凶王・石田三成への協力を提示し同盟関係となった島津義弘は
視線の先に見付けた人影に思わず声をあげた

「あれは……長曾我部どんね?」
「……そうだ」
島津の視線を追った先
こちらに歩いてくる隻眼の男を確認し、三成はあっさりと肯定する
それを聞き、島津の口から漏れ出るのは深い溜め息

「何か問題でもあるのか?なら今言うといい」
同盟の調印などの細かいやり取りの為、二人の間にいた大谷にそう問われれば
「こげな所で会うとは思わんかっただけよ」
重く、そう口にするしかなかった


島津が彼に会ったのは今から暫く前、四国でだ
新たな未来に向かう二人の若者に会おうと九州より北上している最中
久方ぶりにまみえた
鬼の二つ名を争い、腕比べをし、時には酒を酌み交わしたりもした好敵手
だが彼は驚くほどに変わってしまっていた

深い憎しみをその隻眼に湛え、憎悪を口にし武器を振るう

好ましいと思っていた若者の一人、彼ならば真っ直ぐに未来を切り開くと信じていた分
心底悲しくなったのは記憶に新しい

「長曾我部どんが、三成どんと同盟結んどったとはの」
「暫く前の話よ、向こうから是非に…とな。われらとしても願ってもない話だったわ、なあ三成」
「…ふん」
「長曾我部どんからね…?」
意外そうな物言いが気に障ったのだろう
「何が言いたい。否でもあるのか」
鋭い眼を向け目を細める三成に島津は首を横に振る
「いや、なかよ。ただ…ちぃとばかし意外での」

詳しい話は聞かなかったものの、徳川家康への恨みを零していた彼だ
そういう意味では三成とは同じ目的を持っている
よくよく考えれば同盟は不思議な話ではない
しかし深い憎しみを湛えた彼が、誰かと同盟を組むに至った事には何故か違和感を感じたのだ
だが今はその違和感よりも、どうしたもんか…といった意識の方が強かった

良くも悪くも自身達は、お互い好きなように生きてきた
彼に何があったのか正確には分からないが、今やそれを強く否定する長曾我部には
戦にのみ生きてきた“鬼島津”というこの身は、強い嫌悪の対象だ
その事は四国での手合わせで痛いほどに分かっている

だが同じ西軍に属し
それぞれが大きな軍を率いる大将である以上、顔を合わせないわけにもいかない
今、彼がここを訪れるのも恐らくは彼が西軍で重要な位置に居る故だろう
ならば仲間として並び立たねばならない
だからこそ島津は覚悟した
長曾我部から向けられるだろう、敵意と憎悪を
それは確かに自分のしてきた所業の為であるから構わない

辛いのは

罵倒する彼が、その言葉で自身こそを憎み、呪っているようにしか見えないことだった


「よー!三成、大谷、俺に用ってなん……」
陽気にひらりと手を上げ
笑いながら歩み寄る長曾我部の言葉は、島津を目にし途中で立ち消える

「……鬼島津」
ざわりとした空気の変化
穏やかだった眼を過ぎるのは強い憤りか、それとも堪えきれぬ悲哀か
他の何をも映さぬまま真っ直ぐに向けられる鋭い眼差しは四国で会った頃と変わらない
「なんで…あんたが此処に居やがる……っ」
呼吸をまともにしていないのではと思わせるほどに、掠れた声だった

「三成どんと同盟がなったとね」
「同盟……っ!?」
何を言えばいいのかは分からず、事実のみを島津は口にする
だがその事実こそが許せないのだとばかりに、目の前の鬼は詰め寄った
「また…!そうやってあんたは戦をしやがるのか…!?」
二つ名でも何でもなく今の彼は復讐と後悔に苛まれた鬼神だ
驚くほどに彼は強くなったが、その強さは酷く危うい
「あんたの道楽で…!仲間を殺しやがるのか!!」
「長曾我部どん……」

自分の我が儘と道楽で若い命を奪い続けた
その償いの為の同盟だと言った所で、今の彼には届かないのだろう

今にも殴り掛からんとする長曾我部を島津はただ静かに見つめた
殴って、叫んで、罵って
それで果たして彼の中の無念がどれほど楽になるのかも分からなかったが
甘んじて受けようと決めていた

