の意味合いは欠片だってない

どちらかと言えば嬉しい

ものすごく

だが三成はそうは取らなかったんだろう
元親の戸惑ったような態度に眉を寄せ俯いた

「……嫌なら別にいい。帰れ」
「待て待て待て!嫌じゃねえって!驚いただけだっての!ありがたく泊まってくぜ、何だったら久しぶりに晩酌するか?」

今更ながらに距離をとろうとするのを
元親はガシリと肩を組むようにして、慌てて引き寄せた
嬉しかったのだと笑って
次はこちらから提案をすれば三成はキョトンとばかりに顔を上げてくる

「どうだ?」

重ねて問えば先程のように三成は口の端を緩やかに持ち上げた

「ふん…同盟国の国主の誘いだ。少しならば付き合おう」
「よっしゃ!あ、だか酒は流石に持って来てねえな」
「心配するな。そのくらいは用意する」


今日は騒がしくも楽しい夜になりそうだ
どちらともなく、そう思った


だが


「三成様…!!」

緊迫した様子で駆け込んでくる三成の部下に浮ついた温かな空気は、一瞬の内に霧散する

三成が一歩前に進み出てるのを見
元親は一歩引いた

本来なら退出するべきだったのかもしれないが、一体何があったのか気になったのだ
何があったにせよ
力になれるようなら力になりたい

緊急の知らせだろう事は
呼吸すらまともに整えられないまま目前で膝を折る兵を見れば明らかだし
蒼白の顔から考えて、伝えられる内容は最悪の事態だろう

「何があった?」
「はっ…実は、その……」
三成の問いに膝を折る男はチラリとこちらを見る
このまま告げて良いものか迷っているような態度に、三成は苛立たしげに口を開いた

「長曾我部は気にせずとも構わん。言え」

言葉の内に微かに込められる鋭さ
それを感じたのか、男はギクリと肩を揺らした

「も、毛利元就が大軍を率い、大阪城に向け進軍しているとの事です……」

元親は暫く彼が何を言っているのか分からなかった
それは理解出来る行動ではない

毛利が、豊臣に……石田軍に進軍してきたと言う事は――――つまり、彼は裏切ったという事
直後感じたのは強い憤り
何て事を、と

北、南を毛利と三成が
そして家康を自身が討つ事でやっと戦は終わったと言うのに

死なせてしまった野郎共に詫びれたと言うのに

………三成が、少しずつだが穏やかな空気を纏うようになったと言うのに


「時間は余りございません。
大谷様は既に戦の準備をなさっております。三成様も早々に戦装束を纏い、戦の話し合いをと」
「……毛利…が」
三成の声は静かだった
静か故に、滲む怒りは身震いをするほどに強い

「分かった、すぐに向かうと刑部に伝えろ」
「了解いたしました……あと、もう一つ大谷様から伝言がございます」

余程内密な事柄なのか
元親には聞こえぬように小声で何事かを男は三成に告げ、一礼し即座に退出した

兵がいなくなるのを待ち
元親は口を開く
「なあ、何かヤバそうなのか?」
同じ西軍に属した自分にですら、内密なんて普通ではない
自分が居る事を一度は三成が許容しているのだから、余計にそれが際立つ

「………」
三成は応えなかった
当たり前かもしれない、裏切りを最も憎む彼だ
こちらが覚える以上の怒りや憤りがあっても不思議ではない

「大丈夫か?三成」

心配になり肩に触れようとしたが、まるでそれを避けるように
三成は早足に歩を進めた
そうして
「……着替えてくる、貴様はここにいろ」
振り返りもせず立ち去る
分かった、と返事をする暇も無かった

あんな物騒な声聞いたのは、いつ以来だろうか

冷たくて、鋭利

「っくそ……毛利の野郎」
ギリ…と食いしばった歯が鳴った
自分よりも長らく西軍に属していた毛利は、大谷とよく共にいたが
三成とてアイツを信じていたはずだ
「信じてくれてる奴を……裏切りやがるかよ」

元親には、どうあっても理解出来ない所業
仲間の……三成の信頼を裏切るなど許せるはずがない
もし毛利に感謝できるとすれば、自分が居る時に襲撃を仕掛けて来た事くらいだろう

それが彼の計算の内なのか、そうではないのかは分からないが
自分の居ない所で
三成に何かあったなら、きっと平静ではいられない
協力出来る場所にいるのは本当に得難い偶然だ

「……しっかし…どうしたもんかな……」
協力するとして、と元親は腕を組み考え込んだ

三成の軍は強い
豊臣の教えだか何だか知らないが、戦略にしても信念にしても感心するほどに
しかし
今は……と言われれば少しばかり事情が違う
鬼島津や立花…南の名だたる武将を討ち破ってから日が浅すぎだった
軍は疲弊しているはずだ

恐らく毛利もそれを見越しての進軍だろう
毛利軍がどの程度の規模かは分からないがアイツの事だ、負ける要素のある戦なら起こさない
長らく瀬戸内を間に睨み合う相手だからこそ
いらない事ばかり確信が持てて、思わず溜め息が漏れた

「ちっ…こんな事になんなら四国に残した野郎共を連れて来んだったな……」

今更な話だったが
それを口にして、はてと思い直す

毛利は恐ろしいほどの知略で、敗北の可能性を最小限に抑えるはず
ならば何故、俺がいる時に攻めてきた?
自分が知る彼なら間違いなく各個撃破するはずだ

…………

って事は、居合わせたのは完全な偶然なわけか
どんな確率だよ、それ

「ま、なら隙を付けっかもな……」


ぽつりと独り言を漏らした時

「長曾我部」
「…ん?ああ、三成」

まるで見計らったかのように戻ってきた三成に、元親は軽く手をあげた
見慣れた漆黒の鎧に身を固めた三成は、表情が無く
少し前の彼のようだ
それは微かばかり元親を悲しくさせる

……やっと笑うようになったってのによ

だが今はそんな感傷に浸る暇はない
すぐに切り替え、元親はことさら明るく笑った
「今回の毛利の件、俺も協力するぜ!たぶん俺が居るってのは、奴も知らねえだろうから――」

どう自分が動こうと思っているのかを告げようとした最中

ひゅう

と空気を裂く音がした

「………?」

首に当てられた冷たいモノが何なのか、気付くまでに酷く時間を要した
だってそうだろう
三成に刀を突き付けられるなんて、誰が考える

「刑部が言うには、有り得ないそうだ」

声に温度がない
表情に映るものが、ない

「毛利の襲撃と貴様の来訪が重なるなどはな」

今になって
兵が自分の存在に躊躇った態度を見せた訳と、小声て告げられた内容を知る

「……裏切ったのか、長曾我部」

冷えた空気の中
有り得るはずもない内容の言葉が、驚くほど静かに落とされた

 

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