しかし同盟を結んだ後の争いを、大谷が認めるはずもなく
「やれ、どうした長曾我部。有り難い話であろ?これで背後に憂きを残さずにすむのだ」
下がれと促すように長曾我部の肩に触れる
大谷や三成の知る彼ならば、それだけで軽い謝罪と共に身を引いたはずだった―――が

頭に血が上った彼が冷静さを取り戻すはずもなく
「うるせえ…っ!」
大谷の手を乱暴に払いのけ怒りに任せ拳を固める
「同盟なんざ関係ねえんだよ!!俺はこいつを……!」
肩を捕まれた島津は、抵抗もせず衝撃を待った

止めようとし失敗した大谷
最初から受けるつもりだった島津
本気で、鬼島津を殴ろうとした長曽我部を思い止まらせたのは
抑揚のない静かで低い声音だった

「長曽我部……どうした?」
「……みつな、り」

軋むような不自然さで動きを止め、声の主を一度だけ見やり
「……っ」
拳を、下ろす
耐え切れぬ怒りの為だろうギリリと食い縛る歯が音を立てた
何故殴って来ないのかが分からないほどに
凄まじい敵意だった
それを必死に身の内に留めているのは微かに震える拳で島津にも理解出来た
どちらかと言えば
西軍総大将の言葉一つで拳を止める事の方が理解しがたい

忠誠を誓うっちゅう気質でも、三成どんを恐れる気質でもなかに……
妙な主従だと、島津が不思議がる暇もなく

長曾我部は苛立たしげに舌打ちし、三人から顔をそむけ
「西軍が何処と同盟組もうと、俺が口出しする事じゃねえな……勝手にしろ」
吐き捨てるような言葉と
憎悪を滲ませた眼差しだけを残し、長曾我部は早足でその場を後にした


暫しの沈黙の後
最初に口を開いたのは三成だ、微かに眉を寄せたまま遠ざかる背を見つめる
「刑部、同盟の件は任せた」
言葉少なにそう言うと
返事を聞く間すら惜しいとばかりに駆け出した


その様子を残された大谷は、肩をすくめ微かに笑う
「長曾我部の様子がおかしかったが……まあ三成に任せればよかろ」
「大丈夫なんね…?長曾我部どんと三成どんは、似ちょうよ」

憎悪と絶望
それらが生み出すのは総じて負の感情であり
同じものを抱えていては互いを害する

だがそんな島津の心配は
「杞憂よキユウ……心配せずとも、三成はあの鬼には甘いゆえ」
乾いた笑いと共に、あっさりと否定される
「…なら良かが―…」
それでも不安だと
島津は溜め息混じりに二人の若者が立ち去った方角を見つめた

 


響く足音は二つ
背後から追う気配がある事も、それが誰であるのかも元親は気付いていた
だからといって歩調を緩めることはなく
振り返ることもない
今は誰であれ話などしたくなかった
放っておいてくれと心の底から、そう思っていた
だが残念ながら
こと足の速さで追って来る人物に敵わないことも、放っておいてくれるような人間ではない事も分かっていた

「待て、長曾我部」
案の定腕を掴まれ、背後より声をかけられる
諦めたように一度目を閉じ…元親はゆっくりと振り向いた

「何の用だよ、三成」
「どうした。何があった」
三成は本当にただ不思議そうに、隻眼を見上げる
「別に、何もねえよ」
心配をかけぬようにと元親は笑う
怒りとも悲しみともつかぬ憎悪を押し殺し、身を焼く後悔にも蓋をして
「ただ…鬼島津とはあわねえのさ。それだけだ」
何時も通りに明るく声を上げて笑った

その……つもりだったのに

「長曾我部…ッ!!」
突然思い切り襟首を引かれ、怒鳴られる
そらす事を許さない射抜くような琥珀の瞳に、込められるのは憤りか
「私の前で装うのは止めろ…!不愉快だ!!」
「…………」
「答えろ!鬼島津がどうした!?」

視線も外せず、逃げる事も出来ない
答えろと詰め寄る三成に元親は無理矢理に浮かべていた笑みを消した
眉を寄せ辛そうに目を細め、歯を食い縛る
「……あんたには、関係ねえだろ」
これ以上突っ込んでくれるなと、切に願った
だがそれすら三成は許してくれない
「関係あろうがなかろうがどうでもいい!!貴様が私を偽るのなら、ここで斬り捨てる…ッ!!」

憎かった
苦しかった
腹立たしかった
それら全てを押さえ込むにも限度と言うものはある
現に元親には限界だった
過ぎた怒りほど堪え難い感情はないのだ

「うるせぇんだよ!!」

ドン、と大きな音がした

それが何の音なのか気付いたのは
三成が壁を背に微かな呻きを漏らしてからだ、随分と乱暴に壁に叩き付けたのは分かったが
謝ろうという意識も上らない
頭に血が上り、細かい事などどうでも良かった

「あいつは…!戦う事しか考えてない!!
楽しいからって理由だけで、慕ってくれる奴らを死なせやがる…!!」

ただ叫んだ
許せないのだと

「俺は…っ……もう、そんな風には考えられねえんだよ!!それで死んでいった奴らは……野郎共は……っ!!」

何よりも許せないのは
自身なのだと

「無くしたもんは、戻らねえ……っ!!」

大切なものを奪った家康よりも
生き方を変えぬ鬼島津よりも
そんな事にも気付けぬにいた自身こそが、最も憎いのだと

「………長曾我部」
血を吐くかのような慟哭を、三成は先程とは打って変わり静かに受け止めた
琥珀の瞳には、最早憤りも怒りもない
「憎いのか」
「当たり前だ…!」

怒りを叩きつけるように叫んだ
だが続けられた言葉に

「ならば、全てを私に寄越せ」

燻る憎しみばかりか怒りすら忘れて元親は目を見開く

「全てを飲み込み、私と貴様の憎悪をもって家康を窒息させてやる」

揺るぎのない言葉、迷いのない眼差し

「一つ残らず、寄越せ」

淀みなく真っ直ぐに向けられる言葉が酷く痛い
そんな事はしたくないのだ
だから…彼にだけは当り散らしたくはなかった、なのに何だ今のこの状況は
憎悪の全てが……怒りから悲しみにすり替わったような錯覚
それに耐え切れず
元親は壁に押し付けていたその細い身体を抱きしめた

「ッ…!?何のつもりだ!?離せ!!」
壁に叩き付けた時は大して不平など漏らさなかったと言うのに、三成は大分慌てていた
声に込められるのは拒絶というより狼狽か

「三成……」
肩口に顔を埋め、目を閉じ緩やかな体温を確認しながら耳元で囁く
今は…ただ三成に触れていたかった
「頼む…一時、こうして――…」

息をのむ気配
微かだが躊躇うように身じろいで
やがて押し返そうとしていた手が下ろされる

「……許可してやる、暫しだ」

ぽつんと落ちる声音に
元親は安堵したかのように震える吐息をもらした

 


他人の体温というものは
心地好く、落ち着きをもたらすものだとは知っていたが……こうも気持ちのよいものだったろうか
そんな事を考えながら元親は目を開く

随分と落ち着いた、もう大丈夫だ

離れがたいと思うが
これはさっきまでの焦燥や悲哀とは全く別の感情からくる欲求だろう
名残惜しいと訴える心を無視して、両の腕の拘束を解いた

「……悪ぃ」
「………私が許可した、謝る必要はない」
「そっか…ありがとよ」

三成は視線を外したまま端的に答える
怒っているわけではなさそうだが、居心地が悪そうだった
反対に元親は目を細め笑う
「あー…あんたには当たりたくなかったんだがなあ……」
「何故だ…?」
「そりゃあ…あれだよ、あんたには押し付けたくねえんだよ俺の憎しみってヤツを」
「……別に押し付けられてはいない。寄越せと言っただけだ」

そう、三成ならあっさりと言うだろうと分かっていた
好意や信頼とかはなかなか受け入れようとはしないくせに、憎悪は近しいモノとすら言いたげに受け入れる
だから嫌だったというのに
全てを憎み凶を撒き知らすと言われているはずの彼は
たまにどうしようもなく自分を甘やかす

困ったように元親は、静かに見上げてくる凶王に笑った

「あんたに憎しみはやらねえよ……三成には出来ればもっと別のもんをやりてえしな」
「……?」
「まあ全部はこの戦が終わってからだ、覚悟しとけよ!」

終わってから、という言葉に三成は複雑そうな顔をし
視線を足元へと落とす
「貴様も鬼島津と似たような事を言う……私は、家康を殺した先に興味などない」
鬼島津の名に、元親はもう不快感は示さなかった
ただ驚いたような顔をしただけで

 

 


同盟の調印、軍の配備などの大まかな取り決めが終わりかけた頃合

「おお来やったわ、思うたよりは遅かったな」
「まさか本当に戻ってくるとはの……」
大谷の声に視線を持ち上げた先、こちらへと歩いてくる二人に島津は思わず声を上げた

あれほどまで憤慨していた長曾我部が
こうして再び自分の前に姿を現すとは本当に微塵も思っていなかった
よくて互いの存在を黙認する程度で落ち着くのだろうと、諦めににた確信すら抱いていた

だが長曾我部の行動は、島津の想像の遥か上を行く
視線を外すことなく大股で目前まで歩いてきたかと思うと

「さっきは、すまなかった」

深々と頭を下げたのだから

「ちょ…長曾我部どん、謝る必要はなか…!おいは何も気にしちょらん」
返事がたどたどしくなったのも仕方ないだろう
思わず頭を上げるように促せば、バツが悪そうな隻眼とかち合う
怒りの色はなく凪いだ海のような、島津のよく知る……長曾我部の眼差し

「三成から聞いた、あんたが…戦うためだけに同盟を申し出たわけじゃねえ事を」
「長曾我部どん……」
「話も聞かねえで罵倒して…本当に悪かった」
「……気にせんで欲しか!おいの日頃の行いが出たっちゅうことね!」

島津は満面の笑みを浮かべた
目の前の少しばかり落ち込んでいるの若者を鼓舞するためだったが
それ以上に嬉しかったのだ
彼は確かに変わったのだろうが、大事な所で彼は少しも変わっていないのだと知れて

「よろしく頼む、ここじゃ新参者じゃ!」
「ああ、こっちこそよろしくな島津のじーさん」

長曾我部も笑い、互いに握手を交わし

そうして
「……って三成!待てって!あ、じゃあな、後で色々話聞かせてくれよな!!」
立ち去ろうとする三成を慌てて追っていた


「大声出したら腹減ったなあ……何か食いに行こうぜ?」
「一人で勝手にしろ」
「そう言うなよー!一人ってのは味気ねえじゃねえか!」
「私の知ったことか……!」

わあわあと騒ぐ二人は楽しげだった
長曾我部は楽しげに笑い、突き放す三成も肩に回される手を振り払おうとはしない
彼らは主従ではなく友なのだろう
まあ……友人にしては仲が良すぎるような気がしなくもないが

「ほんに仲が良かとねー」
「ヒヒヒ…!われの言った通りであろ」
感心して呟けば、大谷は愉快そうに笑った
つられ
島津も大声を上げて笑う
それはだいぶ離れていた鬼と凶王が何事かと振り返るほど大きな笑い声だった

「こりゃあ見守る楽しみも増えたっちゅうこのとね!よかよか!楽しみは多い方がよか!!」

もしかしたら、と島津は思う
絶望以外に抱くつもりのない凶王は、思ったよりも近いうちに未来を手に入れるのではないかと

 


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親三+島津さん
色んな意味で毛色が違う気がします。
だってアニキと島津さんって仲が悪いもの…!!
島津ルートをやって初めて、アニキはやっぱり凄い色々抱えてて後悔してるんだろうな思いました
三成をやっていると分からないですけど、その深さは如何ほどかと
似たような苦しみがあるのが理解できるからこそ、アニキは三成には押し付けようとはしないと思うのです
ゲームでも「俺の憎しみをくれてやる!」って捨て台詞を三成には言わないしね!!
三成は三成で、アニキの苦しみを慰めるでもなく哀れむでもなく引き受けようとして欲しい
お互いに抱くものは似ていながら
お互いに向ける感情は少しは穏やかだと良いなと思います

 

 

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